第14話 本物の
「ウオオオオォッ!!」
ぶつかり、弾け、火花を散らす両者の刃。
傍から見れば一見拮抗しているかに見えるが、両者には大きな力の差がある。
氷獄剣。
ヴォルクが発動したこの魔法は準神話級の代物であり、氷雪系魔法の最上位に値する魔法だ。
氷魔法の本質である「不変」を内包しているため如何なる衝撃、高温にさらされても刃こぼれ一つすることは無い。
更にその刃から放たれる斬撃には神性と氷属性による追加ダメージが発生し、一撃で町すら凍り付かせてしまう。
このように単純な攻撃力で言えばヴォルクが上をいっている。しかし銀狼は並外れた動体視力で相手の攻撃を見極め最小限の力で一撃必殺の攻撃をいなし、躱しているのだ。
(ちぃ! 埒が明かねえ!)
無論そんな事ヴォルクはとっくに気づいている。
本来であれば一旦距離を取り攻め方を変えるのがベスト。しかし一度距離を取ってはここまで接近するのは困難になってしまう。
それは時間の残されていないヴォルクのとって致命的だ。
「焦りが見えてきたの、若いの」
「余計なお世話……だ!」
渾身の横薙ぎ。
銀狼の脳天目がけ放たれたその一撃は鋭い爪によるアッパーで軌道を逸らされ空を切り裂く。
「甘い! 白銀の疾風!!」
銀狼の体毛が突如輝きを増し、巨大な光の塊になる。
純然たる魔力によって生み出された冷気は視認すら困難なのだ。
「なっ……!」
ヴォルクもその技のヤバさを直観するがもう遅い。
大振りの一撃を放ったせいで体勢が崩れてしまっている彼には超スピードで放たれるその一撃を躱す術もなければ、新たに魔法を構築する時間もない。
「こなくそっ!!」
ヴォルクの取った行動は氷獄剣による防御。
腕を交差させ、迫りくる衝撃に備える。
「無駄だ、くらえ!!」
銀狼は光を纏ったまま攻撃に移る。
それは言葉にしてしまえばただの体当たりに過ぎない。しかし超エネルギー体と化した銀狼が放つそれは、まるで太陽が体当たりしてきた様に錯覚するほどの威力を誇る。
「ぐ、ぐぎぎぎ!」
それをヴォルクは氷獄剣で受け止めるが、見るからに長く持ちそうにはない。
氷獄剣の耐久ではなく彼自身の体がもう限界なのだ。いくら固い武器を持っていても結局それを支えるのは自分自身。
崩壊を始めているその体では剣を持ち上げることすら至難の業だ。
「いい加減諦めろ! 本当に死ぬぞ!」
「へへ、生憎俺様は諦めが悪くてね」
体中から血を吹き出しながらもこいつは軽口を叩く。
一体どこにそんな力があるのだろうか。もう体も魔力も心も限界のはず。
しかしこいつは立ちふさがった時と同じ、自信に満ちた目で私の前に立ちふさがる。
自分の勝利を信じて疑わない、真っすぐな目で。
「だったらこれでも……同じ表情が出来るかっ!!」
更に力を込め、私を受け止めている剣を相手に押し込み、自身の体に食い込ませる。
鋭利なその刃は狼小僧の体に触れるとスルリとその体内に侵入し、赤い血を噴出させる。
「が、がああああっ!」
しかし、折れない。
折れれば戻らない事を知っているから。
俺は折れるすんでのところで助けられた。きっとあの時助けられなければ俺という存在は死んでしまっていただろう。
だから折れない。
折れてしまえば俺だけでなく目の前の存在も、きっと折れてしまうから。
「まだ、まだぁ!!」
生気を取り戻し腕を押し返す。
それと同時に魔法構築を開始する。この状況を打開する必殺の魔法を。
「どこからこんな力が……!」
「分かんねえだろうよお前には! てめえが一番不幸だと思ってるお前には! 背中を預けられる、命を懸けられる相手のいねえお前じゃ俺には勝てねえっ!!」
そして、解き放つ。
背中に生える水晶に溜め込んだ魔力、その全てを渾身の力を込め解き放つ!
「青月光波動砲!!」
月属性。
それは古くから退魔の魔法として語り継がれてきた希少な魔法感覚だ。
その魔法が内包する本質は「浄化」。悪しきを排除する聖なる属性だ。
今ヴォルクが放ったのはその本質を抽出した浄化の光だ。
(頼む、届いてくれ……!!)
その光に痛みは無く、じんわりと銀狼の体に、心に染み込んでいく。
体の内に入り込んだ光はまるで氷を溶かすように、少しづつ凍てついた銀狼の心をほぐしていく。
(なんだ……この感覚は……)
月属性が効果を発揮するのは悪しき存在だけではない。
生き物の心に巣食う憎悪の感情にも作用して浄化する力があるのだ。
この力によって今まで憎悪に染まり濁っていた銀狼の目に初めて理性が戻る。
(私は何故……何故傷つける事でしか解決しようとしなかったのだ?)
銀狼の心は自分でも気づかぬ内に濁っていた。
突如見知らぬ土地に飛ばされ、誰も頼れぬ状態で人や獣に命を狙われ続けた生活を送る内に温厚だった心は荒んでしまったのだ。
ヴォルクはそんな銀狼の奥底にある良心を見抜いたのだ。
「どうした? 押す力が弱まってるぜ?」
「……ふん、トボけた事を抜かしおる。お主のせいじゃろうが」
銀狼は呆れた風にそう言うと、魔力を抜き体を離す。
先程まで剥き出しにしていた爪も引っ込めており、どうやら完全に戦闘態勢を解いているようだ。
「まさか倒さずにわしを宥めるとはの。よく思いついたものだ」
「へへ……」
ヴォルクに月属性の素養があると分かった時、ジークは言った。
『やっぱりお前にはヒーローの素質があるよ』と。
その言葉はヴォルクの胸を強く打った。
そしてこう思ったのだ。いつかこの力を正しく使いたいと。
「それにしてもお互い大分傷を負ったな、立てるか?」
「本当だぜ、遠慮なくボコスカやりやがって」
二人は先程までの殺気はどこえやら和やかなムードで笑い合う。
しかし、そんな空気を裂くように無機質な声が二人に投げかけられる。
「なんだもう終わりか。どっちかがくたばるまで待っていたのだがな」
空気が揺らぎ雪原に大量の魔戦車が姿を現わす。
ロシア軍特製の光学迷彩によるものだ。どうやら漁夫の利を狙い二人の勝負を見ていたようだ。
「……ちっ、俺様とした事が気づかねえとは」
「無理もあるまい、まさか匂いまで消せるとは……わしも迂闊だったわ」
「言いたい事はそれだけか? 攻撃開始……と言いたいところだが大人しく投降すれば命は助けてやろう」
魔戦車隊を率いる男は醜悪な笑みを浮かべそう提案する。
本来であれば名乗らずに攻撃するべきだっただろう。しかしそうしなかったのは単にこの男の趣味に他ならない。
男は二人に命乞いをさせ、その上で殺すつもりなのだ。
「おいおいあんな事言ってるぜ? 良かったな!」
「うむ。わしらも馬鹿ではないからのう」
「そうか、では……」
命乞いをしたまえ。
そう言おうとした男だったが、二人の思いもよらぬ言葉に遮られる。
「ああ」
「もちろん」
「「断る!!」」
二人の返答に男の顔が赤く染まる。
怒りや羞恥が織り交ざったその表情は思わず部下も顔を背ける程だった。
「う、撃て撃てぇ!! 奴らの骨も残すな!!」
指示が出されるや否や魔戦車より数え切れぬ砲弾の雨が発射される。
万全の状態ならまだしも満身創痍の二人にその攻撃を回避する術はなかった。
「……済まないな。わしがもっと早く冷静になっていれば」
自らの死期を悟った銀狼は己の今までの行動を恥じ、ヴォルクに謝罪する。
しかしそんな銀狼とは反対にヴォルクの目はまだ死んでいなかった。
「まだだ。まだ俺たちには……本物のヒーローがいる!」
寸分の狂いもなく砲弾が弧を描き迫りくる。
当たれば絶命必死の攻撃。
しかし、その時はやってこない。
「な……!?」
なんと砲弾の雨は着弾すると思われたその瞬間、ピタリと空中で静止したのだ。
そんな目の前の光景にある者は目を見開き、またある者は頬を緩める。
「悪いな、少し遅れた」
その現象を起こした張本人は静止した砲弾の雨の中を悠然と歩き、ヴォルクの元へたどり着くとそう言った。
「へへ、大将はいつもカッコよすぎんだよ」
その言葉に彼のヒーローは笑顔で返す。
「お前もよくやってくれたようだな。お前ももう立派なヒーローだよ」
「へへ……」
満足そうに笑うヴォルクを見たジークは「さて」と前置くと最後の戦いに赴く。
「こいつが最後だ。骨すら残んねえのはお前らだ」




