第3章 3-3 スヴェータ
「じゃ、遠慮なく……」
その場で半歩前に出て、右手を前に出した。
「ちょっとアナタ、危ないから、離れてて」
流暢な日本語で、山桜桃子へ高飛車に云い放つ。その物云いにカチンときて山桜桃子、
「はあ!? あんたこそ離れてて。危ないから」
「なに云ってるの? ちゃんと聞いてた!?」
「あたしは警察じゃないので。知りません」
「冗談はやめて!」
「どっちが冗談だって!」
「ナニよ!」
「なんだ!」
ちっとも命令が出ず、ゾンも火の鳥も困惑するほかはない。ゴステトラ同士でチラチラと見合い、仕方なくゾンが何か云おうとしたとき、
「いい加減にしなさい! ケンカしてる場合か!!」
千哉の一喝が飛んだ。
「ごめんなさい!」
身をすくめて、山桜桃子がドモヴォーイへ向き直る。いくらふだんは仲好しでも、道場では雲の上の存在だ。曾祖母の菫子以外では、山桜桃子が唯一頭の上がらない存在といってよい。
「ゾン、かまわないからやっちまえ!」
「イヴァン、先にやらせるんじゃない!」
ロシア語で、スヴェータも命令を出す。ゾンと、イヴァンと呼ばれた火の鳥が同時に動く。
だが、結論から云うと、両者ともこんな家屋へ住むだけの精霊一匹相手に本気を出すゴステトラではない。力をセーヴしつつ、互いを牽制する。ところが、互いの力が強すぎるため、反発して周囲へ影響を与えないように気を使っているうちに隙ができて、ドモヴォーイがその両者の隙間からこれ幸いと逃げてしまった。
「やっさん!」
野賀原の命令でやっさんが動く。ところがイヴァンがやっさんの眼前に炎を吹き上げ、足を止めた。
「おい、なにやってんの!」
「手出ししないで!」
「ばか、逃げてりゃ世話ないだろ!」
「逃がさないです!」
スヴェータの一声でイヴァンが羽ばたき、火の粉と炎の切れ端を残し、再び宙へ舞う。
「……おい、こんなのきりねえぜ」
ゾンは肩をすくめて、暗にもう帰ろうぜと云ったのだが、
「あたしたちも行こう!」
山桜桃子がスヴェータの後を追って走り出したので、嘆息しつつ仕方なく続く。
「は、放しなさい、もう妨害はしないから! ただ、状況観察は続けますからね!」
それはロシア人たちも同じだった。野賀原は解放され、五人で、二人の後を追う。
野賀原と千哉にとっては、いま来た道を戻るかっこうとなった。ドモヴォーイは一目散に表通りへ向かう。それを追って火の鳥のイヴァンとゾン、その後ろにやっさんも続く。駅前へ向かって通りが大きくなるにつれ人通りも増え、一般人が悲鳴と共に取り乱す。
「しかたない、準土蜘蛛案件だ、緊急避難指示を出してもらおう!」
とはいえ、いったん車へ戻らないと無線が無い。千哉がスマホから課へ緊急電した。
すぐさま特現課より区の防災担当及び消防署、所轄警察署へ指令が行き、防災無線が鳴る。常からの訓練通り、その間、五分と無い。緊急地震速報やJアラートとも異なるけたたましい独特のサイレンの後、
「こちらは 渋谷区役所 防災対策課です ただいま 下原 一丁目付近において 土蜘蛛が 発生しております 付近の皆様は ただちに 半径五百メートル以上 避難してください くりかえします……」
半径五百メートルは、土蜘蛛避難としてはレベル三で、けっこうな避難指示だった。既に範囲内の個人スマホへは、位置情報も転送されている。
「お、おい、ちょっと大げさじゃないか!?」
走りながら野賀原が不安視する。避難したはいいが、あまり大したことが無かった場合、あとでクレームが凄い。




