第12話 失意の裏に
「けっ! デタラメ言うなら勝手にやってろってんだ!! 僕は行ってるからな!!」
そう言って雀長は一人で大蛇に向かって行ってしまう。
「おおい一人じゃ危ねえぞ!! ちっ!! ごめん俺も先行ってるわ!!」
「あ、あたしも行くわ!」
それを追い興亀と虎虎も走り出し、この場には虎鉄と龍々家の二人だけになる。
「……話を続けようか。雀長は見ての通りとても素直ではない。それゆえお主には伝わっておらぬとは思うがあやつはお主をりすぺくとしておったのだよ」
「リスペクト……?」
虎鉄は驚き首をかしげる。
今の今まで雀長から怒りの言葉を受けたことはあっても褒められたことなど一回もなかったので全くピンと来ていなかった。
「奴も小さい頃こそ誰にでも突っかかりよくトラブルに巻き込まれておったが流石に成人し家督を継いでからはそれも無くなった。しかしお主にだけは懲りずに何回も突っかかった……そうだな?」
「ああ……」
思えば雀長と虎鉄の関係は幼少の頃より全く変わっていなかった。
だいたい何かにつけて雀長が勝負を挑み、虎鉄がそれを打ち負かして雀長が泣いて帰る。いったい何度繰り返したかわからない光景だ。
「ここまで言えばわかるだろう。あやつは誰よりもお主を認めていたがゆえにお主に構い続けたのだ。事実朱凰院家の者はお主に接触しないよう注意していたと聞く。それでも奴はお主に突っかかりお主の強さを周りに示し続けたのだ」
「……!!」
虎鉄をまるで雷が落ちたかのような衝撃が襲う。
嫌われ蔑まれることに慣れていたせいでそんな風に思われていたなどとは考えたことも無かったのだ。
「無論そんな回りくどいやり方をしていた奴も悪い。しかし考えてやってくれないか。やつもまた己の好敵手が迫害され不当な評価を受けているのが歯がゆかったのだ」
「……そうか」
虎鉄はそれ以上何も言わなかった。
頭にめぐるは古き記憶。
虎鉄はこの世に生れ落ちたその瞬間から望まれない子供だった。
より強き血を作るため礼堂院家は白王院家の血筋を持つものを妻にめとった。そうすればより強い血が出来ると信じて。
期待通り生まれた子は五行の血を持って生まれた。
しかし運悪く白王院家の血が悪く作用してしまったのだ。
虎鉄の生まれ持った贈呈物は『五行相剣』。
五行の力を剣にのみ発動させることのできる力だ。
その威力は絶大で虎鉄は幼少のころから大人の陰陽師と渡り合える力を持っていた。
しかし陰陽師の家元に求められるのは戦闘力ではない。真に求められるのは陰陽道の深みに辿り着くための術式の練度。普通の魔法すら使えない虎鉄ははっきり言って落ちこぼれだったのだ。
その事に気づいた礼堂院家は虎鉄の母親を追放。新たに分家より妻を見繕い子を為し虎鉄の妹が生まれた。
一時期は家名のため処分すら検討された虎鉄だったが無事礼堂院家を継ぐ人物が生まれたことによりその危機は脱した。しかし一度ついた出来損ないのレッテルは剥がれることは無く今に至るまでずっと虎鉄の事を縛る呪いになっていた。
「無論雀長だけでない。興亀はお主が何とか玄流院家に入ってこれないか奔走していたようだ。お主が帰れる場所を作るために。まああのじゃじゃ馬も同じことをしていたようだがな」
虎鉄は自分自身の心を縛り付けていた鎖がだんだん緩んでいくのを感じる。
なんと自分は愚かだったのだろうか。まるで悲劇のヒロインにでもなったつもりで他者を遠ざけ身近な者の好意に気づくことが出来なかった。
気づかぬうちに苦しみから逃れるため目を逸らし続けてきた。もし立ち向かっていれば妹とも良い関係を築けていたかもしれない。
そうすればあの事件の日共にいることも出来たかもしれない。
しかしもう遅い。
時計の針は戻らない。
だったら……
「感謝する龍々家。霧が晴れた」
虎鉄は正面を見据え、迷いなき表情で死地に赴く友たちを見やる。
「悔やんでも失ったものは戻らぬ。しかしまだ失ってはないものなら守れる」
虎鉄は静かに腰から刀を抜き放つ。
今や母親の唯一の忘れ形見となった名刀『虎王』。
それは嫁入り道具として白王院家より礼堂院家に贈られたものだ。
「ふふ、付き物は落ちたようだな。拙者も共に戦おうぞ」
虎鉄の隣に龍々家も並び立つ。
その顔はいつもの仏頂面からは想像がつかないほど穏やかだった。
「くく、お主そんな顔が出来たのだな」
「お主こそすっきりして皺が減ったんじゃないか?」
そう言って笑いあう両者。
今だけは家の問題など関係ない。
かつて子供だった頃。二人にもそうやってふざけ合った時期があった。
今だけは、童心に帰っても罪にはならないだろう。
二人はそう思った。
◇
陰陽京から少し離れているところにある切り立った崖。
そこは陰陽京全体を見渡すことが出来る絶好のスポットだ。
俺たちが最初に陰陽京を目にしたのもここ。偵察するにはピッタリだからな。
虎鉄は幼少期ちょくちょくここに遊びに来たりしていたらしく、そのおかげで俺はここを知ることが出来た。
なるほど風も気持ちよくピクニックするには最適だ。
俺が今更ここに来たのはもちろんあの化け物から逃げるためではない。
むしろ逆。
俺はこれからもっとヤバい奴を相手にしようとしているのだ。
「……やっぱりいたか」
崖についた俺は早速お目当ての人物を発見してしまう。
もちろん会う気満々で来てはいるのだがいざ会うと少し尻込みしてしまう。
「……おや、奇遇ですね」
どうやら相手さんもこちらに気づいたようでにこやかな笑顔で振り返る。
「……会いたくなかったぜ、芭蘭」
「つれねいですねえ。私は合いたかったですよジークさん」
笑顔を切らさず芭蘭は気持ち悪いセリフを吐く。
油断してはいけない。表情こそ穏やかだが気持ち悪い力をビンビンに感じる。
奴も既に臨戦態勢ってわけだ。
「さて、あなたとの衝突は避けられないとして、私がここにいるとわかった理由を教えていただいてもいいですか?」
芭蘭は本当に不思議そうに尋ねてきやがる。
「昔から言うんだよ。犯罪者は現場に現れるってな。てめえの事だから安全な場所で観戦してると思ったぜ」
「……なるほど。あなたは聡明ですね。そして同時に愚かだ」
ゴウ! とどす黒いオーラが芭蘭より漏れ出る。
前会った時とはけた違いの力。どうやら本体みたいだな。
「私の場所がわかったなのなら近づかなければいいものを。自ら捕まりに来るとは!!」
「違うな。俺は捕まりに来たんじゃない」
俺はポケットより手の平ほどの大きさの銀色の半球を二つ取り出し、それを片手ずつに持ち目の前にかざす。
「お前を、ぶっ飛ばしに来たんだよ!!」
その半球同士を合体させ一つの球体にすると辺りに青色の閃光が迸る!!
瞬間俺の体に迸る膨大なエネルギー。体の表面にあふれ出たエネルギーが漏れ出し青色の火花を散らす。
「ふふふ!! 興味深い!!」
笑う芭蘭をよそに俺は迸るエネルギーを「むん!」と気合をいれ掌握する。
よかった。ぶっつけ本番だけど成功した。
「さて、あんまりこの状態でいるのも疲れるからな。とっとと片をつけてやるよ!」
「それは悲しいなあ、もっと見せてくれよ!!」
もう一つの戦いが、始まる。




