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第1話 〇世界

 ロシアでの一件を片付けた俺は、新たに仲間となった最果ての村の人たちと一緒に意気揚々と魔王国へと帰還した。

 今まで村の外へほとんど出たことのない彼らは最初戸惑っていたが、一週間もしない内に国民たちと仲良くなっていた。同じ境遇で苦労した者同士だ、当然の結果と言えよう。


 今回の功労者であるヴォルクと火凛には休暇を与えた。

 火凜はそれに強く反対したが魔王命令で無理やり休ませた。ヴォルクほどではないが火凜もだいぶ消耗しているはず、倒れられては魔王の名折れと言うやつだ。

 それに部下の体調管理も上に立つ者の責務だからな。


 ヴォルクはというとあっさりと承諾し自室で傷ついた体を休めている……のは表向きで、どうやら人目を盗んで特訓をしているらしい。

 今回の件で己の力不足を痛感したらしい、俺からしたら十分活躍してくれたのだが。

 まあそれに関しては俺が慰めても逆効果だろう、自分が納得するまで見守る事にする。


 そして肝心の俺だが国政を半身に任せているため暇……という事は無く意外と忙しい日々を送っていた。

 魔王国内のトラブル解決。

 議題に上がるほどでは無いが、国民を困らせているトラブルが多々存在していた。これは城にいては分かる事ではなく、この体になって国民に混ざって暮らしてみて初めて分かることだった。


 住民間のケンカ。器物破損。行方不明者。


 俺は空いた時間を存分に使い様々なトラブルを解決していった。

 おかげでいまや国民の間で便利屋扱いされ「何でもマオさん」という愛称までつけられる始末だ。

 まあ悪い気はしないが。


 そんな感じで普段は慈善活動に勤しんでいる俺だが本業はこの世界の解明活動だ。

 今日は賀ヶ山の定期報告の日なので数日ぶりに魔王城に来ていた。いつものように見慣れた廊下を歩いていると見慣れない人物が前方からこちらに向かい歩いてくる。


「……一体誰だ?」


 2mを超す長身に筋骨隆々の肉体と浅黒い肌のその男は力強い足取りで城内を闊歩していた。

 特に怪しい素振りは見えない。しかし俺はその人物に面識が全くなかった。

 魔王城で働いている者の顔は全て憶えている俺が、だ。


「……!」


 俺が注意深くその男を観察していると向こうも俺の視線に気づいたのか、視線がぶつかる。


「なるほどこの魔力……あなたが王の言っていた半身・・か」


 何と驚いた事にこの不審者は俺の秘密を知っているようだ。

 この体のことを知ってる人はごく少数。幹部と専属使用人、他には賀ヶ山などの重要なポストの人間も把握している。


 そして……もちろん俺の半身、本物の肉体の方も知っている。


「紹介が遅れました。私はキング・アレックス。あなたの半身、そして我が王であるジーク様の忠実なるしもべです」

「なるほどね……」


 どうやら俺が好き勝手やってる間にもう一人の俺も好き勝手やってるようだ。

 目の前のキングと言う人物は相当な使い手だろう、それは隙の無い所作や静かながらも底の見えない魔力から推測できる。


 そんな危険な人物を勝手に仲間に入れるとは……

 まあ俺も勝手に何十人もの村人を招いているワケだが。


「では私は任された仕事がありますのでこれで」


 キングはそう言い軽く会釈をすると去っていく。

 口調こそ穏やかだが俺に向けるその視線は冷え切っており忠誠心の様なものは一切感じられなかった。

 本当にあんな奴を城に招き入れて大丈夫なのだろうか? 今度半身を問い詰めなければ。


「……っとやべえやべえ。早く向かわねえと」


 そんなことをしている内に待ち合わせの時間が迫ってることに気づく。

 急いで研究室に向かった俺は恥ずかしい事にこの些細な一件をすっかり頭から消失させてしまう。

 この出会いが、未来の魔王国を揺るがす大事件に発展するとも知らずに……






 ◇





「結論から言って、訪問者ビジターの正体がわかりました」


 開口一番、賀ヶ山の口より衝撃の事実が告げられる。

 銀狼を無事保護したことにより何かしらの進展はすると思ってはいたが、ここまでの進展は予想外だ。


「ほう、さすが賀ヶ山。さっそく聞かせてもらえるか、その正体とやらを」


 震える声を抑えそう聞くと賀ヶ山は真面目な顔で説明を始める。


「まず訪問者ビジターですが……彼らはこの世界とは異なる世界の住人である可能性が非常に高いです。その証拠に彼らの体を構成する生体組織はこの地球に存在するどの生物とも根幹から異なります(・・・・・・・・・)。そして銀狼殿の話に存在する国や文化の話も地球に類似する物は見つかりませんでした。以上の結果から彼らは何らかの理由で我らの世界に迷い込んだ他の世界の住人、異世界人というのが私の結論です」


「異世界……ねえ」


 つまりこの世界とは別に魔法が発達した世界と言うのが存在し、ソコとこの世界が何らかの理由でつながってしまったというらしい。

 馬鹿馬鹿しい話だと一蹴することは簡単だが、この話には一つ無視できない点がある。


「時期……銀狼がこちらの世界に来た時期と魔力大規模感染マジカルパンデミックが起きた時期は一致しているのか?」

「……お気づきになられましたか、もちろんその点も聞いております。結果としては銀狼殿とキノコ殿、どちらの証言ともこちらに来た時期と魔力大規模感染マジカル・パンデミックと時期が一致しております」


 確定だ。

 この世界と異世界。分かたれていた二つの世界は何らかの理由で部分的に繋がってしまったのだ。

 そして異世界の住人が何人かこちらの世界に迷い込んだ。おそらくこっちの人間も何人か異世界に飛ばされたのだろう。確認する術は無いが。


 そして事はそれだけに収まらなかった。


「銀狼殿の話によりますと異世界は科学技術が発展してない代わりに魔法技術が発達しているとのこと。人間の8割は魔法を行使でき、大気には魔力が満ち溢れているようです」


 そう、あちらの世界の魔力もこちらに流れ込んできてしまったのだ。

 地球に本来存在しない過剰な魔力の波は一瞬で地球全体を飲み込み、この世界に息づく人間、動物、植物、あらゆる生命体の中に入り込んだのだ。

 その結果魔力回路をわずかにでも持ってる人間、おそらく祖先に魔法使いがいた人間は魔法に目覚めてしまったのだ。


「ひとまず分かったのはそこまでです。なぜそんな事態が起きたのか、これ以上異世界と繋がるのを阻止する方法などは申し訳ありませんが分かってません」

「いや上出来だ。ようやく姿の見えぬ敵の尻尾が見えた気分だよ」


 俺は賀ヶ山をねぎらうと研究所を後にする。


「異世界……か」


 昔の俺なら心躍るワードだが今はそんな気持ちになれない。

 もし今の状況がその異世界に住む者たちによって引き起こされたものであるなら……必ず報いを与えなければならないからだ。


「せいぜい余裕をこいてやがれ。絶対その喉笛に噛みついてやるからな……!」


 俺は一人、煌々と輝く月を見上げそう決心した。


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