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閑話2 奈落

 魔王城には100を超える多種多様なフロアが存在する。

 幹部ともなればそのほとんどのフロアに立ち入ることが出来る……が。


 魔王城には二つだけ幹部でも立ち入りを禁止されているフロアがある。


 一つは最上層にある魔王の私室。

 しかしこちらは事前に申し出があれば比較的容易に許可が下りる。


 そしてもう一つのフロアは王の私室とは対照的に魔王城の最下層に存在する。


 通称『奈落』と呼ばれるその場所は幹部のシェン=レンとその私兵のみが立ち入りを許されている。


 そこで何が行われているのかは魔王ですら知らない……







 ◇





「やあ、元気にやってるかな?」


「これはシェン様! お忙しいところありがとうございます。」


『奈落』の扉を開けフロアに足を踏み入れ気さくに挨拶するシェン。

 そしてそれにこたえるのは仮面を被った『奈落』の職員たちだ。


 この仮面は職員が普通の生活を過ごせるようにとのシェンの配慮だ。

 これのおかげで奈落の職員たちはここで働いていることがバレずに日常に溶け込める。


「それは素晴らしい。あまり来れなくて済まないね」


 多忙な彼はこのフロアに長い時間とどまる事ができない。

 しかしそんな多忙な彼が何とか時間を作って足繁くここに通っていることから彼がここを重要視していることが伺い知れる。


「では早速聞こうか」


「はい。まずは角の移植実験の方ですが拒否反応を抑えることに成功しました」


「ほう! 何が良かったんだい?」


「はい。魔獣から直接移植するのではなく一旦人間の皮膚組織に埋め込んだところ人間に対する拒否反応を減らすことが出来ました」


「成る程。では引き続き実験を進めてくれたまえ。成功すれば我が軍の軍事力は大幅に上昇するだろう」


「は!!」


 シェンの言葉に傅く職員。

 ここにいる職員のシェンに対する信頼は厚い。

 なぜならここに集められたのは普通であれば狂人や奇人として社会からつまはじきにされた者ばかりだからだ。


 そんな彼らをシェンは好待遇で迎え入れ、研究に必要なモノ(・・)は全て与えた。


 物も、機材も、動物も、人も。


 そんな研究者にとって夢のような環境を提供された彼らがシェンに畏敬の念を抱くのに時間はかからなかった。


「次は人間の体を素材にした魔道具を……」

「いえ獣憑きの解剖結果を……」

「人間と魔獣の繁殖について……」

「時空間移動によって生じる熱エネルギーについて……」


「ふふ、慌てなくても逃げやしない。一つ一つ聞かせてくれ」


 子どものように自分の成果を聞かせたがる職員たちを前にシェンは邪悪な笑みを浮かべるのだった……





 ◇




『奈落』の最深部――――

 そこは『奈落』の職員の中でも更に選び抜かれた者しか入れない。

 なぜならそこで研究されているモノは絶対に口外されてはいけないモノだからだ。


「ここに来るたび心が躍るよ。早くアレ(・・)を解き明かしたいものだ」


「ええ、わたくしもドキドキでございます!」


 シェンと『奈落』の代表である仮面の男「オガ」は最深部に鎮座しているモノを見ながら談笑する。


 大きな十字架に(はりつけ)にされた人型のソレは、明らかに普通の人より大きく成人男性の3倍はあろうかという体躯だ。既に息絶えているはずなのに引き締まった肉体は今にも動き出しそうだ。


 そして何より目を引くのが……その頭部。


 その頭は人のモノではなく、山羊のものだった。


「山羊の頭部に黒い羽根。あまりにもキリスト教に出てくる悪魔の姿に酷似している。こいつしか存在しないのか、はたまた仲間がいるのか興味が尽きないな」


「はい。傷がこれほど深くなければもっと詳しく調べられたのですが……あまり贅沢言ってもしょうがないですが」


 確かに悪魔の胸から腹にかけて大きな裂傷がある。

 傷口は焦げ付き、まるで雷にでも打たれたかのようだ。


「それにしてもあの時は驚いた、たまたま潰した小さな宗教団体がこんな素敵なモノを隠し持っているとは」


 そう。この悪魔の遺体はとある敵対した宗教団体を潰した時にその施設から見つかったものだ。

 最初は悪趣味な作り物だと処分しそうになったが、シェンがその悪魔から不思議な魔力を感じ取り詳しく調べる事になったのだ。


「オガよ……どうだ、今と昔どちらが楽しい?」


「シェン様も人が悪い。決まりきった答えを聞かないで下さいませ」


 シェンはその答えを聞くと満足そうに笑みを浮かべる。


「そうだな。馬鹿な事を聞いた」


 そして二人は作業を始める。

 狂気の先にあるモノを探しに。



『奈落』。そこでは今日も狂気と悪意が渦巻いている。

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