第13話 いい奴
幸いなことに俺には力があった。
死ぬ気で頑張り、実際に死にかけながらも、俺は歩みを止めなかった。
おかげで俺はなくしたモノをいくつか取り戻すことが出来た。
しかし同時に思い知った、この世には取り返しのつかないモノが多すぎる事を。
だから俺は二度と過ちを繰り返さない事を誓った。
例え、恨まれ蔑まれようと。
例え、馬鹿だと罵られようと。
全て手に入れ全て守る。
それが俺の決めた道だ。
◆
「黄金星の筋肉!!」
ゴルディオは戦闘開始と同時に自身へ肉体強化魔法をかける。
すると全身が金の膜で覆われたみたいな姿になる。正直キモい。
だが体から放つ魔力はかなりのモノだ。星の力も使ってるところを見るにコレが奴の最強魔法なのだろう。
様子見はナシってことか、殺す手間が省ける。
「だらああっ!!」
黄金で出来たメリケンサックをつけたゴルディオの全体重を乗せた右ストレート。
常人であればこの一撃で消し飛んでしまうだろう。
しかし。
ガッキィィッン!!
金属と金属がぶつかり合う音が鳴り響く。
俺はその一撃を、魔法を使うことなく片手で受け止め切って見せる。
「なに……!!」
目を見開き驚愕するゴルディオ。
当然だ。
渾身の一撃をこんなに容易く止められるとは思わなかっただろうからな。
俺が装備している手甲、名は『巨神族の籠手』。
装備者の筋力、物理攻撃力を爆発的に上げてくれる魔道具だ。
平常時でも効果を発揮してくれるが、魔力を流すと更に強力になる。
この通り星の力を込めた攻撃すら受け止めてくれるくらいにな。
「ぐっ!」
拳を掴まれてる形になってるゴルディオは、必死に腕を引っこ抜こうとするがそんな甘くはいかせない。
俺に喧嘩を売ったんだ。
地獄を見てもらうぞ?
「吹っトびなっ!」
「ぶっ……!!」
俺は空いている左手の拳でゴルディオの顔面を打ち抜く。
超強化された俺の拳を真正面から受けたゴルディオは、綺麗な弧を描きながら数百m離れた岩壁に激突し、砂煙を上げる。
ハハッ、馬鹿はよく飛ぶな。
「だが、こんなもんじゃ済まさねえからな?」
今度は足に纏っている鎧に魔力を込める。
『妖精族の脛当』、こっちは移動強化に特化した魔道具だ。
速度強化はもちろん、空中移動など移動に関する動作ならほぼ全て強化してくれる優れものだ。
俺は軽く地面を蹴ると、まるでワープでもしたかのような速度でゴルディオの元に移動する。
「しぶといな、もうタちあがっているとは
「ハハ、 いい拳撃だったぜ。面白くなってきたよ」
俺が到着すると既にゴルディオは拳を構え待ち構えていた。
白い歯を見せ余裕といった表情だが俺の目はごまかせない。
その足はわずかだが小刻みに震えている。
ダメージは少なくないみたいだな。
「いくぜ! 黄金怒涛拳!!」
だがそんな事お構いなしにと全力で向かってくるゴルディオ。
黄金の拳を目にも止まらぬ速さで打ち込んでくる。
まだ力の差を理解してないのか……
まだ勝てるとでもおもっているのか……
目障りダ……
………………
…………
……
もう、いイよな?
いい加減この茶番ニモ飽き飽きダ。
トットト
殺ソウ
「死ね!! 憤怒ノ魔刃!!」
オレは右手より赤黒い小さな刃を射出する。
刃はゴルディオの肩に当たると大きく火花を散らし、黄金の装甲を物ともせず引き裂いていく。
「が、があああああっっ!!!」
流石に痛いのか悲鳴を上げる。いい気味だ。
やがて奴の肩は「みしゃり」と金属を潰したような音を上げると、鮮血をまき散らしながら右手と胴体は完全に分かつ。
「―――――――――ッ!!」
苦悶に顔をゆがませるゴルディオ。
いい、イイ表情だ!!
「まだまだ俺の怒りはこんなモンじゃねえゾ!!」
殴る、殴る。
その度奴の体が凹みきしんでいく。
蹴る、蹴る。
その度奴は吹っ飛び血反吐を吐く。
次は、次ハ、ツギハ……
「はは、随分楽しそうじゃないか」
「!?」
ボロボロになりながらも立ち上がるゴルディオ。
しぶとい奴だ。
「ナゼ立つ? 正気とは思えナイな」
「俺様は強欲でね、勝利も金も欲しいものは諦められない性質なのさ」
ムカつく笑顔浮かべそう言うゴルディオ。
何が言いたいンだ。理解出来ナい。
「それより1つ聞かせてくれよ魔王様。お前は一体なぜそこまで怒っているんだい?」
「……そんナのどうでもいイだろ。ムカついタから殺す、そレだけだ」
……いや、よくない。
確かにゴルディオには仲間を傷つけられたが大した傷ではない。
挑発をされたが我慢できる範囲だ。
なぜ俺はここまで殺したいほど憎いんだ?
俺はこの時、初めて体が、感情が得体のしれないモノに操られてることに気づいた。
自分の鈍さが嫌になる。
「敵を殺すのに理由なんざいらねエ!!」
そんなワケあるか。
そんなんじゃ俺は部下や民に顔向けできない。
「邪魔する奴は殺す。正義も悪も関係ねエ」
そんなのただの暴君だ。
そんなもんになりたいワケがない。
「そうか……残念だよ。お前はもっといい奴かと思ってたんだがな」
いい奴……?
どこかで、どこかで聞いた事のある台詞だ。
どこでだ……
どこで……
そう、確か……
『あんたが『共感覚』に目覚めたのもそう。人の痛みが分かるいい奴だからきっとその力に目覚めたのよ』
……そうだ。
あの人が、俺の最大の恩人であるあの人が言ってくれたんだ。
何で忘れていたんだろう。
あの時決めたんじゃないか。
あの人に認めてもらえるような、褒めてもらえるに値する奴になると。
「グ、グググ……頭ガ……」
それなのになんだこのザマは。
一時の怒りに身を委ねて体の自由が利かなくなってるじゃないか。
『共感覚』の副作用だろうか?
それとも二重人格にでもなったか?
いや、今はそんな事どうだっていい。
おい、返してもらうぜ。その体は俺のものだ。
勝手な事すんじゃねえ。
「ぐ、グガガっ……」
そんなことして……
「あの人に嫌われたらどう責任とるってんだ!!!!」
急激に意識が浮上する感覚。
俺は体の自由が戻ったのを確認すると急いで胸に燻る怒りを心の奥底に押し込む。
いったい何だったのだろうか。
しかし、今は確認する術はない。目の前の事に集中せねば。
「なんだかよく分からんが……さっきより良い顔つきになったじゃないか。」
「みっともない所をみせたな。しかしおかげで大事なことを思い出せたよ」
俺は皆に恐れられる最恐の魔王を常に意識し続けていた。
だから俺の中にいるナニかに段々乗っ取られてしまったんだろう。
残忍で無慈悲なだけが俺の目指す最恐の魔王じゃないはずだ。
残忍さも優しさも無慈悲さも慈愛の心もすべて併せ持つ。
そんな恐ろしくも優しい。それが俺の目指す魔王像だ。
だから……
「特大回復」
「なに!?」
俺はボロボロのゴルディオをありったけの魔力を使い回復してやる。
「どういう風の吹き回しだ?」
「なに、正気に戻してくれた礼だ。それに……」
『二回戦をやるのにそんなボロボロじゃ格好つかないだろ?』
「…………いいね。いいよ! 実にイイ!! 撤回するよ、君はいい奴だ!!」
俺とゴルディオは再び構え、向き合う。
そして示し合わせることなく名乗りを上げる。
名乗りはロマン。分かってるじゃないか。
「ゴルディオカンパニー社長にして十天星が一人、金星のゴルディオ」
「魔王国ゾロ・アスト頭首クリーク・O・ジーク」
『参る!!』
その日、俺たちは子供みたいに気が済むまで殴りあった――




