第3章 5-4 Дьявек
千哉は菫子に聞いたことを話した。じっさい、日本でその情報以上のものはない。
「ヂヤヴェークね、ロシア語の悪魔……ヂヤヴォールと、人間……チェロヴェークの合わせた言葉よ。大昔のお話にあっただけだったけど、初めて確認されたの、革命のちょっと前ね……。そこから行方は分からないけど、結果として、正教会の封印がどんどん破られて……でも、狩り蜂はむしろКГБに入って、土蜘蛛を退治してた。ヂヤヴェーク、そこからまったく行方不明よ。土蜘蛛しか出なかった。どうして? 分からない。逃げた魔神はどこ? 分からない。そのあいだ、ロシアの狩り蜂は世界中に網を張って……ヂヤヴェーク、どこに現れようともすぐ分かるようにしたのね。百年近く、現れなかったけど、トーキョーに出た」
「どうして東京に?」
「分からない」
「いろんな魔神がジヤヴェークになったの?」
「分からない」
これは、本当に分からないのだろう、と千哉は判断した。
「魔神や悪魔として封印されていた、ロシアの古い異教神や精霊を解き放ったという、古い魔法使い……魔導師は何者?」
「それ、一番わからない」
「それもジヤヴェークなの?」
「たぶん、そうでしょ」
「それが、実際に確認できる一番最初のジヤヴェーク」
「たぶんね」
「百年前……魔神憑き……革命の……どさくさで……」
千哉は腕を組みつつ、顎の先をちょっと触るポーズのまま、考えた。
「その魔導師って……もしかして、ラスプーチン?」
「分からない。何も残ってない。でも、そうなんでしょ?」
「ラスプーチンって、暗殺されたよね?」
「そのとき、もう、魔神は次へ移ってたんでしょ?」
「そういうことか……」
「ねえ、おかわりしていい?」
見ると、大きな皿はなめたようにピカピカに空となっていた。
「いいよ。ちがうの食べる?」
「おなじがいい」
千哉がウェイトレスを呼び、同じものを注文した。
「日本……東京でジヤヴェークが確認されたのって、いつ?」
「三月」
「三月? 今年の?」
「うん」
千哉が目を丸くした。思っていたよりずっと最近だった。
「ね、連絡先教えて」
「そこまでです」
いつの間にか近くの席へ座っていたコンスタンチン率いるロシア内務省の三人が、千哉の後ろへ立ってそう云った。
「スヴェータ、日本の警察へ着いてゆくなんて、どういう了見だ」
「警察じゃない。日本狩り蜂協会の人と話をしてたの」
そのロシア語のやりとりを聞いていた千哉が席を立つ。
「けっこう、我々がもう帰ります」
しかしスヴェータ、すました顔でまだパンケーキを頬張っていた。
「スヴェータ!」
「あんたたち、女の子の扱いくらいわからないと、仕事にならないんじゃない?」
「私にも娘がいます。余計な気遣いは無用です」
憤りで顔を赤らめ、コンスタンチンが声を少しだけ大きくした。
「あなたのご家庭のことに口は出しませんけど……もっと、娘さんの話を聞いてあげたほうが良いと思いますよ」
「……!」
コンスタンチンは無言で拳をギュッと握り、憤然と、
「スヴェータ、駅前の車で待っている。食べ終わったらとっと来い。何を見て、何をこの日本人と話したか報告しろ!」
ロシア語でそう云い、カフェを出て行った。




