第7話 最果ての村にて
近くで見るその村は想像してたよりも酷い状態だった。
村のあちこちからは煙があがり、焦げ臭い匂いが村中に充満していた。
俺たちは村に着くとまず怪我人の救助に当たった。
最初は警戒されたが村人も必死に救助する俺たちを見るとひとまず警戒を解いてくれ、共に家屋の下敷きになった村人を救助したりした。
幸いなことに俺と火凜は回復魔法を使えたので、それも村人の警戒を解くのに一役買ってくれた。
村人にも回復魔法を使える者はいたが、なにせ怪我人が多いから人手が完全に足りなかったのだ。
俺たちの救助活動は日が暮れるまで続いたが、その甲斐もあって村人に死者は出なかった。
「村の者を代表し、礼を言わせてもらう。本当にありがとう」
そう言い俺たちに頭を下げるのは最果ての村の村長、オレグさんだ。
曲がった腰にしわしわの肌と仙人のような髭のおじいちゃんだが、その眼光は時々戦士のような鋭さを見せる時がある。
魔法使いの村の代表の名は伊達ではないみたいだな。
俺たちは今その村長の家に招かれ、温かいスープを飲みながらテーブルを囲んでいる。
疲れて冷え切った体によくしみるぜ。
「当然のことをしたまでですよ村長さん。困っている魔人を助けることこそ我が魔王国の信条なのですから」
「ほほ、お若いのに立派な方だ。どうやらワシらは魔王国の事を誤解していたようだの」
村の人たちには俺たちが魔王国の人間という事は明かしてある。流石に俺が魔王だということは明かしてないが。
外界と断絶しているこの村にも魔王国の事は知られていたが、あまりいい印象では無かったようで最初に明かしたときは警戒されてしまったが、今はだいぶ誤解も解けて魔王国自体の評判もあがった様に見える。よかったよかった。
「回復魔法もたいしたものじゃ。その若さであそこまでの練度はなかなかおら……」
「村長さん、そろそろ本題に入らせてもらえますか?」
村長の世間話を遮るように俺がそう発言すると村長は話をピタリと止め、ゆっくりと俺を射貫くような鋭い眼光で見つめる。
「……そうじゃな。誤魔化していても仕方がない、村の恩人であるあなた方には知る権利がある」
村長はふう、と一息つくと姿勢を正し真剣な口調でこの村で起きたことを話し始める。
「事の始まりはあの日……世間では魔力大規模感染と呼ばれるものが起きた日まで遡る事になる……」
村長の話によると、この村自体は魔力大規模感染が起きても特に支障はなかったらしい。まあ元々みんな魔法使いなのだから当然と言えば当然なのだが。
しかし他の普通の町はそうはいかない。
一つ、また一つと村が、町が潰れていったらしい。
「ワシらは最初それを静観していた……我々が行っても混乱を生むだけだからの」
人と魔人の共存は不可能に近い。
この村の選択は間違っていないだろう。
最初は感謝されるかもしれないが、余裕が出来てくれば人間たちは自分たちより強い魔法使いを敵視しだすだろう。
人間がそういう生き物だという事を、俺はよく知っている。
「しかしそんな時、ワシらの村に接触してきた者がおった」
「接触?」
秘匿されていたこの村に接触とは……いったい誰なんだ?
「そう……どこからこの村の存在を知ったのかは分らんがそやつはこの村に辿り着いた。そしてそいつはこう言ったのじゃ。『自分はロシア軍の者だ。手を貸して欲しい』とな」
「ロシア軍……!?」
思わぬ名前に俺は驚愕する。
ここでその名が出てくるとは……
「そやつはワシらに魔獣を退ける手伝いをして欲しいと頼み込んできおった。村の外の問題に手を貸すべきではないのじゃが……悩んだ末にワシらは手を貸すことにした」
「へえ、優しいじゃねえか」
「違う」
スープで口元を汚したヴォルクが口を挟むと、村長はその言葉を冷たく切り捨てる。
「ただの罪滅ぼしじゃ、ワシらは罪悪感から逃げたに過ぎない。そんな生半可な気持ちで動いたからこんな事態を招いてしまった。自業自得じゃ」
「どーいうことだ? 魔獣を追っ払うのに失敗したのか?」
「いや、魔獣を追い払う装置は完成した。出来すぎなぐらいにのう」
俺たちが最初に訪れた町もその装置が使われているのだろう。
魔獣を追い払う装置か、役に立ちそうだ。後でどういう仕組みか聞いてみたいものだ。
「じゃあいいじゃねえか、いったいそこからどうしたらこんな事態になるってんだ?」
「……外界との関わりを絶っていたワシらは忘れていたのじゃ。人の欲、その深さと醜悪さにの」
村長はそう前置くと、苦悶に満ちた表情で語りだす。
「装置が完成した。そこまでは良かった……しかし、ロシア軍は装置開発に携わった村人を解放しなかった」
「……なるほど」
その言葉で俺は大体の顛末を予想出来てしまった。
「もちろんワシらは抗議した……しかし結果はご覧の有様じゃ」
という事はあの魔戦車か。
この村を見せしめに焼き払い、帰還している時にたまたま銀狼に遭遇したのだろう。
「でもよ! あんたらも魔法使いなら戦えるだろ!?」
「ワシらの村には他者に魔法を使ってはならないという戒律がある。お主らからしたら馬鹿馬鹿しいかもしれぬが、ワシら古い魔法使いにとって戒律は絶対なのじゃ……」
村長はそう言うと口をつぐみ俯いてしまう。
さぞ無念だっただろう。悔しかっただろう。
村長としての責任と村の戒律。
その板挟みにあった彼の苦しみは計り知れない。
「村の者は悪くない。全ての責任はワシにある。だからこの始末はワシがつけるつもりじゃ」
「あなたは悪くないですよ」
「!?」
俺は立ち上がると村長に向かい合う。
「悪いのはあなたでも、ましてや村人ではない。悪いのは軍の奴らです」
「し、しかしならば誰があやつらを……」
「俺がやります」
俺は力強くそう言い放つ。
「し、しかし……」
「目には目を、悪には悪を。あなた方が手を汚す必要はありません。俺はあなた方のような人を守るために戦っているんです」
止められたってしったもんか。
こっちは今の話で頭に来てるんだ。
しかし不思議と以前のように怒りに支配される事はなかった。
あるのは冷たい殺意のみ、今ならどんな残忍なことでも出来る気分だ。
「ほ、本当に頼ってよろしいのですか……?」
「ええ、任せて下さい」
俺はすがるように伸ばされた村長の手を握り、言い放つ。
「悪いことなら得意なんですよ」




