第6話 名家
小屋に乗り込んできた陰陽師の男「玄流院興亀」。
スキンヘッドに浅黒い肌。細身ながらも引き締まった体のその男は見た目でいえばサーファーのようだが、玉の一つ一つが握りこぶしほどの大きさもある数珠を首から下げているため坊主なのかもしれない。
「いやぁー! まさかあんなとこでおまえに会えるとはな! ほら遠慮せず食え食え」
「う、うむ」
現在俺たちはこの男の所有する屋敷に来ている。
最初は芭蘭との関係を疑われると思い逃げることも考えたが、どうやらこの男は虎徹のことを信頼しているらしく疑われるどころかこうして家に招いて飯をごちそうになっている。
「ところで、もぐ、お主らは、もぐ、どういう関係なんや?」
遠慮なく料理を頬張りながらハコが聞く。
口いっぱいに食べてる様子はハムスターみたいで可愛いが恥ずかしいのでやめてほしい。
「俺とこいつは昔からの友人、幼馴染みたいなもんだにしてもあの事件からしばらくして急に書き置きを残していなくなっちまうもんだからよ。皆心配したんだぜ?」
「ふ、確かにお主はそうかもしれぬが他のものは拙者がいなくなってせいせいしただろうよ」
「相変わらずネガティブな奴だなお前は。確かに『元老院』どもはいけすかねえけど他の奴らは意外といいやつだぜ?」
どうやら虎鉄と陰陽師の連中の確執は根深いみたいだな。
見つかったのがこの男だったのは幸運だったみたいだ。
「で? なんで今になって戻ってきたんだ? 妹は見つかったのか?」
チラリ、と虎鉄が俺に目配せをしてくる。
まあこいつなら何か情報を知ってるかもしれない。俺は虎鉄に頷き、話すことを許可した。
「拙者たちは今あの小屋にいた芭蘭という男を追っている。興亀は何か知っておらぬか?」
「なんだ、虎鉄もあいつを追っていたのか。教えてやりたいところなんだが俺も詳しくは知らねえんだわ。わかってることと言えば2週間前からここらへんで活動してることと、明らかに普通の魔法とは違う異質な技を使うくらいなもんだ。おかげでいつも逃げられちまう」
どうやら彼らもあいつには手を焼いてるみたいだな。
彼には悪いが奴を殺させるわけにはいかない。たっぷり情報を吐かせないといけないからな。
「そうか、ならばまだ奴はこの近くにいる可能性が高いというわけか」
「そういうことになるな。こっちとしてはどっか行ってしまって欲しいけどな。ほら魔王国とかさ」
ぴしり。
空気が凍る。
なぜか怯えた目で虎鉄とハコが俺の方を伺ってくる。
「どうした? 手が止まってるぞ」
「そ、そうやな! あーうまいなぁ!」
「と、との? 大丈夫ですか?」
「なんの話だ?」
さっきの一言が俺の逆鱗に触れたと思っているのか?
まあ確かにムッとはしたが事情を知らん奴に怒っても仕方ない。
少し前までは確かに些細なことで記憶が飛ぶほどブチ切れることも何度かあったがなぜか最近はとんと無くなった。
俺も大人になったということだろうか。
「ん? もう腹一杯になったのか? じゃあ風呂に入ってくれよ、うちの風呂は大きいから二人でも広々入れるぞ!」
「なんとそれはええの! ほれほれせっかくやし一緒に行こうや!」
ハコが俺の腕をつかみ強引に風呂へ引きずっていく。
「お、おい! 自分で歩けるって!」
「ほな虎鉄はん先入っとるでー」
「う、うむ」
こうして部屋に虎鉄と玄流院を残して俺たちは風呂に向かうのだった。
◇
「で? 実際のとこどうなんだ虎鉄」
「どう、とはどういう意味だ」
ジークとハコが部屋を去ったのを確認した玄流院は先ほどと打って変わって真面目な表情になり、虎鉄に詰め寄る。
「しらばっくれんじゃねえよ。あの二人、普通じゃねえだろ。一人は獣憑き、もう一人にいたっては俺でも何者かわかんねえ。なんであんなのと一緒にいんだ」
あんなのとなんだ。
その言葉を虎鉄はかろうじて飲み込む。
玄流院興亀という男は心配性な男だ。今の言葉にも悪意はないだろう。
一人の友として自分を心配してくれる貴重な友人だ。
「……あの二人が何者か、それは明かせぬ。しかしお主が心配するようなことはなにもない。安心してくれ」
「……まあお前がそういうならいいんだけどよ」
そういって興亀は不安を飲み込むかのように酒を飲み干す。
相変わらずいい飲みっぷりだ。と虎鉄は感心する。
「ところで妹の件はどうなったんだ? 進展あったのか?」
「今のところはなにも。ただ信用できる者に捜索を頼んでいる」
「へえ。疑い深いお前にも信頼できる人が何人も出来たんだな。嫉妬しちまうぜ」
昔の虎鉄が心を許していたのは興亀と妹くらいのものだった。
だから興亀からしたら虎鉄に新しい仲間ができたのは嬉しくもあり、ちょっと悔しいことでもあった。
「あ、そういや虎子には会ったのか? あいつお前がいなくなって一番悲しんでたぞ」
「う、あやつは苦手だ。出来れば会わずに済ましたい」
「そう言うなって。あいつも妹みたいなものじゃないか」
「しかし拙者は『四象家』のものと折り合いが悪い。できればお主以外の『四象家』とは会いたくない」
「そうはいってもこの町も広くはない。いつかは会うことになると思うぜ?」
「そしたらその時考える。拙者は一度故郷を捨てた身。今更関係をどうしようとは思わぬ」
その言葉に「そうか」と呟く興亀はすこし悲しそうな顔をしていたが虎鉄は気づかなかった。
◇
翌日。
俺たちは朝早く玄流院家を出ていた。
ちなみに昨日の風呂はハコを縛り上げてから一人でゆっくり入った。
俺の貞操は守られたがハコが変な性癖に目覚めかけてしまったのは盲点だった。次は違う対処をせねば。
「ところでよかったのか? 久々の再会だったのにもう別れて」
「大丈夫です。元々拙者は招かれざる客、長居しては奴に迷惑がかかってしまいます」
「その通り、貴様の居場所などここにはない」
俺たちの会話に後ろから突然誰かが割り込んでくる。
振り向いて声の主を確認すると、そこには燃えるような赤い髪の男が立っていた。
「誰かと思えば……お主だったか、朱凰院」
「ああ、久しいな『出来損ない』。ようやく出て行ったのにもう戻ってきたのか」
「あん?」
あまりの物言いにさすがの俺もカチンと来て朱凰院とやらを睨みつける。
「ひ、ひぃ! なんだそいつは無礼だぞ! 俺は誉れ高き『四象家』が一つ、朱凰院家の家元『朱凰院雀長』だぞ!」
そんなもん知るか。
うちの大切な部下を出来損ない呼ばわりされて黙ってられるかってんだ。
俺は一発ぶん殴ってやろうとするが、虎鉄がそれを制す。
「拙者のために怒っていただきありがとうございます殿。それだけで拙者は大丈夫です」
「虎鉄……」
虎鉄が京に来たがらなかったのはこれが原因の一つだろう。
それにしてもいったいなぜこんなに強い虎鉄が馬鹿にされてるんだ?
「おいテメエ! 次また虎鉄を馬鹿にしやがったらそのいけすかねえツラをボコボコにしてやるからな!」
「ひぃっ! だってしょうがないだろ! そいつは由緒正しい名家に生まれながらも術式一つ使えない出来損ないなんだ! いくら強くたって術式が使えなきゃ陰陽師じゃない!」
「……」
朱凰院の言葉を歯を噛み締め聞き耐える虎鉄。
俺は奴の言葉でおおまかな事情は察しがついた。
多分陰陽師での地位というのは強さではなくその『術式』とやらが重要なんだろう。
だから強さはあってもそれを使うことが出来ない虎鉄は迫害されていた。
なんて下らない。
そんな理由でこんないい奴が迫害されなきゃいけないのか。
「殿。あなたの考えてることはわかります。ですがいいのです、私はあなたとそして多くの仲間たちに出会い救われた。それだけで過去を乗り越えそしてこの先も戦える」
その言葉通り虎鉄は俯いていた顔をあげ朱凰院を見返す。
もうその瞳に悲しみの色は、ない。
「な、なんだよ……」
「生憎だがお主に構ってる暇はない。こんなところで拙者の相手をするぐらいだったら鍛錬に励むのだな。お主には、守るべき家があるのだから」
「ぐっ……!」
その言葉に朱凰院はたじろぐ。
恐らく今まで言い返されたことがなかったのだろう。いい気味だぜ。
「お、お前こそまだ妹は見つけられないのかよ! あいつがいればこの京は盤石になるのに!」
こいつがそこまで言うとは、その妹さんはよほど優秀なんだろう。
そういや年はいくつくらいなのだろうか?
勝手に子供のイメージだったが成人の可能性もあるな。
「お前の妹ってそんなすごいのか?」
「はい、彼女は私と違い五行すべての術式を操る本物の天才でした。おまけに誰にも優しく、そして強かった」
「そう、あいつが生きてさえいればお前の家も復活するというのに! 『四象家』に並ぶ名家、『礼堂院家』が!!」




