第3章 4-1 火柱
「……申し訳ありません。あの場に山桜……天御門さんがいたのは、偶然だったのですが……」
「天御門君もね、事情は分かっているつもりだけど、取り返しのつかないことになってはだね」
「すみません」
そっぽを向いて、山桜桃子がまったく悪びれずに云う。千哉がひじで小突いた。
やんわりと、しかしくどくどと説教され、山桜桃子は解放された。
その日の午後、顔や腕も痛いし山桜桃子は放課後は図書室へ残らずすぐ帰ることにした。何か所か青く痣になっているし、ひっ掻き傷も多かった。シャワーの後、お手伝いさんがたにひたすら消毒され、べたべたにガーゼや湿布を貼られたのだ。一人が看護士の資格を持っており、応急処置などお手のものだった。
「ちっくしょう……あのロシア人めえ……」
「ゆすらぁ、とんだ災難だったね」
けっきょくあの後、途中で山桜桃子を見失った似衣奈は、その痛々しい姿に何があったか推察して心配する。
「ほんとマジちょー最悪、メッチャドチャ最悪、クッソ最悪、信じられないくらい最悪、どーなってんのかまったく意味わかんないレベルで最悪」
「まあまあ……」
いつものコンビニで、山桜桃子はスポーツドリンクを買った。まだ六月なのに今日も熱い。水分補給は大切だった。
「イッタ……」
口へ含んだとたん、傷に染みた。思いきり叩かれ、口の中を切っていた。
「だれとケンカしたのぉ?」
「いや、その……だれでもいいでしょ」
「なんでもひみつなのねぇ」
「しかたないでしょ、そういうキマリなんだから」
山桜桃子が顔をしかめながら、またペットボトルを口にした瞬間であった。
ズッ、ドドオオオオ……ン!! とてつもない爆発音と振動がし、家々の屋根越しに初台方面で数十メートルはあろうかという、凄まじい高さの火柱が上がった。山桜桃子はいま口へ含んだばかりのスポーツドリンクを全てふき出した。
「またゆすらがジュースふいてる」
「いや、ちょ、あ、あんた……あれ……!!」
「どした!?」
似衣奈がさすが眉をひそめ、本気で山桜桃子の額へ手を当てた。
「熱なんか無いってば! それより、あれ……!」
「だからあ、どしたって!?」
「ええっ!?」
「え?」
あの火の塊が、まさか見えないとでも云うのだろうか。
もしかして……。
山桜桃子のスマホがけたたましく鳴る。千哉だったので出た。
「ちょっと、山桜桃子!? あんた、あそこへ行っちゃだめだから! 絶対に行くんじゃないよ!!」
それだけ云うと、切れた。やはり、あれは霊的、幽気的な炎か。
山桜桃子が走りだしたが、似衣奈が腕をつかんで止めた。
「なにすんの!」
「行っちゃだめだって!」
「ハアッ!?」
「いま云われたでしょ? ね? 今日は休も? 休んだ方がいいよ……」
「……」
その懇願が異様に印象へ残り、山桜桃子は思わずそれを承諾した。
(でも……にぃなの家の方角なのに……)
そう思ってチラッと巨大火柱のほうを見やったが、
(あれ……?)
既に、火は消えていた。
(おかしいな?)
困惑する山桜桃子をよそに、似衣奈が満面の笑みで、
「ねえ、ゆすらの家に行ってみたいんだけど……いいでしょ? ね? ね?」
と云うので、山桜桃子は曖昧な返事のまま、押し切られるように代々木公園へ足を向けた。
二人の後ろ姿を、幽体のゾンがジッと見つめていた。




