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第4話 聞き込み

 その後の道中はいたって平和な物だった。


 本来であれば魔獣の妨害に会うものだが、五感が発達したハコがいるおかげで安全なルートを選択することができたのだ。

 その甲斐あって二日目の昼頃には陰陽京のそば、結界が張られている場所へ到達することが出来た。


「……じゃあ、入るか」


「御意」

「そんなに緊張せんでも平気やと思うけどなあ」


 本当にバレずに侵入できるか心配する俺だったがハコはいつも通り能天気だ。

 多少イラつきもするが、この前向きさには救われることも多い。


 意味がないのは分かっているがそろりそろりと慎重に足先を結界に近づける。もし異常を感知されればすぐさま陰陽師たちが集結するだろう。

 もし戦闘になったとしても俺たちなら負けはしないだろう。


 しかしそうなれば絶対に騒ぎになる。

 そうなってしまったらとてもじゃないが調査どころじゃなくなるだろう。


「えーい! 男ならドカンといきぃや!」

「おわ!」


 しびれを切らしたハコが俺の背中を強く押す。

 シャレにならない強さで押された俺はそれに抵抗できず結界の中へ入りこんでしまう。


「おい、お前……!」


 ふざけんなよ。と言いかけたが俺は結界が作動していない事に気づく。

 どうやら無事すり抜けられたようだ。


「ふむ、拙者も問題ないようだな」

「ほれ見てみい、問題ないやろ?」


 振り向けば残りの二人も結界内に入っている。

 そして結界も作動している感じはない。

 どうやらうまくいったみたいだな。


「……まあ何もなかったからいい。だけどもう軽率な事するんじゃねえ!」


「わーったって。それよりはよう行こうや。なんかおもろい事起きんかなあ」


 ハコは全く悪びれず、軽やかな足取りで先を急ぐ。

 自由な奴だ。


「まあまあ良いではないですか。きっとあやつも場を和ませようとしているのでしょう」

「まあそうかもしれんが……」


 あいつは勘が鋭く、いつも場が微妙な空気になると率先してふざけて場を和ませてくれる。

 きっと今も緊張感の漂う俺たち……いや、虎鉄を思っての行動だろう。


 陰陽京が近づくにつれて虎鉄は目に見えてやつれてきている。

 足取りは重くなり、顔のしわは谷のように深くなっている。こいつは本当に20代なのかと疑うほどだ。


 自らの古巣だというのに。いったい何があったのだろうか。


「行きましょう殿。置いてかれてしまますよ」


「……ああ。今行くよ」


 だが今はそれを聞く場面ではないだろう。

 俺は気になる気持ちを押し込め、一人先へ進むハコを追うのだった。







 ◇





「はあーっ。立派なもんやなぁ」


 結界を抜けて数十分。

 俺たちは陰陽京へとたどり着いていた。


 そこには昔ながらの平屋が規則正しく建っており、まるで昔にタイムスリップしたかのような錯覚に陥る。

 そこで暮らす町の人たちはみな着物に身を包みいたって平和そうに暮らしている。洋服を着ているものは見当たらず、逆に普通の格好の俺が浮いてしまう。


「おいおいここは本当に現代か?」


「拙者がいたころもここまでではござらんかった。あの事件以降外界との接触を断ったせいでしょうな。昔ながらの店のみが残った結果、町が昔の姿へ戻ったのでしょう」


「なるほどねえ……」


 外界との流通が途絶えてしまえば着る物や食べる物を自分たちで賄わなくてはならない。

 恐らくこの町に昔からあった呉服屋が頑張ったんだろう。


「とりあえず聞き込みかねえ。しかし下手に動くと陰陽師が飛んできそうだな」


 この町は外界と断絶しているからよそ者は目立つだろう。

 噂ってものは恐ろしい速さで広がるものだ。あんまり長居は出来ないだろうな。


「なあなあそこの兄さん。ちょっと時間ええか?」

「え? 俺かい?」


 用心せねば。と意気込む俺を華麗にスルーしハコが町民に話しかける。

 変装魔法で耳と尻尾を隠し、服装も町民によせているため目立っては無いがあまりにも軽率だ。


「お前いい加減に……」

「少し待って下され」


 ハコを怒鳴りつけようとした俺を虎鉄が引き留める。


「どうやら考えがある様子。少し任せてみてもよろしいのでは?」


 そういや何か相手の様子が変だ。

 やけにデレデレしてるというか……


 確かにハコの見た目は可愛いし人懐っこく明るい性格で、おまけに胸も意外とあって魅力的なのは分かるが、それを差し引いても男の様子は異常だ。


「人を魔人に変える人がおるって噂を聞いたんやけどぉ……あんさん何か知っとらんか?」


「うーん……教えてあげたいのは山々なんだけど、見たところ嬢ちゃんは余所者よそもんだろ? すまねえが他を当たって……」


「ねぇ、お願い♡」


 ハコの必殺上目遣いおねだりだ。

 男は死ぬ。


 と、おふざけは終わりにして観察するとどうやらハコの得意魔法をかけたようだ。

魅了チャーム』。魔法抵抗力の低い者を支配下に置くことのできる恐ろしい魔法だ。


 俺も一応使えるが、同性にはほぼ効かないうえに顔面偏差値によってその強さは左右される。

 なので俺が使ってもそれほど強くない。

 まだ殺してから死体を操った方が楽ってもんだ。


「聞き出せたでー」


 呆けている男を捨て置きハコがパタパタ走ってくる。

 恐ろしい奴だ。


「あの男の話やとこの京から少し離れたところにある家におるって噂があるみたいやで」


「そうか……ご苦労だったな。ありがとう」


「あれ? 怒らんの?」


「もう慣れたさ。もし怒るとするならお前が気を使いすぎなところだ。俺も虎鉄も大丈夫だ」


 こいつはきっと憂鬱な虎鉄をカバーするために頑張っていたのだろう。

 だけど大丈夫。虎鉄は簡単にへこたれる様な人間ではないし、なにより。


「もっと俺を頼れ。俺はお前が思ってるよりも頼りになるぞ?」


 ハコの大きい目が更に見開かれる。

 そしてうつむいたと思った瞬間俺の背後に一瞬で回り込み背中に飛び乗ってくる。


「おわっ! なにしてんだ!」


「へへ♪頼ってええんやろ? 目的地まで乗っけてってえな♪」


「お前! 優しくすれば付け上がりやがって! ……はあ、しょうがない奴だよホントに」


 活躍に免じてこれくらいはゆるしてやろう。

 けして背中に当たる胸を堪能したいからではない。


「ふふ、全く。悩んでる拙者が馬鹿らしくなってくるな」


「何か言ったか?」


「いえ何も。それより早くせぬと置いていきますぞ」


「おい!こっちはおんぶしてんだぞ!」


 こうして俺たちは目立たない程度に騒ぎながら目的地を目指したのだった。


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