第3章 6-3 ゾンと碓井と菫子と、唐突の始まり
目をつむったまま、菫子がまるで孫にでも語りかけるように、ゾンヘ言葉を発した。
「夜分にすまねえな、ばあさん、ウスイサンと話をしたいんだ」
「身共なら、ここに」
菫子を挟んでゾンの反対側へ、平安時代の胴丸鎧に弓を持ち、大太刀を帯びた小柄な壮年の武将が現れた。
「よお、久しぶりだな。よく出てきてくれたぜ」
「ゾンどのも、お変わりありませんようで、なにより」
武将が燻銀の笑顔をむけた。
「ゴステトラが変わるかよ……みんなおもしれえこと云うよなあ」
「何用ですかな」
ウスイサン……碓井貞光が、笑顔の中にも必殺の眼光をこめ、ゾンをにらみつける。かつて源頼光へ仕え、数々の鬼退治で名を馳せた四天王の一人である。
「怒るなよ……ばあさんの寝床に忍びこむなんて無礼をするつもりはなかったんだがよ……こうでもしねえと、あんたと話ができないと思ってよ」
「身共には、其方と話すことなど何もありませんな」
ゾンが角の根元あたりの頭をかく。
「ユスラのためだ、かんべんしてくれ」
菫子が、うっすらと眼をあけた。
そう云われると貞光も無下にはできない。
「山桜桃子殿が、いかがされましたかな?」
「土蜘蛛より遥かにやべえやつが、そろそろ暴れ出すぜ。おそらく、ユスラも巻きこまれるだろうよ。オレの見立てじゃあ、ユスラの近くにソイツはいるからなあ」
ゾンの云うことを、菫子も貞光もじっと聴いていた。
「しかし、ばあさんは気づいているだろうが、オレは全力をだせねえ。今はな。それで、頼みがあるんだがよ……」
それから三十分ほど、ゾンは貞光や菫子と打ち合わせをした。
七月へ入ってすぐ……七月二日の午前九時三八分。
それは、唐突にきた。
山手通りを入ってすぐを走行中の大型タンクローリー車が、突如横転。横倒しとなったローリーが何かの拍子で破損し、大量のガソリンがぶちまかれたと同時に引火して、高速道路の下で大爆発を起こした。ローリー車はかつて横転事故の際、ひっくり返ったタンクからガソリンが際限なく垂れ流されて大惨事になって以来、横転した際にひっくり返ることを防止するための防護板や防護枠の取り付けが義務づけられており、横倒しになってもひっくり返ることはまずない。また、タンク自体も高張力鋼で造られておりそう簡単には破損しないうえ、中が四から五層に別れて仕切られていて、万が一の事故の際にも全てが流れ出ることを防いでいる。
しかし、その事故は異様だった。
まるでタイヤへむけて小型のロケットランチャーでも撃ちこまれたかのようだった、という証言が後に得られたが、どこからともなく火の玉のようなものが白い煙を噴いて飛び、一直線にローリー車の足元へ命中したと思ったら爆発して大型の車体をふっとばし、横転させた。そしてアスファルトへ叩きつけられた衝撃でタンクが裂け、気化したガソリンへ引火して大爆発を起こした。周囲を走っていた自動車数台が巻きこまれて、大災害となった。渋谷区じゅうの消防車が出動したが足りず、新宿区からも応援が来た。
「……なんだろ?」
山桜桃子の中学校でも、そのけたたましいサイレンの音と、立ち上る黒煙で騒然となった。教諭が生徒たちを落ち着かせ、授業はいったん休止となった。
「おちついて、待ってて!」
教諭たちが職員室へ集合する。スマホを持っている生徒が窓際から写真を撮ったり、ネットで情報を得ようとする。授業中にスマホを出すのはとうぜん禁止だが、非常時なうえ授業は中止なので誰もかまっていない。
さらに、住宅街でガス爆発でも起きたものか、ドーン!! という爆発音が響いて、こちらも黒煙と真っ赤な炎が立ち上った。
しかもそれが、何か所も起きた。教室の窓から見えるだけで、黒煙が一、二、三……五本も上がっている。
「恐い!」




