第13話 氷熱
ヴォルクの使用した魔道具「氷獄を照らす月」のランクは準神話級。つまり本来は神性がなければ扱えない代物である。
しかしジークは度重なる実験により神性が無くとも神話級の魔道具を扱う方法を開拓したのだ。
その方法はオーダーメイド。使用者の魔力の波長にピタリと合わせることによって、神性の無い者でも神話級の魔道具でも発動することが出来たのだ。
しかし過ぎた力には代償が伴う。
まず一つは魔力の大量消費。
神性が無いと通常よりも魔力を大量に消費してしまうため、常人よりも魔力量が多くなければならない。一般的な魔力量の魔人では1分ほどで昏倒してしまうほどだ。
そしてもう1つが肉体への負担だ。
神の名を冠する道具は不正を働く者に容赦しない。魔道具を使った瞬間から使用者の肉体には物凄い負荷がかかり、常人では動くことすらままならないほどだ。
鍛え上げた肉体の持ち主でも数分すれば血が吹き出し、意識を保つのが難しくなってしまう。
ゆえにジークはこの魔道具を部下達に渡すか迷った。
しかし幹部達に緊急事態が起きた時の保険が必要だと思い断腸の思いで渡したのだ。
(へへ、ここまで痛いとはな……!)
ヴォルクはそう内心で苦笑する。
神話級魔道具は緊急事態のみ使用が許されているため実際に使うのは初めてなのだ。
(頭はガンガンするし体中が筋肉痛みてえに痛いぜ。だけど……力が溢れてくる!!)
「ウオオオォォッ!!」
ヴォルクは肥大化した腕を振り上げ銀狼に飛びかかる。
その巨体からは想像もつかないほどのスピード。並みの相手なら何が起きたかすら分からず勝負が決するだろう。
「くっ……!」
しかし相手も並みの相手ではない。
すんでのところでヴォルクの一撃を回避し距離取る。
しかし銀狼は見誤っていた。
自分と相対している者の力量を。
「フンッ…………があぁ!!」
目的を失ったヴォルクの拳は勢いそのままに白の大地を抉る。
その力の余波で生まれた衝撃波は拳の着弾地点を中心に広がり地面に巨大なクレーターを作り出していく。
「ぐっ、これほどとは……!」
想定を超える敵の攻撃に銀狼の心が僅かに揺らぐ。
時間にすれば1秒にも満たぬ僅かな隙。しかしこのクラスの戦いではその一瞬の隙が生死を分ける。
「よう」
瞬きほどの間に両者の距離は詰められる。
それはこの戦いにおいて初めてヴォルクが優位に立った瞬間だった。
「そういやまだ俺の攻撃をちゃんと当ててなかったな?」
ただでさえ肥大化した腕が魔力の力を受け、更にその力を強固に、絶対的なモノヘ昇華させる。
銀狼まるで自分が断頭台に立たされたかのような錯覚に陥るほど、その力は強大で脅威的なオーラを放っていた。
「俺のパンチは、ちょっと痛いぜ?」
振り下ろされるは圧倒的な破壊の塊。
神の力を借りたに相応しい一撃。
「氷獄を鳴らす鐘!!」
衝撃。
とてもその二文字では表しきれない程の一撃が銀狼の脳天に振り下ろされる。
神性を纏ったその一撃は銀狼を守る堅牢な体毛を容易く貫通し、その下に守られていたモノを激しく揺らす。
「ッッ…………!!」
その衝撃に耐えられず銀狼は荘厳な衝突音を響かせながら白い地平の彼方へ飛んで行くほどの勢いで吹き飛ぶ。
「へへ、ようやく一発入れてやったぜ……」
己の渾身の一撃に満足そうに笑みを浮かべるヴォルクだが、その笑みは長くは続かない。
「があっ!!」
突如今の一撃を放った右腕が引き裂け血が吹き出したのだ。
あまりの痛みに流石のヴォルクも思わず膝をつき顔を苦悶に歪める。
一瞬先ほどの攻撃時に反撃されたのかと思ったが、この痛みは外側から切られたものでは無いと長年の経験でヴォルク気づく。
「代償……か」
今こうして立っているだけでも神性は選ばれざる者に牙を剥く。
激しく動けば尚のことであり、本来であれば体がバラバラに吹き飛んでもおかしくない程の負荷がヴォルクを常に襲っているのだ。
「頼むぜ、もうちょい持ってくれよ」
それを繋ぎとめているのは一重に彼の気合いによるものだ。
いくら鍛えているからといって耐えられる程神の名は安くない。強靭な精神力と強固な信念こそが神にあらがう唯一の手段なのだ。
「ふん、なんだ放っておいても死にそうじゃないか」
「へっ。おめー程じゃねえさ」
激痛に呻いている間にいつの間にか銀狼が戻ってきている。
額から血を流しているものの、その足取りはしっかりしている。どうやら今の一撃では致命傷にはなり得なかったようだ。
「確かにお主の力は大したものだ。惜しむべくは私と戦うにはまだ早かったことだな」
「何言ってやがる。俺はいつでも今が全盛期だぜ!」
軋む体に鞭を打ち、凍える手足に火を灯す。
あと少し、あと少しでいいからもってくれよ俺の体。頑丈なトコしか取り柄がねえんだからよ。
お前も悔しいだろ?
このまま何もなせずにくたばるなんてよ。
だから少しだけ
あとすこしだけ
俺に、変わるチャンスを
「其の威を示せ! 氷獄剣!!」
背中に生えた水晶と同じ色の巨大な氷の剣がヴォルクの双腕より生える。
神性を強く内包したその剣は、如何なる金属も容易く切り裂く神の刃。
現状使える魔力ありったけを込めたその魔法は、逃げずに最期まで戦い抜くと決めたヴォルクの決意の証だ。
「面白い! ならば私も応えようぞ!」
その決意に呼び起こされたのか銀狼もここに来て初めて笑みを浮かべ、魔力を高める。
それは久しく忘れていた強者と戦える喜び。
命と誇りをかけた戦士の対話。
しがらみも憎しみも超えたその先に二人はいる。
「「行くぞ!!」」
極寒の地に、灼熱の風が吹き荒れる。




