捕獲
ドールを前にして、エルヴィラは実はかなり困っていた。
時間を稼ぐという大役を任された以上、何とかしなければならないのは勿論なのだが、だとしても、否、そんな現状だからこそ、エルヴィラは困っていた。
(結局、あの魔具の対処出来てねぇんだけど⁉︎)
ドールには、未だ一撃も与える事に成功していない。その大きな原因は、謎の攻撃によるもの、ではなく、彼女が両手に持つ鞭の素早さと威力にあった。
ただ適当に振り回すだけで、防御にも攻撃にもなる。ここだけ見れば、メリットしかないように思える。
しかし、何事にもデメリットが存在しないと言う事は無い。魔具を使うにしたって、何かしらの不具合が発生するはずなのだ。
例えば、魔物使いのエイメリコが使っていた笛型の魔具『輪音』は、強力な魔物を操れるが、感覚どころか存在そのものとリンクしてしまう為、魔物が感じた痛みや苦しみは勿論、死までも、エイメリコ本人に返ってくるのだ。
だからあるはずだ、あの鞭を使う事で発生する、ドールにとってのデメリット。
それを見つけ、その隙を突くことが出来れば、僅かながら勝機が見えるかもしれない。
「なぁ、『不可視の魔女』」
エルヴィラは、両手にナイフを構えながら言う。
「…なに、降参?」
「んなわけねーだろ、大体、何で私達が降参しなきゃならないんだよ、確かに勝手にこの屋敷に入ってきたのは私達かもしらねぇけど、先に仕掛けてきたのはお前なんだぞ」
「ああもういいよ、このやりとり、めんどくさい、要点だけ分かりやすいように言って」
「自分の事は棚に上げといてよく言うよな、まぁいいや、それよりお前、その鞭、なんか変だと思わないか」
ドールの両手を指差し、エルヴィラは不敵な笑みを浮かべる。
しかし、肝心のドールは、特になんの異常も感じない鞭を不思議そうに見ながら小首を傾げているだけだった。
「何か変なところあった? 使いやすい武器だよね、振り回しておくだけでいい、それだけで、私の身を守ってくれる」
「本当にそうかな、魔具ってのはそう都合いい道具じゃねぇぞ、お前の気付かない所で、ずっと何かを蝕んでいるのかも知れないぞ」
いや、むしろそうでなくてはおかしい。そうであってもらわなければ、困る。
「そうやって私の気を晒そうとしてるの? 攻撃されない為の時間稼ぎ? どっちでも良いけど、そんな事したって意味ないと思うよ」
ドールはここにいる誰よりも臆病で、心配性、だからこそ、こんな場面で敵の言葉に惑わされて、警戒を解いたりしない。むしろ、敵から声をかけられればかけられるほど、その敵意と警戒心は強くなっていく。
彼女の感情に、ブレーキをかけるものはいない。感情の歯止めが効かなければ、臆病な者が何よりも恐ろしく厄介なものになる。
それは、あの『最後の魔女狩り』に参加していた『幽閉の魔女』を見ていたエルヴィラが、一番良く分かっている。
(アイツがいたら、この状況もかなり楽に攻略出来ただろうな)
そんな事を思いながら、エルヴィラは、それでも不敵な笑みを浮かべ続ける。
厄介というだけで、最強というわけではない。
強すぎる警戒心は視野を狭くするし、臆病さは、行動を制限する。
心に歯止めが効かない、という事は、とどのつまり、心のコントロールをする事が出来ないということである。
冷静さが欠ければ、必ず凡ミスが出てくる。
なるほど、忘れ形見の言う通りだ、とエルヴィラは悔しそうに思う。無理に戦闘に持って行かない方が、今回は効果的なようだ。
「まぁ確かに、お前に隙を作る為に喋り出したって言うのはあるっちゃあるんだが…でも、魔具のデメリットの話はマジだぞ? 現に、私を殺しに来た異端狩りで魔具使いの男がいたが、アイツの笛も」
「異端狩り…」
不意に、ドールがその言葉に反応する。
「ねぇ…本当に魔女狩りは終わったの?」
「ああん? なんだよいきなり、一応終わった事にはなってるっつーの、魔女の命を狙う集団も未だにいるが、そいつらがちゃんと悪者扱いされる世の中にはなってる」
エルヴィラが言うと、ドールは、自分が握っている鞭を見ながら眉をひそめた。
「この鞭はね…貴女が言った異端狩りっていう人から貰った物なの…そこに倒れてる首無し死体、それが元の持ち主」
「ほー、お前がやったのか、やるじゃん」
「ねぇ教えて、『縄張りの魔女』。魔女狩りが本当に終わったのなら、なんで未だに魔女を殺そうとする集団がいるの?」
ドールはそこで、首を振り、「言い方を間違えた」と言ってから、仕切り直して続ける。
「どうして、魔女狩りが終わった今でも、魔女を殺そうとする連中が存在し続ける事が出来るの?」
「あん?」
彼女の疑問に、エルヴィラは怪訝な声を上げる。少し、質問の意味が分からなかったからだ。しかし、すぐにドールの言いたい事が、その真意が理解出来た。
魔女狩りは確かに恐ろしい、しかし、特異魔法を持つ魔女にとって、無力な人間など敵では無かった。
魔女狩りで最も効果的だったのは、社会的に殺す事。それにより、戦意喪失させ、人間の手でも殺しやすくする事である。
もちろん、武器を使って直接戦闘して殺そうとしてくる輩も少なからずいた、しかし、基本的に、魔女がただの人間に負ける事はない。
だから、エルヴィラにとっては、どうでもいい事だったのだ。無力な人間など、敵ですらない。
しかし、今は違う。
現在存在している『異端狩り』は、しっかりと、敵として警戒する対象になっている。
魔女狩りが盛んだった頃よりも、魔女狩りが終わってからの方が脅威的になっている。
その一番の理由は、彼らの使う武器、つまり魔具の存在だ。
ドールに言われて、改めてエルヴィラも疑問に思う。
魔女撲滅を願う連中が、堂々と魔女にしか作れない魔具を使っているという、決定的な矛盾点。
それはつまり。
「彼ら異端狩りに協力している魔女がいるって事だよね…? 魔具を作って、彼らに流している、裏切り者が」
別に裏切り者ではないだろう、とエルヴィラは思う。魔女を恨む魔女だっているに決まっている、人間同士ですら憎しみ合うのに、魔女が全員仲良しなわけがない。中には異端狩りに協力してでも、同族を殺したいと思っている魔女がいても不思議じゃない。
もしくは、脅されているか。強制的に、魔具を作らされているという可能性もある。しかし、今のところその可能性が最も低い。
たかだか人間に脅されて魔具を作らされているような、力の弱い魔女に、これほど強力な魔具を作れるとは思えないからだ。
「どうなんだろうな、まぁ確かに、そんな奴がいるとしたら…厄介だよな」
「貴女達なんじゃないの?」
「あ?」
あらぬ疑いをかけられ、エルヴィラは、笑みを浮かべるのも忘れて、不機嫌を露わにする。
よりによって異端狩りと組まされていると勘違いされたのだ、心外にもほどがある。
「だって貴女強いし、異端狩りの事も詳しく知ってるみたいだし…私を狙いに来た理由も、私の魔法を奪って、魔具を作る材料にするつもりなんじゃないの?」
「いい加減にしろよテメェ、私は魔具を作れるほど器用じゃねぇんだよ、せいぜい鎧に魔法効果を付けるのがやっとなんだ、例え作れたとしても、自分を殺そうとしてる奴らに協力なんかするわけねぇだろ」
「じゃあ貴女達が私を狙う理由ってなに? 私が一体なにを…ちょっと待って、ねぇ、どこ行ったの」
ドールが話を中断させて、視線をあちこちに移す。
「どうした、なんか無くしたか?」
エルヴィラの顔に、不敵な笑みが戻る。
「あの騎士のお姉ちゃんはどこ!」
エルヴィラと並んで出てきたはずのジャンヌが、いつのまにか、居なくなっていたのだ。
全く気付かなかった、エルヴィラとの話にそれだけ集中していたという事だろうか、いや、そんなはずはない、興味も無かったし、聞く気も無かった。
常に警戒していたはずなのに。
「…あ」
そこで、ドールは気付く。エルヴィラの背後が、なにも見えないほど暗くなっている事に。
まるで、背景が真っ黒に塗りつぶされた絵のようだと思った、それぐらい、その闇の中で、エルヴィラだけがはっきりと写っている。
これは、この魔法は。
「っ!」
ドールは咄嗟に鞭を振る。いつどこから、居なくなったジャンヌから攻撃されても対処出来るように、再び鞭の防御を開始する。
だがしかし、それは間違いだった。それこそ、ジャンヌの策だったのだから。
直後、ジャンヌは攻撃に成功する。鞭に打たれる事も無く、剣を砕かれる事も無く、そして、ドールを直接斬る事もないまま、ドールを完全に無力化する事に成功する。
予想通り、暗闇から、ジャンヌは剣を構えて現れた。しかし、彼女はドールにその剣を向ける事は無く、そのまま床を勢い良く叩きつけたのである。
斬りつけられるとばかり思っていたドールは、一心不乱に鞭を乱舞させた。
その直後、鞭が床に触れた途端、今までビクともしなかったその足場が、まるで爆発するように破壊されてしまったのだ。
「しまっ…⁉︎」
足場を無くし、バランスを崩したドールは、そのまま一階へと落下、倒れ込んだ拍子に、鞭を両手から離してしまった。
その瞬間を見逃さず、ジャンヌは素早く『オーバードーズ』で鞭を斬り裂いた。
そしてそのまま、ドールを抱き上げ、
「はい、捕まえた」
と、笑顔で言った。
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「おかしいと思ったんだよね、鞭が触れた所は容赦無く破壊されていたのに、ドールちゃんの足場だけ全然壊れなかった」
ジャンヌが、崩れた床を指差しながら言う。
「最初は、鞭でその部分だけ叩かないように気を付けているのかな、とも思った、でも、よく見るとそんな事無かった、容赦なく叩いてた」
ジャンヌが最初に気付いた異変はそこである、あまりに破壊痕にムラがありすぎたのだ。
あれだけ乱舞していれば、既にこの建物は跡形もなく破壊されていてもおかしくない、にも関わらず、彼女はしっかりと立っていたし、強度を保った攻撃が飛んできた。
「だから、発想を変えてみたの、もしかしてなんでも破壊する鞭なんじゃなくて、破壊しやすくする鞭なんじゃないのかって」
へし折られ、粉々に砕かれたエルヴィラの短剣、その破片を掴んでみた時、ジャンヌは自分の推測が当たっていると確信した。
指で掴んだだけで、短剣の柄がガラスのようにのように砕けてしまったのだ。
つまり、あの鞭の能力は、凄まじい威力で破壊する、のではなく、触れたものを脆くする能力なのではないかと、ジャンヌは思ったのだ。
そしてそれは、『攻撃』と『防御』で、使い分ける事が出来る、脆くする対象を選ぶ事が出来る、しかし、強弱はつける事ができるが、オンオフは出来ないのではないかと推測、それを確かめる為に、ジャンヌは一度姿を消した。
警戒させ、不意を打つ事で、『防御』から咄嗟に『攻撃』に意識を変えさせる為に。
「『防御』の時は、かなり脆化を抑えてたみたいだけど、でも、その効果はゼロってわけじゃない、連続して叩きつけていれば、床の強度はどんどん下がってくる、そう、私一人分の体重と、剣を叩きつけた衝撃でガタがくるぐらいまで、ね」
そんなところに、『攻撃』用の強力な脆化効果を叩き込んでしまったのだ、その強度は、もはや冬の日の水溜りに張る薄氷レベルにまで落ちたのだろう。
当然、人を二人も支える事など出来るはずもなく、必然的に、床は崩れ落ちたのだ。
「なるほどな…ぶっちゃけまだあんまりピンときてねぇけど、やっぱり弱点はあったって事だな、この魔具にも」
正直、いままでの戦闘を振り返ってみても、脆くさせられているなんて気付けないと思うが、そこがやはり、ジャンヌのスペックの高さなのだろう。
「でも結構際どい作戦だったんだけどね、なんせ『攻撃』と『防御』の切り替えが恐ろしく早いんだもの、しかも途中で切り替える事も出来たんだよね、アレ」
「……」
俯くドールに、ジャンヌは優しく語りかける。
「ね? 貴女に危害は加えてない、それに、捕まえたし、約束は守ったよ、だから…ちょっとお話ししよう?」
「テメェガキこの野郎…人を散々怖がらせてくれやがってぇ…特にシャンデリアの件は忘れねぇからな…ほんっと、忘れ形見に感謝するんだな、コイツがいなかったら今頃お前なんかズタズタにしてるところだ…」
「こらエルヴィラ、せっかく綺麗に収まったんだから、事をこれ以上荒立てないのー」
田舎のチンピラのような、物凄い形相でドールを睨みつけて凄むエルヴィラ、それを頬を膨らませながら制するジャンヌ。
そんな二人を見ながら、ドールは、
「くすっ」
と、笑った。
「?」
その笑みは、和んで溢れた優しい笑み、ではなく、まるで嘲笑うかのような、意地悪な笑みだった。
「ぷくくっ…あははははっ…」
「テメェ…何笑ってんだ、この状況分かってんのか」
「貴女達こそ…この状況分かってるの…? 何も有利じゃない…貴女達にとって…むしろ最悪だよ…私が追い詰められているのが何より最悪…」
ドスンと、大きく縦に揺れる。
「何…地震?」
「忘れ形見ぃ! 避けろぉ!」
何が起きたのか、分からないまま、ジャンヌは何か強い衝撃を受けて吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「がはっ…⁉︎」
霞む視界で何が起きたのか確認する。腹部に巨大な丸太、いや、これは、
…柱?
館の、どこかの巨大な柱。それが、鎧を砕き、ジャンヌの柔らかい腹を強く打ち付けたのだ。
「何も分かってないくせに…私が相手をしてあげてるうちが花だったのに…貴女達はもう許されない…館は貴女達を許さない」
「…ああそういえば、まだ謎は解けてなかったんだな…まぁ、今解けたけどな」
顔を引きつらせながら、エルヴィラは天井を見上げる。
天井に浮かび上がった巨大な顔を見上げながら、うわ言のように呟く。
「『不可視の魔女』がケリドウェンの魔法を宿してるんじゃなかったのか…コイツは魔具使い…コイツの持っている魔具は、二つだったのか…」
天井に浮かび上がった人の顔は、大きく見開いた目でエルヴィラを睨みつける。
そして、大きな口を動かして、何か伝えようとしていた。
ゆ る さ な い。
多分、そう言っていた。
「この館が…『無冠城』そのものが! 意思を持った魔具だったのか!」
なるほど、どうりで、どこに隠れようと無駄だったわけだ。ずっと見ていたんだ、ああやって、ずっと上から。
自分達は最初から、捕獲されていたのだ、巨大な罠で。
ドールも天井の顔を見上げ、優しく微笑む。
「私達はまだ負けてない…ここからが本番だよ…頑張ろうね、『無冠城』」
その声に応えるように、大きな時計が鳴り響き、天井に広がる顔がニタリと満面の笑みを浮かべた。
第二ラウンドが開始される。
しかし魔女と騎士は、既に満身創痍であった。




