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閑話1 修業

「……本当にこんなことで効果が出るのだろうか?」


 俺がいるのは魔王国より離れたところにある森の中。

 澄んだ魔力で満ち溢れるそこは水がきらめき草木は青々と生い茂る自然の楽園のような場所だ。


 俺はそんな秘境で滝行をしていた。


「まあまあ信じてみいやあんさん」

「そうは言うがな……」


 いつもの鎧姿でなく修行僧のような白い服を着ている俺に話しかけてくるのはここを教えてくれた人物。


 巫女服姿の美少女である彼女は専属使用人が一人、名前は白弧ハコだ。


 銀色の長い髪が目を引く彼女だが、それよりも他の人とは決定的に違うところがある。


 それは頭頂部にぴょこんと立つ狐の様な大きな耳とお尻から伸びるふさふさの尻尾だ。


「しかしいつ見ても不思議だ……」


「いややわぁ、あんまり見んといてや♡」


 俺がぴょこぴょこ元気に動く耳と尻尾を凝視してるとハコは恥ずかしそうに体をよじる。

 動物みたいで可愛い。モフモフしたくなるぜ。


 狐が人間化けたような彼女だがれっきとした人間だ。


 古来より「獣憑き」と呼ばれる動物の姿をした人は存在したらしく、彼女もその一人だ。

 生まれる時に何かしらの魔力を浴びた赤子がこれになるらしいが詳しい原因はよく分かってない。


 ただ一つ確実に言えることは「獣憑き」には特別な力が宿っているという事だ。


「しかしこんなまどろっこしい方法しかないのか?」


「うちの魔法でどうにかしてもええんですけどな。それだと根本的な解決にはなりませんねん」


 ハコの持つ特別な力は『精神魔法』だ。

 彼女の操る精神魔法は俺よりも数段強力で、格上の者でも無傷で勝利できるほどだ。


 俺は自らに眠る怒りの感情をコントロールするため彼女に助力を求めたのだった。


「少し覗かせてもらいましたがあんさんに眠るソレは普通ではあらへん。申し訳ないけどうちでは治せまへんわ」


「だから滝行……か」


 確かに大自然の中滝に打たれるという行為は雑念が消え自分と向かい合えそうな感じがする。

 しかしどうしても留守にしている魔王国の事が気になり集中しきれない。


「……それそろ休憩にしましょうか。弁当作って来とるからあんさんも一緒にどうやろか?」


「そうだな、いただくよ」


 俺は滝行を中断すると陸にあがり手ごろな岩に腰を掛ける。


「ところで最近どうなんだ?」


「ここは問題あらへんが各地で強い魔獣が生まれてる様やな。魔王国も気を付けた方がええで」


 ハコとは魔力濃度の高いこの森を調査しに来た時出会い、仲間になった。

 アンやスイと同じく魔獣と意思疎通が出来る彼女は魔王国を離れ各地で魔獣の調査をしてもらうことも多い。


「特に『角無し』と呼ばれてる魔獣。奴らはやばいで」


「角無し?」


 角がある生き物を魔獣と呼んでいるのに不思議な話だ。


「『角無し』っちゅうのは文字通り角がないのに魔法を使う生き物の事や。滅多に現れへんがどいつも超強いって話や」


「次から次へと……いったいどれだけの問題を片付ければ平和に暮らせるのやら」


 最近は他国と関わることも増えてきたと言うのに魔獣問題まで面倒見切れんぞ。


「まあ魔獣問題はうちに任しとき。悪いようにはせえへんで!」


 無い胸をポンっ!と叩くハコ。

 テレサに次いで年齢の高い筈の彼女だが行動には幼さが残る。

 人里離れ長年暮らしていたからだろうか。


「あんさんは一人で頑張り過ぎや。優秀な部下がぎょうさんおるんやし肩の力を抜きいや」


「確かに……俺にはもったいないぐらい優秀な奴らだ」


 俺の出来ることなどたかが知れている。

 だから出来ることは全てやろうとしていた。

 焦っていたんだ。


 その心の余裕の無さがこの前の事態の一因でもあるだろう。


 もっと頼ろう。


 俺が倒れては悲しむ奴らがいるのだから。


「ありがとうハコ。楽になったよ」

「くひひ。これで他の奴らより一歩リードやな♡」


 彼女の天真爛漫な笑顔の前では俺も思わず素になってしまう。

 全く、敵わないぜ。


「よし! それじゃそろそろ再開するか」


 俺は立ち上がると再び滝に向かう。


 怒りに支配されたあの時、確かに俺は普段よりも強くなっていた。


 あの力が俺の一部であるならものにしてやる。


 怒りを押し殺すのではなく、己のモノとしてコントロールする。


「頑張るんやでー」


 俺はその声に手を上げて返事をすると滝行を始めるのだった。



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