第10話 蛇
「ん? あそこにいるのは虎鉄じゃないか?」
「ほんまやなぁ。なにしとんやろ?」
虎鉄と別れしばらくハコと二人で調査を続けた俺たちだったが、残念ながら芭蘭につながる情報は得られなかった。
そろそろ一旦切り上げ虎鉄と合流しようとしていたところ、偶然にも何も無い更地に立ちすくむ虎鉄を見つけたのだった。
いったいこんな何もないところで何をやっていたのだろうか。
「こんなとこにいたのか虎鉄」
声をかけると虎鉄は一瞬ビクッと震えたあと、ゆっくりと振り返り平静を装う。
「……ム、これは気づかず申し訳ありませぬ。少し考え事をしておりました」
「お前が上の空とは珍しい。何かあったのか?」
「いえ、特になにもな……」
虎鉄が言葉を続けようとした瞬間、突然辺りに爆音が鳴り響く。
それと同時に今まで感じたことのない異様な魔力が空気に満ちていく。
「ひぃ!? いったい何が起きとるん!?」
「何か出てきたぞ!」
虎鉄が反応した方を見てみると陰陽京の中でも一際大きな建物の天井が吹き飛び、そこに空いた穴から巨大な白い蛇のような生物が顔を出していた。
人を簡単に丸呑みできるほどの大きな口と20mはある巨大な体を持つその蛇は、怒り狂っているように暴れまわり京を破壊していく。
そんな化け物が計8匹。これでは京が崩壊するのも時間の問題だ。
「殿。勝手ではありますがあの化け物の相手をさせていただけませんか」
真剣な眼差しで虎鉄が俺に戦闘の許可を求める。
本来であればこのような異常事態に頭を突っ込むべきではない。それは虎鉄も重々わかっているだろう。
しかしここは虎鉄の故郷。
頭でわかっていても割り切れるものではないだろう。
「……わかった。ただし危なくなったら逃げるんだぞ?」
「はっ!!」
虎鉄は深く頭を下げると足早に現場へ走り去っていく。
よほど心配なのだろうな。
「で? ウチらはどうすんや? ほとぼりが冷めるまで逃げるわけじゃないやろ?」
「当たり前だ。ハコにはあることをお願いしたい」
「ウチだけで? あんさんはどうすんや?」
「俺は……ある奴に会ってくる」
◇
遡ること数分。
「ああ、感じる!! 素晴らしい力だ!!」
芭蘭が渡した『をち水』という怪しい水を飲んだ元老院の面々は、それぞれが異形の姿に変わっていっていた。
ある者は角が生え肌が赤くなりまるで鬼のように、またある者は鋭い牙と爪が生え獣ような姿に変わっていた。
その中でも一際異質だったのは元老院の中でもリーダー的存在である蛇生院八。
体中から白い鱗が生え、スラリとした尻尾とおぞましいほど鋭い牙を生やした彼ははまるで蛇と人間のハーフのような見た目になっていた。
「おお! 蛇生院どのも素晴らしい姿になられましたな!」
鬼の姿になった元老院が蛇生院に近づき話しかける。
しかし満足げな他の面々と違い、蛇生院は自分の変化した肉体を冷静に観察していた。
「これで我々の願いも達成されるというもの。もっと喜ばれたらどうです?」
「……足りぬ」
ぼそりとそう呟いた蛇生院はぎょろりと赤く光る目を話しかけた元老院に向ける。
「こんなものでは……足りぬ!」
蛇生院は大きくなった口をバクリと開けると、なんとそのまま元老院の一人に喰らいついてしまった。
「ーーーーっ!!?!??!?」
当然食いつかれた方も抵抗し鬼のごとく太くなった腕を振り回し抵抗するが、蛇生院が鋭い爪で押さえつけているため振りほどくことができない。
「あ、あいつなにやってやがんだ……」
そんな様子を興亀たちは呆然と見ていた。
一刻も早く戦うべきだと理解はしていても、目の前の異様な光景が足を鈍らせる。
蛇生院はそのまま噛まずにずるずると元仲間をすすると、ものの数十秒で丸呑みにしてしまう。体が大人一人分膨らんでいるのが生々しい。
「だ、蛇生院殿何をしているのですか!」
仲間が食われ他の元老院も警戒する。
まさか永遠の命を得た瞬間殺されることになるとは思わなかっただろう。
「足りない……足りないのだよこの程度では!! 私の理想とする永遠はこの程度ではない!!」
そう叫びながら蛇生院は他の仲間たちにもその牙を向ける。
すでにその目から正気は失われており、本能のまま力を求める獣になってしまった。
「ふふ、これは僥倖。これだから人間は面白い」
芭蘭その様子を楽しそうに観察する。
彼にとって元老院などただの実験材料にすぎない。
正直たいした成果は得られないと思っていたのでこの流れは芭蘭にとって嬉しい誤算だ。
「なにあれ……どんどん姿が変わってってる……!」
一人、また一人と仲間を食うたび蛇生院の体に変化が起きていた。
なんと一人食うたび蛇生院の体から蛇の頭が生えてきているのだ。そして食った分だけ体の体積も増え巨大化していく。
「安心したまえ。お前たちは私の糧となり永遠に生き続けるのだ!!」
「ひぃっ!!」
蛇生院が最後の一人を丸呑みにし、元老院は彼ただ一人になる。
すでに体の大きさは5mを超え、パンパンに膨らんだ腹と体のいたるところから歪に生えた7つの頭部も相まって完全に見た目は化け物だ。
「まさか8人分の『をち水』を摂取するとはね。ご褒美をあげよう」
芭蘭は魔力とは違う不思議なエネルギーを手に集めると、ずむり、と蛇生院の体内に手を差し込み注入する。
「があっ! があああぁぁあっっっ!!!」
あまりの激痛に叫び暴れまわる蛇生院。
その間も体は巨大化を続け、あたりをめちゃくちゃに壊し出す。
「お、おい崩れるぞ!!」
「いったん引きましょ!!」
興亀たちは後ろ髪を引かれながらも一旦その場より逃げ出す。
そして建物に収まりきらないほどの大きさまで成長をとげた蛇生院は8つの頭を持つ蛇の化け物へとなった。
『フハハハハハ! ヒレ伏すがイイ!! 私ガ、私たチこそが神ダ!!』
こうして、陰陽京に最悪の化け物が生まれ落ちた。




