第8話 元老院
「まったく、人使いが荒いったらないぜ」
虎鉄の友人にして陰陽師の一人、玄流院興亀はそうぼやきながら陰陽京の本部とも言える場所、陰陽堂に向かっていた。
陰陽京の守備を司る4つの一族の一員である興亀は事あるごとに陰陽師の最高権力者の集まりである『元老院』に呼び出されるのだ。
その内容は主に京の防衛設備の修理や、魔獣の撃退などだ。
それ自体は大事な仕事なので興亀も文句はない。しかし偉そうに命令するだけで自らは動かない元老院の事を、興亀はあまりこころよく思っていなかった。
「ん? なんだお前も呼ばれていたのか虎子」
陰陽堂に足を入れた興亀は見知った顔を見つけ声をかける。
「虎子ゆーなって言ってんだろ、興亀」
虎虎はうんざりといった感じで面倒臭そうに答える。
虎子というのは虎虎が小さかった頃のあだ名だ。興亀と虎鉄より年下の彼女は大きくなった今でもそのあだ名で呼ばれているのだ。
「まあまあそう怒るなって。それにしても四象家が二人も呼び出されるなんてよほど大事なのか。面倒くせえな」
「全くね、あの老害どもとっととくたばんないかしら」
彼らの親世代では元老院は絶対の存在であり崇拝すらされているが、若い世代からの支持は少ない。
元から尊大な態度の元老院は若者に人気がなかったが、魔法大規模感染時の元老院の行動で更に彼らの人気は落ちた。
大量の魔獣が京を襲い陰陽師総出で防衛していた最中、なんと元老院は自分たちのみで強力な結界に隠れ込み引きこもってしまったのだ。
当然陰陽師たちは怒り狂い元老院たちを引きずりだそうとしたが、結界は強固でありそれを破るには無駄にたくさんの魔力を消費してしまうため断念し元老院抜きで魔獣と戦う事に専念した。
結果は辛勝。
実に総数の6割もの陰陽師を失うという代償を払ったもののなんとか魔獣を追い返す事に成功したのだった。
しかし彼らの愚行はそれだけに止まらなかった。
魔獣が去り京が平和になるや否や彼らは結界を解き、傷つき疲弊した陰陽師と市民の前へ現れ彼らの傷を癒し始めたのだ。
当然若者たちは激怒した。都合のいい時に現れ偽善者ぶる彼らを許せないのは当然だ。
しかし上の世代は違った。
元老院を盲目的に慕う彼らは逃げ隠れた事実など忘れ、前よりも強く元老院を崇拝し始めたのだ。
細かい事情を知らない市民も元老院を支持し始めてしまい、再び元老院は京の実験を握る事に成功したのだった。
「だいたい年寄りが指揮をとる事自体間違ってるのよ、こんな制度廃止するべきだわ」
「そうだな、今回の一件で頼りになる奴とならない奴がはっきりした。どっかで組織を編成しなおさなきゃな」
若い彼らだが、四象家の家元であるためその地位は元老院の次に高い。
元老院にとっても目障りな存在である彼らだが、京の防衛のために彼らの力は絶対不可欠。ゆえに手出しをできないでいるのだ。
「それよりお前虎鉄に会ったか? お前ったらあいつがいなくなった時すげえ落ち込んで目え腫らしてたもんな」
「ばっ……! 私は泣いてなんかないわ! あんな奴どうでもいいんだから!」
「へいへい分かったから叩くなって! お前の力は強いんだよ!」
バシバシ殴る虎虎から離れる興亀。
彼からしても虎虎は妹のような存在であり昔からよく一緒に遊んだ仲だ。
それゆえ彼女がすくなからず虎鉄を想っている事は知っている。
しかし虎鉄は失踪した妹の事で頭がいっぱいだし、虎虎もそんな虎鉄にイライラして素直になれない。
とっととくっついて欲しいと思う興亀だが中々思うようにいかないのだ。
そんな風に歩きながら話す二人の前に、再び見知った顔が現れる。
「まさかお前までいるとはな、龍々家」
「……南無」
二人と同じ四象家が一つ、青松院家の家元、青松院龍々家。
2mもある背丈に頑強な肉体を持ち、坊主の着る袈裟に身をまとった彼は坊主でこそないが僧侶のような見た目だ。
右手にはその背丈に匹敵する大きさの錫杖を握っており、度々シャラシャラと鳴っている。
彼も虎鉄と興亀、そして朱凰院とは同年代であり小さい頃はよく遊んだが、青松院は厳格な家のため次第に会う回数は減っていった。
大人しい彼は元老院の命令にも従順なため、最近はますます興亀と虎虎も距離を置くようになってしまった。
「まさかお前までいるとはな。ということは……」
嫌な予感を感じる興亀。
その予感は集合場所の広間にいたある人物を見つけた事で核心に変わった。
「げえ! なんだお前ら揃いも揃って!!」
「やっぱりな……」
広間にいたのは残る一つの四象家の家元である朱凰院雀長だった。
彼も興亀や虎鉄と同年代だったが、その天邪鬼で負けず嫌いな性格が災いして一緒にいることは少なかった。
しかし友人や親しい人がほぼいないにも関わらず家元の座を勝ち取ったのはその才能と努力が抜きん出ていたからだろう。
「まさか四人全員集合とはな、いつ以来だ?」
「今日は厄日ね、間違いないわ」
「諸行無常、成るように成る」
「お、おい! いったい何が始まんだ!?」
四者四様。
この招集がただ事ではないことを理解する。
「全員集まったか」
広間の上部より声が響く。
四人を見下ろし、話しかけてきたのは和装に身を包んだ八人の男性だった。
彼らこそ陰陽師の最高権力者『元老院』だ。
そもそも元老院とは陰陽師の世界で大きな功績を残したもののみが就く事の出来る『役職』のようなものであり、彼らに血縁関係のようなものはない。
優秀な陰陽師の結束を高めるためにと古来より続く慣習だが、最近は元老院の持つ権力を求めて不正にその座を得る者も見られ問題視されている。
「不敬だぞ、膝をつき給え」
「ちいっ!」
元老院の一人の言葉に興亀は舌打ちをしながら応じる。
ここで歯向かっては家に迷惑がかかってしまう。そのために表立って反抗する事はできないのだ。
「さて、今日忙しい君たちに集まってもらったのは他でもない」
てめえらがこき使うからだろ……
という言葉を押し殺して興亀は話を聞く。
「君たちには京の平和を保っていただき感謝している。そこで今日は君たちの助けにもなる素晴らしいお方を紹介しようと思う」
味方? 誰の事だ?
不思議に思い残りの三人を見る興亀だが他の面子も心当たりがないようだ。
「さあ先生、入って来て下され」
コツリ、と音を立てて元老院の背後より一人の人物が顔を見せる。
家元たちはその人物に見覚えがなく、キョトンとしていたがただ一人興亀だけは違った。
「な、なんでてめえがここに……!」
忘れるはずもない。
それは興亀が血眼になって探していた人物だからだ。
「紹介しよう、我らの新しい仲間にして導き手。芭蘭先生だ」
「ふふ、よろしく」




