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閑話2 兄妹

 魔王城上階。

 そこには魔王国の中でも選ばれた者しか入る事が出来ず、無論そこに存在する部屋は重要な役割を備えた場所になっている。


 魔王国幹部統括であるマーレの私室もここに存在する。


 その部屋には書類がたくさん入る棚と簡素な机しか存在せず、およそ生活感は感じられない。もし魔王城で働く者がこの部屋を見れば誰かが使ってるなどとは思わないだろう。

 マーレはその部屋でいつものように様々な書類をまとめ、審査し、決定を下す。

 ジークは何か問題が発生した時のみ動くため日常的な国を運営する作業は彼女が全権を握っているといってもいい。


 そんな彼女の私室にコンコン、とノックが響く。


「どうぞ」


 何者か尋ねることもなくマーレは入室を許可する。

 そもそも上階へ来られる時点で来る人物は絞られる。わざわざ確認する必要が薄いのだ。


 そもそも彼女は高精度な魔力探知能力でその人物を察知していたのだが。


「失礼する」


 ガチャリとドアを開け入って来たのは幹部の一人である虎鉄。

 その手には何やら紙の束を持っている。


「マーレ殿。陰陽京との件の報告書、及び同盟締結の内容についての資料をお持ちした」


「ありがとう虎鉄。助かるわ」


 虎鉄はマーレの机に近づき手にした資料を丁寧に並べる。

 その様子を見てマーレは感心する。


「じゃあ読ませて貰うわ」


 マーレはそう言いパラパラと資料に目を通す。

 側から見れば読み飛ばしているようにしか見えないが、彼女はそれだけで全ての内容を完璧に記憶し適切な判断を下す。

 虎鉄もそれを把握しているため黙ってその様子を見ていた、


 やがてマーレは「ふう」と一息つき書類を机に置く。


「よくまとめられていたわ。流石ね。ヴォルクやテレサにも見習って欲しいわ」


「昔から字を書くのは得意なのだ。気に入ってもらえた様で何より」


 懐から自前の筆を取り出し虎鉄は得意げに笑みを浮かべる。

 当然書類は全てその筆で書かれている。マーレは「その筆のせいで達筆過ぎて読みづらいのだけど……」と思いながらも口にはしない。

 パソコンの使えない彼にこれ以上を求めるのは酷だからだ。


「ところで、その、あの件、はどうだ」


 歯切れ悪く虎鉄が尋ねる。

 あの件、というのは虎鉄が以前よりマーレに頼んでいる妹の捜索のことだ。


「妹さんの捜索は現在も続行中です。心配しなくても大丈夫です」


「そ、そうか。感謝する」


 二人の間に気まずい空気が流れる。

 しばらく続いたその沈黙を破ったのはマーレだった。


「もし、もし妹さんと会われたらどうするつもりなのですか?」


「会ったら……か。思えば探すのに必死でそこまで考えていなかったな」


 虎鉄は少し考え込むと、やがて意を決したように口を開く。


「以前だったら……拙者は何も言えなかったかもしれぬ。妹を探していた理由も今思えば目の前の惨状から目を背けたいだけだったかもしれぬ」


「今は、違うのですか?」


「うむ。今回の一件で思い知ったのだ。どんなに孤独な世界だと思っていても人は必ず一人ではない。友であれ恋人であれ家族であれ、その全てと縁が切れることはない。必ず拙者達は誰かと繋がることで生きているのだ」


 虎鉄は一人だと思っていた。

 ゆえに唯一肉親の肉親である妹を探していた。

 例え彼女が虎鉄をよく思っていなかったとしても血の繋がりは切ることができない。虎鉄は例え心が繋がっていなくてもそのか細い繋がりを立たれたくなかったのだ。


「それを妹にも伝えてやりたい。あやつも拙者に似て熱くなると周りが見えなくなることがあるからな。きっと今も一人で頑張りすぎているのだろう。拙者にはわかる」


 虎鉄は窓から遠くを眺め、まだ見ぬ家族を想う。

 そこにはもう孤独な男はおらず、ただ家族を思いやる一人の兄がいた。


「だからあやつに会ったら言ってやるのだよ。『お主は一人ではない』とな。拙者だけじゃない、陰陽京の連中やこの国の者、幹部達にジーク殿。両の手で数え切れぬ人々がお主と繋がっているとな」


「そう、ですか。妹さんは幸せですね、そこまで想っていただけるなんて」


「いくら言葉を尽くしたところで伝わるかどうか分からぬがな、拙者は口下手だからな。しかし必ず想いは届くと信じている」


「ええ、あなたの想いはきっと届きますよ」

「!!」


 そう言いながら微笑むマーレに虎鉄は妹の顔を重ねてしまう。

 全然違う顔なのにその仕草と表情が重なってしまうのだ。


 しかし二人は別人、虎鉄は気を取り直し平静を取り戻す。


「ふふ、拙者としたことが喋りすぎたな。お主を相手にするとなぜだか気が緩んでしまう。今日はここで失礼するよ」


「はい。報告ご苦労様です」


 虎鉄は頬を少し赤く染め恥ずかしそうに部屋をあとにする。


 そして、部屋の中にはマーレただ一人だけが残った。

 虎鉄が出て行った扉を眺めながら彼女は誰に言うでもなくポツリと言葉を漏らす。



「大丈夫、ちゃんとあなたの言葉は届いてますよ……兄さん」


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