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第5話 蹂躙

 ぐちゃり、ぐちゃり。



 室内に生々しい音が反響する。



 ぐちゃり、ぐちゃり。



 音がなる度壁や床に赤黒いシミが広がる。


 気づけば辺り一面の壁は全て元の無機質な灰色から酷く濁った赤色に染まっていた。


「ジーク様……」

「……すまんなクロム。いちいち腹を立てていては王失格だな、不甲斐ない主を許してくれ」


 俺は悲しげに俺を見つめるクロムに謝り手に持ったモノを赤黒く変色した壁に押しつける。


「やめっ……!!」



 ぐちゃり。



 スピードこそゆっくりだが圧倒的膂力によって頭部を壁面に押しつけられた黒蓮教の一員は、他の連中と同じ音を立てて物言わぬ存在へと変わる。


「これで全員か」

「そうですね。残りの連中は既にアジトから脱出し、地上で我らを迎え討つつもりのようです」

「そうか」


 気づけば頭の無い死体が何十体も転がっている。

 劉の頭部を斬り落としてから記憶が曖昧だ。

 どうやら怒りのままに暴れていたようだな、自分の未熟さが嫌になる。


「それにしても酷い有様だ……ぐっ!!」

「ジーク様!?」


 突如胸の痛みに襲われ膝をついてしまう。

 食道を焼ける様な痛みが駆け上がり口まで達する。

「大丈夫ですか!? ジーク様!?」

「……問題無い」


 敵を殺すことに躊躇いは、無い。

 だがそれは殺人行為への生理的嫌悪が無くなった訳ではない。


 頭に上った血が下がれば自分の手にこびりついた血に気持ち悪くなり吐く事もよくある。

 寝れば殺した奴が夢に現れとても安眠など出来ない。


 催眠魔法で忘れる事も出来るだろうがやるつもりはない。

 責任無く手を汚す。それは俺が、俺を慕ってくれる国民が最も嫌う行為だ。


 だから俺は全てを背負うと決めた。

 善行も悪行も等しく俺の一部だ。捨てるつもりも誰かに渡すつもりもない。



「上に逃げた連中はいかがいたしますか?」


 俺が立ち上がり呼吸を整えたのを見計らいクロムが意見を求めてくる。


「当然正面から潰してやるさ。だがその前に……」


 俺は部屋に横たわる無数の傷ついた魔人達に目を向ける。


「彼らを何とかせねば」


 今にも命を失いそうな者もいる。

 早急に手を打たねば。


「既に囚われてる魔人はこの部屋に全て集めております。死体は別ですが」

「ご苦労」


 頭に血が上って気づかなかったが部屋に入った時より魔人が増えている。

 どうやら俺に全てを渡すつもりはなく損傷の激しい奴を押しつけようとしたみたいだ。

 後からクロムが集めた魔人は健康状態の良い者もチラホラいる。

 俺が誰かは説明したのだろう。怯えた目をしてこそいるが逃げる気配はない。

 仕事の早い奴だ。

 しかし今は労ってやる余裕が無い、すまんな。


全異常回復オールキュアー


 部屋に青い霧の様なものが充満する。

 この魔法は体に侵入した細菌や病原体、毒や呪いまで治癒する効果がある。

 高位の魔法は打ち消せない事もあるが見渡す限りその様なものに罹った者はいない。


最高級回復ヒールオブヴェンティ範囲超拡大オーバーエリア


 これは回復魔法の中でも最高クラスの魔法だ。ちぎれた腕も生えてくるほどの絶大な力を持っている。

 本来であれば一人しか対象に出来ないが無理やり範囲を拡大して部屋全体にかけているので魔力の消費量が半端ない。

 魔力の欠乏で俺は貧血のような症状に襲われ、壁にもたれかかる。

 いい自戒になるぜ。


「仕上げだ。強制睡眠スリプト


 問題なく回復したのを見届けると彼らを強制的に寝かせる。

 これが一番体にいいし何より全てのカタがつくまでウロチョロされても邪魔だ。


「……さて行くか」


「お待ちください!!」

「ん?」


 突如投げかけられた声に振り向くとそこには膝をつき頭を下げる青年が一人。クロムが別室より連れてきた魔人の一人のようだ。

 精悍で引き締まった肉体の屈強な人物だがその体にはいくつもの痛々しい傷跡が残っている。

 先ほどの回復魔法でも消しきれないとはよほど酷い仕打ちを受けたのだろう。


「私は李と申します。まずは我々を救い出していただいたことに最大限の感謝を」


 男はそう言い深々と頭を下げる。

 それにしても俺の魔法を解除レジストするとはたいした奴だ。


「そうか、しかし今は急いでるんだ。後にしてくれるか」

「お待ちいただきたい! 私も上まで連れて行って欲しいのだ!!」


「なに? どういうことだ」


「私は黒蓮教の反抗勢力リーダーだ。結末を見届けさせていただきたい」


 そう語る李の目は力強く輝いていた。


 悪くない。くすみ切ってしまった俺にはもう出来ない目だ。


「……いいだろうついて来い。お前らの因縁、終わらせてやる」

「!! ありがとうございます!!」


 俺たちは李を連れ、足早に地上に向かうのだった。

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