第2話 西の京
夜も更けてきたころ、俺は城下街にある自宅でくつろいでいた。
表向きは魔王城に勤務している一市民でしかない俺は働いているとき以外、こうして自宅で魔法の研究をしたり街で買い物をしたりと一人の時間を謳歌しているのだ。
元々サラリーマン時代も一人で過ごす時間が多かったからな。
こういう時間は嫌いじゃないのだ。
しかしそんな穏やかな時間は一つのノックと共に終わりを告げる。
「ん? 誰だ?」
今日誰かが訪問する予定は無かったはずだ。
緊急の要件だろうか? しかしそれだったらもっと慌ただしいだろう。
まあ招き入れればわかる事か。
「久しぶりやなジークはん。元気しとったか?」
ガチャリとドアを開き入ってきたのは俺の専属使用人が一人、白狐だ。
毛並みのいい白銀の尻尾と耳を揺らしながら入ってきた彼女は、俺の横を通り過ぎると部屋に置かれているソファーにドカッと座りくつろぎ始める。
「おいおいいきなり何なんだ?」
「ああウチの事は気にせんといてええで~。勝手にくつろがせてもらうからなあ」
そう言っておいてある菓子をバリバリ貪り始めるハコ。
こいつは他の幹部や使用人と違って本当に物おじせずにガンガン俺に絡んでくる。まあ別にそれはいいのだが他の人の前でも同じ感じで絡んでくるのはやめて欲しい。
特に火凜とかはそういうのにうるさいから毎回ひと悶着あるのだ。
「本当にお前は自由な奴だよ……」
「まぁまぁそうカッカしないでこっちに来いや♪ ほれほれ♪」
そう言ってモフモフの尻尾を揺らし誘惑してくる。
そんな軽い手に引っかかるわけが……
「おっ。ずいぶん簡単に引っかかったなあ♪」
うるさい。人はモフモフの前に無力なのだ。
俺は身の丈程の大きさもあるハコの尻尾にくるまりながら話を始める。
「……で? ここに来たという事は何か進展があったのか?」
「もちろんハコちゃんが手ぶらで来るわけないやろ? ちゃあんと有力な情報を集めてきたでぇ♪」
そう言うや懐より多数の書類を出し、俺に手渡してくる。
そこに書いていたのは元日本国の現状。
どこにどれだけ人が住んでいるかの情報や魔力溜まりの規模や場所など様々な事が書いてある。
動物と会話が出来、変装能力に長けている彼女にはこういった諜報活動はお手の物なのだ。
「どれどれ……ん?」
資料に目を通していると一つ、気がかりな項目を見つけ目が止まる。
「ん? ああこれなあ、ウチもただの噂だと思うんけど何か引っかかってなあ。一応報告しようとおもったんよ」
「そうか……」
そこに書かれていたのはある不思議な人物の情報。
信じがたい事にその人物は魔法を使えない人を、魔人に変えることが出来るという。
世界中で魔法に関する情報を集めているがこんな事聞いた事がない。
もしこれが事実だとするなら……世界のパワーバランスを崩しかねないぞ。
「この人物、いったいどこにいるかわかるか?」
「詳しい事はもっと調べてみんと分からんけど西の京の近くでよく見かけられとるみたいやで?」
「西の京ということは……陰陽京か」
現在の日本は東西を境に二つの勢力に別れている。
一つはご存知魔王国。
富士山の近くに建国したこの国はそこから円状に領土を拡大し続け、もうすぐ旧埼玉県まで達する勢いだ。
そしてもう一つが陰陽京。
これは魔力大規模感染後も生き残った陰陽師たちが統治する街だ。
旧京都をそのまま拠点にしており、陰陽師達が行く当てのない人を魔獣より守る代わりに働かしているらしい。
なので魔人率が10割の魔王国と違い普通の人も数多く暮らしている。
建国当初は何度か小競り合いがあったものだが益なしと判断したのか最近ではめっきり接触がない。
「しかしあそこに行くとなると変装しないとなあ。見つかったら面倒なことになりそうだ」
「それならウチは打ってつけやな! あんさんも問題無いし何とかなるやろ!!」
確かに俺が魔王だとバレることは無いだろうし、機転の利くハコがドジを踏むことは無いだろう。
二人で調査に行ってもいいが……何か忘れている気がする。
「あっ。そういやあいつは京都出身だったな。声をかけてみるか」
「えーっ? 二人でいいやんかぁ」
俺の提案にハコがぶうたれるが無視する。
作戦の成功率を上げるのが最優先だ。
「じゃあこの話はまた明日にしよう。おやすみ」
話を切り上げ尻尾にくるまる。
ほどよい暖かさと微かな獣臭さがくせになる……
「もう、いけずなんやから。そんな風にしてるとイタズラしてまうかもよ?」
「残念ながらこの体にはくすぐり等は効かんゾ。大人しく寝るんだな」
「ぐぬぬ……こうなったら添い寝の写真を撮って魔王城中に貼り付けたるわ!」
「頼むから止めてくれ……」
こうしてこの日の夜は賑やかに更けていった……
◇
翌朝。
俺とハコは魔王城に隣接している練兵場を訪れた。
ちなみに練兵場にも種類があり、ここ『第二練兵場』では武器を用いた訓練を主軸にしている。
「セイッ! セイッ!」
まだ早い時間だというのに魔王軍の兵士たちが剣を振り修練に精を出している。魔王国の未来は安泰だな。
しかし俺たちの目的は彼らではない。
お目当ての人物はここ『第二練兵場』の責任者なのだ。
「よう。今大丈夫か虎鉄?」
「む? これはこれは殿。朝早くからお勤めご苦労様です」
そう言って魔王軍幹部が一人、虎鉄は深々と俺に頭を下げた。
◇
「確かに、拙者は京都出身であります」
場所を移し、練兵所に内接された小さな応接室。
席に座った俺とハコの前には淹れたてのお茶から湯気が立ち上っている。
最近知ったことなのだが虎鉄の淹れるお茶は美味しいと兵士の間でも評判らしい。どうやら自分で茶葉まで厳選しているみたいだ。
事実このお茶もとても美味しかった。
「しかし、ううむ、どう言っていいものやら。拙者はあまり陰陽師の連中と仲が宜しくありませぬ。もしかしたらいらぬトラブルを起こしかねませぬ」
そういって渋い顔をする虎鉄。
珍しいな、忠誠心の高い虎鉄の事だから二つ返事で引き受けてくれると思ったんだが。
だけどその虎鉄が断ったという事は余程の事情があるのだろう。それを汲んでやらないとな。
「そうか。お前が嫌なら無理強いはしない。悪かったな邪魔をした」
そういって茶を勢いよく飲み干し席を立つ。
しょうがない、今回は二人で行くとするか。
「待って下され」
部屋を出ようとドアに手をかけたところで虎鉄が俺たちを呼び止める。
「拙者が行けば邪魔になるかもしれませぬ……しかし、連れてって下さらぬか」
「別に嫌なら本当に来なくてもいいんだぞ」
「いえ……いつまでも避けていても仕方ありませぬ。今回声がかかったのも何かの縁。どうか同行させていたたきたい」
軽く心を読んでみたがどうやら行きたい気持ちと行きたくない気持ちがせめぎ合っているようだ。
きっと彼なりに行きたくない理由と行かなきゃいけない理由があるのだろう。
だったら俺は、後悔の残らないであろう道を示してあげたい。
「……分かった昼頃には出発する。荷物をまとめてくれ」
「!! ありがとうございます!!」
これでいい。
何かあったら俺が守ってやればいいのだから。
まあ何もないのが一番なんだけどな。
「ちぇー、二人っきりがよかったわあ」
はは、その能天気さを少しは分けて欲しいよ……




