閑話2 J
「――――お疲れ様です。ボス」
閣下との問答を終え外に出てきた魔王に一人の男が話しかける。
その男は身の丈が2mはある上に、腕や足や腹がパンパンに膨れ上がっている巨漢の持ち主だった。スキンヘッドの頭に派手なサングラスをかけタバコをふかすその姿は、誰でもたじろんでしまう威圧感を持っている。
「待たせたなジャック。全く、アイツの尻拭いをなんで俺がしなくてはいけないんだ」
「まあまあいいじゃないですか、他ならぬ自分の半身がやったことなんですから」
「俺だったらこんな中途半端なマネはしなかった。アイツは甘いんだよ」
口元を歪め苛だたしげにする魔王。
余程今回の件に腹立っているのだろう。
「でもいいんですかボス? 人間の蘇生なんて出来もしない事約束して」
そう、人間の蘇生は不可能なのだ。
いくら神性を有する魔王でも出来るのは重傷者の回復まで。魔法の力を持ってしても死んだ者は二度とこの世に戻ることは出来ないのだ。
「なに、本当に蘇らせる必要はない」
「ん? どういう事ですか?」
「簡単な事だ、生き返ったように見せればいいだけ。魔法も使えない奴らにそれを見破る事など出来ないだろう」
「ボス……あんたって人は……最高にクールだな!!」
魔王の恐るべき計画にジャックは鼻息を荒げ興奮する。
「そうだろ? ついこの間死体から記憶を抜き取る技術を確立したんだ。それを生体ゴーレムに埋め込めばもう人間と区別つかないだろう。更にいざとなればこちらの思うがままにコントロールする事が出来る、つまり……」
「ロシアはもう掌握したも同然、って事ですね? ほんとおっかねえ事思いつきますね」
恐ろしい会話内容とは裏腹に、和やかに会話する二人。
しかしそんな二人を邪魔するかのように乱入者が現れる。
「お前ら! そこで何をしている!」
現れたのは軍服に身を包んだ二人のロシア兵だった。
魔獣から町を守るため町の外を巡回していた二人は偶然にも魔王とジャックを発見してしまい、明らかに不審な格好をしている両名に声をかけたのだった。
「あちゃあ、とっとと帰れば良かったですね。どうしますかボス?」
「俺は疲れた、お前に任す」
「ほいほい了解しやした」
魔王に任されたジャックはたるんだお腹をポンポン叩きながらめんどくさそうにロシア兵に向き直る。
「と、止まれ! 貴様らここで何している!?」
震える声のロシア兵の手には小型の銃が握られている。
もちろんそれはただの銃ではなく魔兵器だ。量産品のソレに特殊な効果などは存在しないが、威力は通常の銃よりはるかに高く人間など簡単に木っ端みじんに出来る程だ。
「へへへ、大したことはしてねえよ。ちょっとこの国をハメてやろうと思ってただけさ」
「――――!! キサマ!!」
ヘラヘラとした態度で祖国を馬鹿にするジャックに対し、兵士の怒りは一瞬で頂点に達し握りしめた銃に力を込めて引き金を強く引く。
射出された弾丸は寸分たがわずジャックの眉間目がけ打ち出され見事命中。着弾と同時に中規模の爆発を引き起こし辺りに煙をまき散らす。
「はぁ……はぁ……」
「おい落ち着け! 気持ちは分かるがこいつらは生かして捉えるべきだ!」
「あ、ああ。済まない。もう一人はそうしよう」
「おいおい、人を勝手に殺すんじゃねえよ」
「「!!」」
煙の中から現れたのは倒したはずの男、ジャックだ。
足取り軽くスキップで出てきた彼の眉間には傷一つなく、ピンピンしている。
「くっ! こいつ魔法を使えるのか!」
「作戦変更だ! こいつあ確実にヤバい、確実にここで殺すべきだ!」
ジャックの異常性を察知した二人は銃を構えジャック目がけ乱射する。
『ズダダダダダダ!』と物凄い爆発の嵐がジャックを襲うが、ジャックはまるで意に介さず口笛を吹きながら一歩、また一歩と前に進む。
「こ、こいつ一体なんの魔法を使ってるんだ!?」
そんなジャックの様子に兵士は困惑する。
彼らが放っている弾丸はほとんどが爆発するタイプの弾丸だが、その中に特殊な弾丸を織り交ぜて放っている。
それは魔法の波長を狂わす弾、「反魔法弾丸」だ。
まだ試作段階のこの魔兵器だが、ロシア軍の技術の粋が注ぎ込まれておりその効果は強力だ。
しかし、ジャックには何の効果も無かった。
打ち込まれた弾丸はジャックの柔らかい脂肪を裂くことが出来ず、はじかれる。兵士はまるで悪夢でも見ているかのようだった。
「さて、さみいしさっさと終わらせっか」
そう呟いたジャックはその風体からは想像もつかない速度で距離を詰める。
「なっ……!」
時間にして一秒も満たぬ間に、10mはあった両者の距離はゼロになる。
突然の出来事に兵士は口を開け反応が遅れる。ジャックはその僅かなスキをつき、むんずと兵士の頭頂部をわしづかみにする。
「ほなさいなら」
まるで親しい友達に別れの挨拶をするかのように話しかけ、ジャックはその手を垂直に地面へ振り下ろした。
ぱきょり。
何とも可愛らしい音がした後、地面に残ったのは赤黒いシミとかつて人間だったモノ。まるで巨大なプレスに潰されたかの如き衝撃をモロにうけた兵士は、家族が見ても判別がつかない状態になっていた。
「――――――っ!!??」
ここに来てもう一人の兵士は理解する。
目の前の人物がとても自分の手に負えるものではないことに。
そう気づいた兵士の行動は早かった。即座に撤退。わき目も降らず仲間の元へ駆け出した。
確かにそれはこの場における最善の策だった。なぜならそのおかげで彼の寿命は3秒は伸びたのだから。
「ほいっと」
兵士が逃げ出したことに気づいたジャックは、その手に握っていた元兵士の頭骨をアンダースローで投擲する。
不格好なフォームで投げられたにも関わらず、ソレはまるで銃弾の如き速度で飛んでいき……逃げる兵士の頭に命中し両者の頭は砕け散る。
「おっし当たった」
そうガッツポーズをとるジャックの顔には人を殺めたことに対する嫌悪感はもちろん嬉しさもない。
されほどまでに殺人はジャックにとって日常的な行為であり、特別な行動ではないのだ。
「ご苦労」
「ところで死体どうします? 片付けないと面倒くさいですかね?」
「捨て置いとけ。どうせ魔獣が処理してくれよう」
「確かに! ボスは頭がいいですね!」
体を血でべっとり汚しながらもジャックは己のボスを立てるのを怠らない。
見た目に合わず彼はマメな男なのだ。
「そういやボス。さっき連絡があったんですがキングとクイーンの奴らも城に着いたらしいっすよ」
「そうか……計画は順調なようだな」
「へい! ボスの理想の世界のため、このジャック粉骨砕身で頑張らせていただきやす!」
「ふふ、期待しているぞ」
こうして高らかに笑う二人組は吹雪の中に消えていったのだった…………




