第9話 初陣
泣いていた。
泣いていたんだ。
あの、どんなに辛くても俺には気取られまいと気丈に振舞っていた彼女が。
泣きながら、俺に託してくれたんだ。
「応えなきゃ男じゃねえだろ……!!」
そう呟く俺の心は熱い何かで満たされていた。
これが託されるという感覚なのだろうか。初めての感覚だ、悪くない。
「君も魔法が使えたんだねー。面白い、藤、松、やってみなよ」
「ボス。アイツは殺っちまっていいんですか?」
「構わないよー。そしたらそれまでの奴だってことだからね」
「ありがとうございます。俺と松、2人がかりでやられるなんて事は無いと思いますがね」
藤と呼ばれるのはスキンヘッドの大男で、さっき岩魔法を使ってた方だ。
対する松と呼ばれる男は、藤と対象的に痩身の男だ。
ちなみにさっきは氷魔法を使っていた奴だ。
二人とも俺に奇異の視線を向けてくるが警戒している様子は無い。舐めやがって。
「高速移動!!」
先手必勝。俺は自身に加速魔法をかけ一気に距離を詰める。
使える魔法に幅が無い俺は、遠距離で取れる戦法が限られてしまう。
勝機があるとすれば近距離での短期決戦だ。
「速いな。だが、岩塊砲乱撃!!」
「加勢するぜ。氷霜剣山!!」
地面からは氷の剣。空中には無数の岩の弾丸が放たれる。
逃げ場など一見無いように見える、見事な連携だ。
「だけど俺だって……!!」
俺は飛んでくる岩と氷の剣の側面を足場にして僅かな隙間をかいくぐり、走り抜ける。
「莫迦な!?」
「なんて身軽な奴!」
出来て当然。
魔力歩行なら散々舞衣さんに扱かれた。
これくらいの悪路、目をつぶってても走れるぜ。
「魔力飛刃!!」
奴ら目がけて放ったのは三日月型で1m程の大きさの刃だ。
威力は大したことないが、出が早く俺のお気に入りだ。
「こんなもの!」
藤が強化した腕で難なく俺の刃を砕くが、想定内だ。
「よう」
「なっ……!!」
その一瞬の隙を突き、俺は松に接近していた。
まずは1人、確実に仕留める!
「筋力強化!!」
まずは強化魔法。
俺の筋肉を肥大化させる。
そしてそのまま拳を固め、腕を引く。
力を、魔力を、思いをこの一撃に込める!
「魔力正拳!」
「ぶべっ!!」
俺の右拳が松の顔面に深々と突き刺さる。
確かな手応えを拳に感じる。
「てめえ!」
背後よりもう藤が拳を振るってくる。
「だけど想定内だ!」
俺は足の裏から魔力を噴出。
高速で背後に回り込む。
「なっ……!!」
想定外の挙動に驚く藤。
この隙は見逃さない!
「うおおおぉっっ!!」
狙うは隙の出来た脇腹。
こいつの体は松よりも頑丈そうだ、もっと魔力を込める!
「全力魔力正拳ォ!!」
ベキッ!!
俺の全力の拳が奴の脇腹に炸裂するとともに骨の砕ける音が響き、俺は思わず頬が緩む。
しかし、
「岩石肉体だ。いい夢見れたか?」
砕けたのは俺の拳だった。
「ぐうぅっっ!!??!?」
痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
指はひしゃげ、骨が皮膚を突き破り露出してしまっている。
もう、この手じゃ戦えない――――
「なに呆けてんだよオラ!」
「ごふっ……!!」
今度は俺が脇腹を殴られ吹っ飛び、地に伏せる。
ここに来てようやく俺はある事に気づいた。
「俺は、弱いな……」
大見得切って、このザマか。
なんと、情けない。
「おい松、大丈夫か? 醜態晒しやがって」
「おーいちち。すまねぇ、油断したぜ」
「さて、好き勝手やってくれた雑魚に灸をすえてやるか」
「待て藤、俺がやる。顔面の借り、100倍にして返してやるよ!」
「ま、魔法障壁……!!」
俺の周りを青いバリアが包み込む。
なんとも情けない悪あがきだ。
「死にな!超弩級氷塊撃!!」
ドシャアアアアアアンッ!!!
巨大な氷塊が俺の魔法など意に介さずぶち壊す。
俺の体は再び吹き飛び、地面に体を打ち付ける。
「まだ、終われない……」
救いたい人がいる。
こんなとこでくたばれない。
「何か……この状況を打開できるものは……」
体力も魔力も限界だ。
俺に残っているものと言ったら……。
「これしかないよな……」
俺はサングラスに手をかける。
未だ何も解明してない力だが、頼れるものは他にない。
「お前もあの人を助けたいだろ!!だったら力を貸しやがれ!!」
俺は勢いよくサングラスを外し、痛みの波に飛び込んだのだった。




