第3話 妹
陰陽京。
そこは陰陽師たち最後の砦だ。
かつては裏より現代社会を支えていた彼らだったが魔力大規模感染のせいでその多くが命を落とした。
かろうじて生き残った陰陽師たちは自分たちの拠点である京都に集結し魔獣をよせつけない巨大な結界を構築した。そこは魔力を持たない人間にとっても最後の楽園。
今も多くの人間が保護を求め京を訪れるらしい。
実は魔王国の建国当初は何回かちょっかいをかけられたりもした。
まあ同じ島に俺たちみたいのがいたら気にもなるってものだ、仕方ない。
本来であれば敵対行動をとった時点で容赦なく潰すのだが、彼らはかつてのマーレの仲間だ。
どうしてもそのせいで彼らと戦う気になれないのだ。
陰陽師のちょっかいもしばらくしたら止み、今に至るまでお互い不干渉を続けている。
そのせいでこんなに近いというのに俺は陰陽京のことをそこまで知らない。
もっと調査してもいいのだが、彼らの京は魔獣の侵入を防ぐ物理的な結界ともう一つ、魔人の侵入を探知する結界が張ってある。これでは調査もままならない。
なので今回も少数精鋭の三人で挑む。
こんな事もあろうかと結界用の妨害装置を作っていたのだ。まだ2つしか作れてないが機械の体である俺には探知の結界は作用しない、今なら侵入するのも容易なはずだ。
とはいえ魔道具や魔法で侵入すれば流石にバレてしまうだろう、ちょっと面倒くさいが移動は徒歩になる。
とはいえ俺たちに足を引っ張るような者はいない。何事も無ければ一日で着いてしまうだろう。
とはいえ何が起こるか分からない旅だ。念には念を入れて途中で一回野宿をはさみ、次の日から本格的に捜査を開始することにした。
「土行・土矢倉!」
俺が魔法を発動すると地面が隆起し、家の形へと変貌していく。
間取りは3LDK。一人一部屋使える贅沢仕様だ。
「ありがとうございます、殿。我らの為にこのような立派な家を」
「気にするな、それより早く飯にしよう。明日から忙しくなるぞ」
「おっ! 料理ならウチにまかしとき! ほっぺたおっこどしたるでえ!」
ハコはそう言い意気揚々とキッチンへ向かう。
あいつはああ見えて意外と家庭的なのだ。一回食べさせてもらったことがあるが実際うまかった。
「じゃあ入るか」
「御意」
ドアを開けるとそこには椅子とテーブル、そしてキッチンがあった。ちなみに階段を上がると2階に部屋が3つある。
材質はすべて土で出来ているが、表面をコーティングしているためフローリングの如くツルツルだ、過ごしにくさはないだろう。
「先ほどの魔法、陰陽師のものとみました。陰陽道にまで精通しているとは流石です」
「ああ土矢倉のことか。あれなら前に見たことがあってな、思い出深いから覚えただけだよ」
「ほう。では陰陽師の知り合いがいらっしゃるのですね? それは知りませんでした」
「『いる』というより『いた』という方が正しいかな。どうあれ今の魔王国に陰陽師はいない」
「……それは失礼しました」
「いいんだ、気にしないでくれ」
彼女は死んだわけではない。
しかし、いつまでもあのままでいいのだろうか?
いつか、ちゃんと向き合わなければならないだろうな。
「ほれほれ、辛気臭い話は終わりにしてご飯にするで♪」
どうやら話をしてる間に調理を終えたらしいハコが鍋をもってくる。
中には道中採取した植物や、倒した魔獣の肉が入っている。普段から森で自給自足している彼女からしたら食料を調達するなど朝飯前なのだ。
「……うん、美味い」
「ふふ、せやろ♪」
高級料理の様な繊細さはないが、野性味あふれる味ながらも食べやすく調理されており力がみなぎるような料理だ。
「……うむ、染みる」
どうやら虎鉄も気に入ったようだ。
よかったよかった。
「そういえば虎鉄はなんで魔王国に来たんや? 陰陽京にいたならそこにとどまってもよかったんやないの?」
飯を食っていると不意にハコが虎鉄に疑問を投げかける。
そういえばそれは聞いた事が無かった。虎鉄はあまり自分の事を話すタイプじゃないからな。
その虎鉄はと言うと、答えあぐねているのか困った顔になっていた。ただでさえ深いしわが更に深くなりしわくちゃだ、助け舟を出した方がよさそうだな。
「おい、別に無理に答えなくてもいいんだぞ? お前もあんまりデリカシーのない事言うんじゃない!」
そう言って隣に座るハコの尻尾を引っぱたく。
そんなに強く叩いてないはずだが、ハコは「ひぃん!」と声をあげ赤面する。尻尾は敏感だったのか? 悪い事をした。
「……いや。いい機会だ、話しておくとしよう」
「いいのか?」
「うむ、これから京に赴くのに知らないことがあってはならぬ。それに、拙者も知って欲しいのだ。拙者自身の事を、な」
魔王国に来たときはとげとげしかった虎鉄だが、今はだいぶ柔らかい表情を見せるようになった。
その一因に俺も関わっているなら嬉しい限りだ。
「拙者はが京を離れた理由、それは家族を探すためなのだ」
「家族?」
「うむ。魔力大規模感染後、我が家族はその対応にあたり奮闘空しくその全てが命を失ったのだ」
元から魔力濃度の高かった京都には大量の魔獣が湧いたと聞く。
いかに強力な力を持った陰陽師と言えど対応しきるのは困難だっただろう。
「しかしただ一人、拙者の妹だけは京を離れていたのだ」
「という事は……」
「うむ。拙者は今や唯一の肉親である妹を探しに京を離れたのだ」
「なるほど……」
まさか虎鉄がそんな事情を抱えているとは思いもしなかった。
しかし、現実問題今の状況でその妹さんを見つけるのはかなり厳しいだろう。
元日本のここに存在する大きな人の住む都市は「魔王国」と「陰陽京」のみ。
陰陽京から抜け出し魔王国にもいないとなると見つけるのは困難だろう。いや、そもそもこんな過酷な環境で生きている可能性の方が低いだろう。
そんな状況で虎鉄を連れ出したりしていいのだろうか?
「そんなら一刻も早く妹さんを探しに行って方がいいんとちゃうか?」
そんな俺の気持ちをハコが代弁してくれる。
いい子だ、後でモフモフしてやろう。
「それには及ばぬ。魔王国に来た日よりマーレ殿に頼んで捜索してもらっている。拙者が一人でやみくもに探すよりも数倍よかろう。それに空いた時間も自ら探しておる」
「そうだったのか……」
マーレめ、俺に秘密でそんなことをやっていたのか。水臭い奴だ。
この件に片がついたら人探しの魔道具でも作るとしよう。俺が最初に見つけてやるぜ。
「妹さん、見つかるといいな」
「はい、ありがとうございます」
そう答える虎鉄の表情は柔らかく、そしてどこか寂しげだった。




