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第1話 研究

「あーーーー」


 海外での作戦を終えた次の日の朝。

 俺は自室のベッドの上で何をするでもなくうだうだしていた。


「何もやる気がしない……」


 俺の机の上には積み上げられた書類の山。

 少し国を開けただけでこの有様だ。


 マーレがシェン、その他大勢の有能な部下が俺の仕事を肩代わりしてくれてはいるが、この国の頭首である俺が決めなければならない事も存在する。

 最初の頃はそれでも何とかなっていたが、人が増えれば問題も増える。


 国外での活動にいちいち顔を出していては国内がおろそかになってしまう。

 しかし俺の能力が必要になる事が多いのが現状だ。

 幻影自己人形ドッペルゴーレムが使えれば問題は解決するのだが、この土地にあふれていた神力はもう尽きてしまっているため使う事は出来ない。


「ままならないモノだな……」


 しかしうだうだしていも仕方がない。

 俺はいつもの鎧を身に纏い魔王モードになる。


「さて、働きますか……」


 俺は気を入れなおすと、自室を後にするのだった。




 ◇




「おや、主殿。奇遇じゃの」


 俺が目的の場所に向かっていると、道中でテレサと遭遇する。

 オフモードのテレサはTシャツにデニムとラフな格好だ。

 だがそれがいい。


「しばらくの留守、ご苦労だったなテレサ」


「くくっ、留守と言っても暇を持て余しただけじゃったがな。腕がなまらないか心配じゃ」


 そういう彼女だが、日に日に魔力が上昇していくのを感じる。

 まだ彼女の体は幼く、成長途中だ。

 恐ろしい事にもし成人したら今の比ではないほど強くなるらしい。


 その時も、彼女は仲間でいてくれるだろうか。


「そうだテレサよ。お前もついてきてくれるか? ぜひ知恵を借りたくてな」


「くくっ、わしがデートの誘いを断るわけがなかろう?」


 テレサはそう言うとするりと俺の腕と体の中に潜り込み、腕を絡ませてくる。

 なんという早業……!


「ささっ、行くぞ主殿!」


「おおっと! あまり急ぐな!」



 そんなことをしながら俺たちがまず訪れたのは「魔導研究所」だ。

 ここでは世界各国から集めた優秀な科学者や魔法使いが日夜魔法について研究している。


「おはようございます! ジーク様、テレサ様」


 俺たちの来訪に気づいた研究員はみな元気のいい声で俺に挨拶する。

 ここの職員の士気は高い。

 なぜなら俺が魔法研究に力を入れているため彼らは城の職員の中でも特に優遇されているからだ。


 この世界において魔法の秘密を解き明かすことの重要性はいまさら説明するまでもないだろう。

 魔法を制する者が世界を制す。


 まあ世界を制する気は無いが他国に制されてはたまらない。

 ゆえに魔法技術で他国に後れをとるわけにはいかない。


「賀ヶ山はいるか」


「はい! いつものところにいると思います!」


「そうか」


 職員の言う通りお目当ての人物はいつもと同じ彼のデスクにいた。

 睡眠不足なのか大きめのマグカップでコーヒーをがぶ飲みしている。あんなに飲んで大丈夫なのか?


「ん? これはこれはジーク様にテレサ様。おはようございます」


「ああ、おはよう」


 賀ヶ山修造。

 魔導研究所の職員であり、「魔力大規模感染マジカル・パンデミック」研究室の室長でもある男だ。


「わざわざ足を運んでいただき申し訳ない。今日のどっかで報告には行こうと思ってたんですがねえ」


 賀ヶ山はそう言いながら彼のデスクの近くにある大きめのデスクを整理し始める。

 そのデスクの上には魔力大規模感染マジカル・パンデミックに関する重要な資料が煩雑に散らばっている。ちゃんと管理できているのだろうか?

 コーヒーのシミがついてる紙もあるぞ。


「えー、そうそう。確か以前は魔力大規模感染マジカル・パンデミックが世界で同時刻に起きていなかったというとこまで報告しましたよね?」


「なに!? そうじゃったのか!?」


 賀ヶ山の言葉にテレサが驚く。

 それもそうだろう。

 この情報は他の国々も恐らく入手していないだろうからな。


「はい。国によって魔力大規模感染マジカル・パンデミックが発生した時刻には若干のラグ(・・)があります。例えばアメリカとブラジルはほぼ同時刻ですが日本はその二国より約50秒ほど後に発生しております」


「ほう……それは興味深いのう」


魔力大規模感染マジカル・パンデミックには謎が多い。他国は魔法技術を発展させることに苦心しているが私はそれだけではいけないと考えている」


「なんでじゃ? もしや世界を魔力大規模感染マジカル・パンデミック以前に戻すつもりかの?」


「逆さ」


「逆?」


 俺の言葉にテレサは首をかしげながら質問する。

 可愛い。


「そう、逆だ。俺たちは何としてでも元の世界に戻してはいけないんだ」


「ほう、ワケを教えてもらえるかの?」


「簡単な話さ。今魔法が無くなった所でハイ仲直りとはいかない。力を失った俺たちなどいいところが奴隷、悪ければ虐殺だ」


 人はどこまでも残酷になれる生き物だ。

 決して元魔人という異物をこの世界に許容しないだろう。


「だから魔力大規模感染マジカル・パンデミックの謎は解かなければならない。魔法を失わないためにも、な」


「なるほどのう」


 テレサは納得したように頷く。

 魔法に詳しい彼女が納得したなら俺の考えも間違いではない……はずだ。


「それで賀ヶ山よ、あれから何かわかったことはあるのか?」


「はい。世界各地で魔力大規模感染マジカル・パンデミックが起こった時間を調べていたのですが……興味深い事がわかりました」


「ほう?」」


 俺が興味深そうに聞き返すと賀ヶ山は地球儀とペンを取り出し説明を始める。


「近い時間に魔力大規模感染マジカル・パンデミックが起こった地点を線で結びます。すると……」


「これは……!!」


 賀ヶ山が観測に成功した地点で時間が近い地点を線で結ぶと……地球儀には大きな円が描かれた。


「そう。魔力大規模感染マジカル・パンデミックは円状に世界に広まった可能性が高いです」


「という事は……!」


 その説明を聞き俺は一つの仮説に行きつく。


「ええ。魔力大規模感染マジカル・パンデミックは一つの地点を中心に広がった可能性が高いです。そこを調べれば魔力大規模感染マジカル・パンデミックの原因を究明できる可能性は高いです」


「くくく……」


「あ、主殿?」


 賀ヶ山の言葉に俺は思わず笑い声を漏らしてしまう。


 それも当然だ。

 今までどう調べてもその尻尾すら掴めなかった魔力大規模感染マジカル・パンデミックの喉元が目の前に現れたのだから。


「最高だ賀ヶ山。引き続きその地点の特定を頼むぞ」


「はい。いったいそこになにがあるのか私自身も興味が尽きないですからね」


 賀ヶ山は根っからの科学者だ。


 たいしてこの国に思い入れがあるわけでもなければ平和を愛しているわけでもない。

 その本質は『知識欲』。

 知りたいという思いのみが彼を突き動かす。


 しかし、だからこそ彼は自分に知識をくれる俺に誰よりも忠実で勤勉だ。

 この世界から謎が尽きぬ限り俺に力を貸してくれるだろう。


「さて、そろそろ行こうかテレサ。彼の研究たのしみの時間を奪ってしまっては申し訳ないからな」


「う、うむ。わしもちょっと情報を整理したいの」


 俺は考え込んでいるテレサを率いて部屋を出ようとする。

 すると。


 バン!!


 と大きな音を立て研究室の扉が開く。


 そこにいたのは息を切らした使用人。

 なにやら焦っている様子だ、何があったのだろうか。


 彼は俺を見つけると一瞬ほっとした顔をするが、すぐに気を引き締めこう言った。


「報告します! アン様とスイ様が先ほど『角無し』を捕獲いたしました! 至急魔王城大広間までお越しください!!」


「「ほう……」」


 俺と賀ヶ山はその報告に同じタイミングで興味深そうに声を漏らす。

 くく、どうやら俺もこの世界の謎に惹かれていたようだ。あまり賀ヶ山のことを言えないな。


「ふふふ、全く……この世界は私を飽きさせないな」


「同感です。さあ共に覗きに行きましょうか、この世界の深淵を」


 俺と賀ヶ山は共に邪悪な笑みを浮かべ大広間に向かうのだった。

読んでいただきありがとうございます!!

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