第16話 精霊魔法
「貴様ら!! 仲間が捕まったことを忘れたのか!!」
「そのような脅しにはもう屈しはせぬ! それに村の者がもう助けられたことは知っておる!!」
村長の力強い言葉に村の者たちが「おおーっ!!」と声を上げる。
彼らも長い間心を押し殺してきたのだろう。今こそその怒りを開放する時とばかりに強大な魔力を辺りにまき散らしている。
「すいませんな、あなたたちの動きを監視させていただいていたのじゃ。そなたが村の者を助けてくれたおかげでようやくワシの重い腰を上げることが出来た。村の者を集めるのに少々時間がかかってしまったが間に合って本当に良かった、ここからは任せて下され」
村長は一転して柔和な表情で俺にそう言うと再び戦士の顔に戻り魔戦車隊に向きなおる。
そこにいたのは、もう村で落ち込んでいた老人の姿ではなかった。
「クソがあ! 撃て撃てぇ!!」
「防御態勢をとれ!!」
村長の指示に従い、数名の村人が前に進み魔法を発動すると銀色の透き通った巨大な壁が村人たちを取り囲むように出現する。
そこに打ち込まれた砲弾の雨は壁にぶつかり、はじき返され魔戦車隊にはじき返される!
「な、なにぃ!?」
突然の事態に魔戦車隊は阿鼻叫喚だ。
侮っていた相手に攻撃を防がれるだけでなくはじき返されたとあっては当然の反応ともいえる。
「大将あれは……」
「ああ、超上級魔法『反射銀幕』だな。調整の難しい魔法だがあそこまで綺麗に構築できるとは」
反射銀幕はただ発動するだけならそこまで難しい魔法ではない。
しかし本来あそこまで的確にはじき返せる魔法ではないのだ。
しかも無数の砲弾に耐えうる耐久力を維持したままとは恐れ入る。緻密な魔力操作の為せる技、いいものが見れたぜ。
村の者たちが砲弾を食い止めている最中、村長が魔法を発動しようとしていた。
しかし、その魔力は普通の魔力とは少し違った。
「なんだこの魔力は? まるで異なる魔力が混じりあったような魔力。初めての感覚だ」
世界中の魔法を使える俺だが、知らなければ使うことも出来ない。
なので元々魔法を使えた者たちに様々な魔法を教えてもらったのだが、この魔力は感じたことがない。
まさかこのような辺境の地でまだ見ぬ魔法に巡り合えるとは。
村長は砲弾により起こされる轟音など微塵も気にせず魔力を練りこむ。
やがて準備が整ったのか閉じていた眼をカっ! と開くと詠唱を開始する。
「来たれ
軒下の隣人よ
逆巻き渦巻き面を上げろ
愛しき我が子蛙の子
示せその名はヴォジャノーイ!!」
詠唱が終わるとともに村長の足元の地面よりぷくりと小さな水球が現れる。
水の塊は風船を膨らますかのように次第に大きくなっていきあっという間に人の体よりも大きい3m程に達すると、短い手足のようなものが生える。
『ゲコ』
手足に気を取られている内に顔も出来ていたようだ。
クリクリの目に大きく裂けた口と短い手足。不気味ながらも愛らしさも備えた見た目をしている。
「な、なんだこの魔法は……」
「これはおそらく精霊魔法だ」
驚くヴォルクに俺はそう告げる。
精霊魔法。
以前テレサに聞かされた魔法の一種だ。
この世に存在すると言われる精霊と契約する事で使えるようになるらしく、その詳細は魔法に詳しい者でも知らないらしい。
テレサの話だと習得難度が高い代わりにその強さは凄まじいらしく、神性存在にも対抗しうるらしい。
「急な呼び出しですまない、力を貸してくれるか」
村長の呼びかけにヴォジャノーイと呼ばれた巨大な蛙はゆっくりと頷くと、更に体を膨らませ始める。
「な、なんだこの蛙は!」
突然現れた未知の存在に魔戦車隊は更に混乱。魔法の壁の高さを超えたヴォジャノーイに対して砲撃を始めるが、水の体に効果はないようでポチャポチャと音を立てて体内に飲み込まれてしまう。
「やれ」
村長の合図でヴォジャノーイはその大きな口をカパっと開くと物凄い勢いで水の塊を噴射する。
「ぎゃあああっ!!」
まるでダムが決壊したかの如き勢いで放たれた水は魔戦車を飲み込んでしまう。
直撃した機体はバラバラになり、余波をくらった戦車もひっくり返り戦闘不能になってしまう。
「すげえ……」
その惨状にヴォルクも口をあんぐり開けている。
無理もあるまい、人畜無害そうな老人にここまでの力があるとは俺もびっくりだ。
「者共、続けい!」
村長の呼びかけになんと他の村人達も精霊魔法を行使しだす。
流石に全員が使えるわけではなさそうだが、それでも十人以上もの村人が精霊魔法を使えるみたいだ。
みなそれぞれ特徴の異なる精霊を呼び出し魔戦車を壊していく。
「ば、馬鹿な! 我らの魔戦車隊がこんな簡単に……!?」
「どうやらお前たちは虎の尾を踏んだようだな」
水浸しになり戦意を喪失している隊長に向けて俺は近づく。
魔戦車隊は既に半壊状態であり、全滅するのは時間の問題だ。
「き、貴様のせいで……!」
「俺は関係ないさ、遅かれ早かれこうなっていただろう。原因は村の連中をいいように使えると思い上がっていたお前らに他ならない」
力を持つ者ほど、それを振るう事に慎重にならなければならない。
彼らはそれを良く理解していたからこそ今まで大人しくしていたのだ。
「クソが、せめて貴様を道連れに!」
懐からおそらく魔道具であろう銃を取り出し俺に狙いをつけてくるロシア軍人。
まったく……
「本当に愚かな連中だよお前らは」
俺は引き金が引かれるより早く距離を詰め、左手で銃を持つ手を握りつぶし右手で顔面をつかむ。
「ひっ……!」
「くだらねぇ戦いはこれで終いだ」
自らの右足で隊長の左足に引っかけバランスを崩す。そのまま顔面をつかむ手に力を込め思い切り地面に後頭部をめり込ます!
「がぁっ……!!」
俺の怪力をモロにくらい白目を剥く隊長。一拍おき衝撃が収まると泡を吹きながらコテンと意識を失ってしまう。
少しは薬になるといいのだが。
「さて、と」
見れば村長達の戦いも終わりそうだ。
彼らの戦いに水を差すのも悪い、終わるまで待つとしよう。
「はあ、疲れた」
こうして、俺たちのロシアでの長い戦いは幕は閉じたのだった。




