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魔女伝  作者: 倉トリック
魔女の館編
53/136

傷痕

 刃先は全てこちらに向けられており、今にも飛びかかってきそうだった。


 エルヴィラがよく使っていた、転移魔法を用いた攻撃方法にも似ている気がするが、こちらに向けられる殺意は、そんなあっさりしたものじゃない。


 ただ殺すだけなら、首や心臓に刃物を突き刺すだけで十分なのだから。こんな拷問器具のように、武器を改造する必要なんか絶対に無い。


 明確な、苦しめてから殺すという、敵意。


 この敵意は、憎しみや恨みから来るものだと、ジャンヌは直感した。


 楽しんでるんじゃなく、憎き敵を痛めつけて殺してやろうとしているのだ。


 だが、 ジャンヌには恨まれるような事をした覚えはない。どころか、一度でもこの場所を訪れた記憶がない。


 自分じゃない、とすれば、エルヴィラだろうか。


 エルヴィラがジャンヌを庇うと分かって、あえてジャンヌに攻撃を仕掛けたのだろうか。


 エルヴィラの事を知っていて、なおかつ恨んでいるのだとしたら、ここにいる魔女は『反乱の魔女』の残党かもしれない。


 そもそもその魔女はどこにいる。何故姿が見えない。


 考えなければならない事は山ほどある、こういう状況で、冷静さを失うのは自殺行為だ。


 全て分かっている、しかし、分かっていても、ジャンヌは取り乱さずにはいられなかった。


「エルヴィラ…エルヴィラ…!」


 魔女は不死だ、ただの刃物で心臓を貫かれようと死ぬ事は無い。しかし、その凶器に、魔力が込められていれば話は違ってくる。


 魔女同士であれば、殺し合うことが出来るのだから。


 だから、エルヴィラのこの傷は、明らかに致命傷だった。投げる力や技術だけで、乱雑に組み立てられた刃の風車を正確にこちらに投げられるわけがない。


 明らかな、魔法攻撃。


 エルヴィラはその攻撃に直撃してしまった。あろうかとか、騎士であるジャンヌを庇って。


「そんな…なんで…! 死なないでエルヴィラ…お願いだから…」


「もう死んでるよ、そんな小さな子に守ってもらうなんて、お姉さん情けないね」


 姿は見えず声だけする。ジャンヌは即座に声のした方を見るが、闇が広がるばかりで、その先に誰かいる様子は無い。


「なんで…なんでこんな事するの! 私達何もしてないのに…!」


「人の家に勝手に侵入してきたくせによく言うよ、どうせお姉さん達もソイツと同じ…私を殺しに来たんでしょ? だったら先手必勝だよ」


 ソイツ、と言って、一本のナイフが生首に突き刺される。


 今は首だけになってしまっているこの男は、彼女を殺しに来たのだろうか、そして返り討ちにあって、今こうして転がっている。


 そこに自分達の首も追加されるかもしれない、いや、そんな事はさせない。


 だがどうする、今自分は防具どころか武器すら持っていない、完全な無防備状態だ。エルヴィラの転移魔法に頼りきっていたのが仇となった。


 つまり、どうするもなにも、いまジャンヌに取れる行動は一つしかない。エルヴィラを連れて逃げる事だ。


 しかし、このまま素直に逃がしてくれるとは思えない。逃げようと背を向ければ、次の瞬間にはサボテンみたいになって倒れているだろう。


 いや、仮に背を向けなくても、このままではサボテンコースは避けられそうにない。


 逃げる、とは一口に言ってみても、この場から立ち去る、という意味だけではない。


 姿の見えない彼女からの攻撃をやめさせる、という方法だってある。


 ジャンヌは頭をフル回転させる。エルヴィラの傷や、いつ襲ってくるか分からない恐怖感に苛まれながら、必死に考える。


 この場から逃げる方法、逃げる隙を作る方法。


「わ、私達は! 貴女の敵じゃない!」


 ジャンヌは咄嗟に声を上げる。下手に動いて攻撃されるより、まず会話をして相手の出方を伺う事を選んだ。


 無論、時間にそれほど余裕があるわけではない。


 早くエルヴィラの手当てをして、然るべき治療を受けさせてあげたい。


 焦る気持ちを押し殺しながら、相手を刺激しないように、それでもストレートに、自分達の本心を伝える。


 そもそも戦いに来たわけでは無いのだ。敵じゃない、というジャンヌの言葉に嘘はない。


 こちらに向けられる大量の刃物達を見る。


 相変わらず標的は自分達のようだが、しかし、動こうとはしない。


 暗闇から返事は無いが、多少の反応を示したという事だろうか。


「私達は…その…」


 自分が騎士だと、既にバレているだろうか。気付いているような素振りは無かったが、油断はできない。


 ここで立場を隠して、姉妹だと偽り、完全な無抵抗である事を示せば、状況が変わるかもしれない。しかし、それが嘘だとバレてしまえば、彼女から敵対されないという目的の達成は、絶望的になる。


 ならいっそ、騎士だと名乗ってしまった方が、後々楽になるかもしれない。


 嘘は重ねれば必ず矛盾が発生する。今の精神状態で、そこに気を付けながら会話を続けられる自信は無い。


「私達は…迷っただけ…寒さを凌ぐのに良さそうな場所を見つけたから…中の様子を確認するためにこの家に入ったの…まさか魔女がいるとは思わなかったけど…」


 ジャンヌは、立場は伏せて状況だけを言う事にした。迷っていたのは本当だし、中を確認するだけだと言ったのも本当だ。


 何一つ嘘はついていない、説明を少し省いただけだ、ここから先は、相手が勝手に解釈してくれる。


 もちろんこれだけでは、おそらく足りない、ジャンヌとって、都合のいいように解釈してもらうためには、まだ少し情報を与える必要がある。


 本格的に夜になってきたのか、闇がより一層深くなる。その向こうから、特に反応は無い。


「私達はここで一晩休みたかっただけ…この子が…疲れてたから…寝かせてあげたくて…それだけなのに…なんでこんな…エルヴィラ…」


 動かないエルヴィラを抱きしめて、ジャンヌは涙ぐみながら言う。


 わざと責めるように、あくまでも、そっちが一方的に攻撃したんだと思わせるような言い方で、ジャンヌは姿なき魔女に言う。


 魔女が人間相手に同情するのか、かなり際どいところだが、今のジャンヌにはこんな方法しか思いつかない。


「…私…」


 ポツリと、深い闇の中から声がする。


「…もしかして…私…勘違いで…」


 ジャンヌは稲妻が走ったような衝撃を受けた。


 狙い通り、彼女が罪悪感を覚えたのだ。


 このチャンスを逃せるはずがない、でも焦るな、焦って油断して隙を見せるな、ボロを出すな。


 ここまでくれば、あと一歩。なんとかここから出してもらえればいい。


「そうだよ…私達貴女の事なんて知らなかった…殺す気なんて初めから無かったのに…なのに…酷いよ…この子はまだこんなに小さいのに…こんな子に何が出来るって言うの…」


 畳み掛けるように、言葉で責め立てる。正直あまり気持ちのいいやり方じゃないけれど、ジャンヌにとって、今はそれどころじゃない。


 こうしている間にも、エルヴィラがどんどん冷たくなっていく。


 命がかかっているのに、やり方なんか選んでられない。


「お願い…もうここには来ないから…見逃して…この子をお医者さんに診せなきゃ…まだ助かるかもしれない…き、傷を塞げば…きっと」


 エルヴィラを抱き上げて、ヨロヨロと立ち上がる。相手が動揺しているうちに、少しでも動ける準備をしておきたい。


「…その子がもう助かるとは…思えないよ…ごめんなさい…また襲われると思って…本当にごめんなさい…一人にしちゃった…一人は…寂しいのに…一人ぼっちは…寂しいよね」


 暗闇から泣きそうな声が聞こえる。


 あと少し。あと少しで。


「だから、せめて一緒のところに連れて行ってあげる」


「っ⁉︎」


 その可能性はあった。しかし、この流れからこういうパターンに入るとは流石に思わなかった。


 なんでそういう発想になるのか、小一時間ほど問い詰めたい。せめて一緒に殺してあげようとか、なんの解決にもならないし、親切でもなんでもない。


 自己満足の親切心で、皆殺しにしようとする。ジャンヌが最も嫌う行為だ。


 刃物の群がカタカタと揺れ始める。


 エルヴィラを抱えたままでは逃げ切れない、かといって彼女を置いていく事なんて出来ない。


 万事休す、か。


 だが、死ぬわけにはいかない、ならば、ダメージを最小限に抑えられるよう努力して、歩く程度の力は残したまま逃げ出してやる。


 エルヴィラは死なせない。


 ジャンヌは刃物を睨みつける。


 …だが。


「…?」


 いつまで経っても、刃物がこちらに飛んで来ようとはせず、むしろ見失ったように、それぞれ別の方向へ刃先を向けていた。


「…あれ、どこに行ったの…? そ、そこにいるよね…なんで…何も見えないよ…どうしてこんなに暗いの…?」


 夜より真っ暗な暗闇が、魔女の周りを覆っている。


 明らかに変だ、確かに陽は沈んだが、だからと言ってこんなにすぐ真っ暗になるなんて絶対におかしい。


 深夜のような暗さ、そんな闇が、姿なき魔女を隠すように覆っている。


 次第に刃物までもが、闇の中に呑まれ、ジャンヌからも向こうの様子が見えなくなってしまう。


 とはいえ、元々相手の姿は見えなかったが。


「どこ? どこにいるの? 何が起こってるの?」


 闇の中から困惑する声が聞こえてくる。


「本当に…何が……っ⁉︎」


 同じく混乱しているジャンヌを、何者かが暗闇から引っ張った。


 まるで小さな子供みたいな手が、暗闇から伸びている。


「何お前まで一緒になってビビってんだよ! さっさと逃げるぞ!」


 闇の中から聞き覚えのある声がした。


 その瞬間、弾かれたように走り出し、外へと飛び出した。


 外は薄暗かったが、自分の姿はちゃんと見える。館の中が、まるで自分も闇の一部になってしまうのでは無いかと思うほど暗かったので、外の薄暗さが、むしろ明るいとさえ感じてしまう。


 自分の姿も確認して、それから、自分を引っ張った彼女の姿も確認した。


 金髪を揺らしながら、袖で額に浮かぶ冷や汗を拭う少女。


「ふぅ…流石に焦った…今回ばかりはマジで死ぬかと思った…なんせ刺される直前だったからなぁ」


「…エル…ヴィラ?」


 この手で抱えているはずのエルヴィラが、目の前に平然と立っている。


「とりあえずもっと離れるぞ、館だけじゃなくて、多分敷地内にいるのもヤバイ」


 彼女の胸に、深々と刺さった傷跡は無かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お前に私の特異魔法がどんな効果なのか説明してなかったっけ?」


 適当な宿を見つけ、一番安い部屋を借り、ベッドに寝転がったエルヴィラは、開口一番そう言った。

 未だ放心状態のジャンヌは、とりあえず椅子に座り、用意してもらった紅茶を一口飲んでから、


「えっと…魔法を吸い取れる剣…『オーバードーズ』じゃないの? あ、でも他にも使えるって言ってたっけ? てっきりメインが剣だと思ってたけど」


 と、答えた。


「いや、それもそうなんだが、それだけだと、私の肩書きが『縄張りの魔女』じゃなくなるだろ、言っとくけどな、私達魔女の肩書きって結構重要だからな?」


 しばらく毛布にくるまっていたエルヴィラだったが、気に入らなかったのか、「チッ」と舌打ちをした後、おもむろにジャンヌの膝の上に座る。


「おおっと?」


 突然すぎる予想外の行動にジャンヌは戸惑ったが、エルヴィラは全く気にする様子は無く、ぶるっと体を震わせる。


「お前も低体温だなぁ…毛布にくるまってても全然暖かくならねぇから、人肌で温まろうとしたのに…まぁいいや、で、話を続けるぞ」


「え、あ、うん」


 エルヴィラも、テーブルの上にある、自分の分の紅茶が入ったカップを両手で持って、一口飲む。


「…私の特異魔法…私の『縄張りの魔女』としての本来の特異魔法は『縄張りの痕跡(マーキングエリア)』っていう、簡単に言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「過去を…引っ張り出せる?」


 ジャンヌは言葉を繰り返し、その意味を理解しようとする。


「つまりな、あの時お前を庇ったのは、私だけど私本体じゃない。突き飛ばしたのとほぼ同時に、私が過去から引っ張り出したもう一人の私だ」


「…分身の術のようなもの…だと思えばいい?」


「…まぁ概ねそれでいい、別に私以外にも引っ張り出せるけどな、忘れ形見だって、あのイラつく白髪のガキだって、魔物使いだって、誰だって過去から引っ張り出せる…それは自然現象や、攻撃魔法も例外じゃない…まぁ、連れてこれるのは一回だけだがな、同じ時間からは二度と連れてこれない」


 つまりは、過去そのものを武器として使える魔法。過去に戦争があったなら、その軍隊をその場に出現させることが出来るし、大地震などの災害をもう一度起こす事が出来る。


「過去の私を囮にして、その隙にあの見えない魔女に一撃くれてやろうとしたんだが…失敗したな、アイツ、暗闇に紛れてるわけじゃない、本当に見えなかったぞ」


 エルヴィラは不機嫌そうに頬を膨らませる。


「あの真っ暗になったのもエルヴィラの魔法?」


「あ? ああ、まぁ、私が使った魔法だな、特異魔法…でもアレは私の特異魔法じゃない、師匠からもらったものだ」


「…じゃあ…エルヴィラは最初から無事だったんだ」


 ジャンヌは無意識に、エルヴィラを強く抱きしめる。


 体温があって、息をして、喋って、紅茶を飲んでいるエルヴィラ、ちゃんと生きているエルヴィラを、ぎゅっと強く抱きしめる。


「ぐえっ…おい忘れ形見、苦しい、マジで苦しい、どうしたお前…まさかお前そんな趣味が」


「エルヴィラ、お願いがあるの」


 暴れるエルヴィラを強く押さえつけて、ジャンヌは真剣な声で言う。


「助けてくれたのは嬉しい、ありがとう…でも」


 強く強く抱きしめながら、ジャンヌは言う。


「もうあのやり方はやめて、二度としないで…」


「…あー? なんだよ、せっかく助けてやったのに」


 ジャンヌの手にこびりつく、冷たい感触。


 過去から引っ張り出したとはいえ、それは確かにエルヴィラなのだ。


 仲間が、自分の手の中で、死体になっていく恐怖。どうしようもない、絶望感と喪失感。


 とても、怖かった。


「本当に…死なないでね…エルヴィラ」


 茶化してやろうかと思ったが、あまりに真剣なジャンヌの声に、そんな悪戯心も薄れていき、エルヴィラは、諦めたようにため息を一つ吐く。


「死なねえよ、魔女は不死なんだぜ?」


 それだけ言って、エルヴィラは眠ってしまった。


 エルヴィラが寝た後も、ジャンヌは彼女を抱きしめていた。


「魔女だって死ぬよ」


 この世に、死と無縁の存在なんていない。


 どれだけ強くても、どんな不死性を持っていても、どうしたってみんないつか死ぬ。


 だから。


「だから私の先生だって死んだんでしょ?」


 自分が死ぬより、自分を置いて死なれる方が怖い。


 心を埋め尽くす黒い感情から逃れるように、ジャンヌもそのまま眠ってしまった。

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