第21話 血鬼と赫血-③
屋上の上に現れたダニの異人である秋絵誘戸。
さらに、無数のモーター音とともにドローンが何十台も飛行し始める。
「さしずめ、昨日ボクらと別れたあとに犯人くんにコンタクトされ、何らかの方法で再び脅されたのだろう」
「こ、これをしないと……じ、自分の、妹が殺されちゃうんです……! 大切な人を返してもらうためです……ごめんなさい、二人とも……! 死んでください‼」
「――! あー、はいはい。犯人が言ってた『約三百六十秒の間』ってのが疑問だったが、ダニの能力の行使が可能となる時間ってか……!」
俺は天を仰ぐ。そこには雲一つない空が広がっているが、徐々に夜の帳が降りてきている。なんせ今日は皆既日食だ。
最長でも七分三十秒。日本では二、三分ほどだが、薄暗い時間なら六分である三六十秒ほど続くだろう。
「ダニの異人の能力行使条件。強い陽の光が当たらないことは皆既日食でクリア、目視しなければならないはドローンでクリア、というわけだねぇ」
「操られてるやつもその細菌を持ってんなら、鼠算方式で増えてくことになんぞ。無法だっつーの」
「……ふむ。レオパくん、ダニの異人は君が倒してきてくれたまえ。ボクはイカの異人を倒してくるから」
「お前一人で戦うつもりか⁉」
とち狂ったのか、クウナがそんなことを口走る。先ほどの嫌と言うほど目に焼き付けられたクウナのドジっぷりが、俺の脳裏を周回していた。
あんなので戦えるのだろうか。いや、そんなはずはない。そう結論が出たが、クウナはチッチッチッ、と指を振って否定している。
「ボクが護衛や戦闘要員を傍に置いているのは、その方が早く事件が解決するからだ。ボクが負けるだなんて一言も言っていないだろう? しかも、一対一なら勝率百パーだ」
「よほど自信があるんだな」
「あったりまえさ! 詳細な説明は……時間がなくてできないだろう。レオパくん、ボクを信じてくれ」
ああ、まただ。その体ごと引き込まれそうな彼女の瞳がまた俺を穿つ。俺は目蓋を下ろし、息を吐いた。
ここで時間を浪費することももったいないしな。
「……わかった。クウナを信じるよ。だから、クウナも俺を信じてくれ」
「ふっ、当り前さ、相棒!」
拳を突き出すと、それに呼応するように突き合わせてフィスト・バンプをする。そして、お互い反対方向に駆けだした――のだが、クウナが盛大に転んだ。
「うげーーっ! くっ……やるねぇ、イカの異人!」
「な、何をしてるだァーーッ! ってか、イカの異人なんも関係ないと思うが」
「ここはボクに任せて先に行くんだ~~!」
「頼りねえな……。けどもうやばいから行ってくる!」
「い、いってらっさい!」
砂でコーティングされたクウナを横目に、夜と化した世界の校舎へと向かう。
ダニの異人が無制限の戦闘力を発揮できるのは約三百六十秒。だが、陽の光が当たらない校舎内に操り人形化した生徒で溢れていたら、詰む可能性がある。
(やるべきことは単純。操られている人物とドローンの無力化だ。そうすりゃ後片付けが楽になる。……にしても、なんでクウナや教員やらは事前に生徒らへ通告しておかなかったんだ?)
疑問符が頭の上に浮かべつつ、俺は校舎内へと侵入した。既に授業開始のチャイムが鳴っていたのだが、そんなものは露知らずといった具合の教室がある。
もうすでに誘戸の毒牙にかかった生徒がいるのだろうか。そう思い駆けつけたら、予想通りの光景が広がっていた。
『ウガアアアアア‼』
「き、急に暴れ始めたぞ⁉」
「誰か先生呼んで来いって!」
一クラス三十人程度の生徒がいる中、三人ほどの生徒が目をギラギラさせて襲い掛かっている。
廊下に設置されている掃除用具ロッカーからホウキとバケツを拝借し、教室に飛び込む。ダニの異人の操り人形。今後は「感染者」と呼ぼう。
その感染者に馬乗りにされ、今にも噛まれそうになっている生徒に向かって一直線。そのまま手に持っていたホウキでフルスイングして感染者を掃き、壁にめり込ませる。
「おい、大丈夫か? 掃除しといたぞ」
「あ、ああ……ありがとう……!」
「っと、まだあと二人いるか」
『ギャアアアアア!』飼い主の帰宅に気が付いて走ってくる飼い犬のようにこちらに駆けだしてきている。
こんなの飼っていたら飼育崩壊RTA確定だろう。
手に持っていたバケツを、ホウキで天井に向けて打って感染者の頭に被せる。視覚を封じたが、無問題を言うように変わりない速さと正確さでこちらに近づいてきている。
「感染者本人の視覚は関係なし。ドローンから見られているかどうかってわけだ――なァッ‼」
『ゴアァア……‼』
『ギャアア‼』
片方の感染者はバケツを被りながらの突進、もう片方はペンやハサミなどを投げつけてきた。ホウキの中心を持ち、ヘリコプターのようにしてその小道具は弾き返し、外でホバリングしていたドローンにホウキを投げつけ、破壊する。
すると予想通り、電池が切れた人形のように感染者はぐったりと地に伏した。
「見られてなければ大丈夫だな。おい! 噛まれた奴は制服でくるまっといて動くな! 一応机の下にでも隠れてろ‼ 異人の攻撃だ‼」
騒めき、そしてどよめきが広がるクラス内。こうして、あとは鍵をかけておけば完全ではないが安心だろう。
ただ、どうやって感染させた? 誰かを呼び出して噛んだ……いや、それとも気が付かれずに噛んで血を吸った? それは何だ? 蚊だろうか。いや、もう少し大きくなければ誘戸が吸えないだろう。
「まさか――! みんな自分の足を確認しろ! ヒルがいるかもしれない‼」
足元を確認させると、悲鳴がところどころから上がる。そこには、うにょうにょとした環形動物のヒルが張り付いていた。
ヒルは〝ヒルジン〟という麻酔成分を含んだ唾液を注入して吸血するため、噛まれても気が付きにくい。それを利用し、感染者をひっそりと増やしていたというわけだ。あのシェアハウスでも同じ手を使い、共犯者として貢献していたのだろう。
「ヒルに噛まれた奴も同じように隠れろ! それ以外は鍵かけてとけ!」
後片付け、そんな俺の考えが甘かった。こうなったら話は別だ。ヒルの被害を完璧に防ぐのは難しい。一刻も早く、本体を潰さなければならない。作戦変更だ。
俺は教室を飛び出し、他のクラスには向かわずに階段を駆け上がる。が、途中で足を止めた。
「はいはい、俺を充分楽しませてくれるってわけね」
階段の踊り場には大量の感染者が待ち構えており、俺を見るなり唸り声をあげながら降りてくる。階段の横についている手すりを両手で掴み、リミッター解除した腕力で引きはがす。
「ふんっぬぬぅ‼ おんどりゃああ‼」
その長い長い手すりを横に薙ぎ、反対側に固定して大量の感染者の捕獲が完了だ。本格的に自分が人間離れしてきている。
そこで大人しくしてなというセリフを吐き、足を動かし続ける。しかし、テンポよく屋上まではここまでだと言わんばかりに拳が飛んできた。
「うお、前から拳がッ! 俺じゃなきゃ見逃し――って、あれ? あばばばば⁉」
間一髪でそれをスライディングで躱したのだが、いつの間にか足首を掴まれていた。そのままぶん投げられて教室の窓を突き破る。
「痛ってぇな……! ここで完全に仕留めるって感じか?」
『…………』
よく見れば、俺をぶん投げた感染者は武道を嗜んでいて強いと噂の西堅くんだ。操っているのはあのおどおどしている誘戸だが、肉体が熟練の者だと変わるのだろうか。
まあなんにせよ、コイツをどうにかしたほうがいいに越したことはないな。
キョロキョロと周囲を見渡すが、所々に血があってその惨状が明らかだ。俺は教室の中に置かれてあった誰かのラケットバッグを手に取り、そこからテニスラケットとボールを数個取り出す。
「あるもん全部使って戦うのが好きなんでね。付き合ってくれるよな?」
『……フッ‼』
キレのいい動きで襲い掛かってくる西堅くんの拳や蹴りを避けつつ、ラケットのグリップテープを剥がして彼の足に巻く。そのまま引っ張って転がし、ラケットを振りかぶるが、ここから反撃をしてきて距離を取られる。
だが、これはこれで好都合なのだ。
「良い反射速度だな。エロサイト開いてる時に親が近づいてきた時くらい早いんじゃね? だが、離れてくれてちょうどいい‼」
テニスボールを上に投げ、ラケットでサーブを打ち込む。西堅くんは容易く弾き、窓の外へと飛んでいった。だが、甘い。
ニヤッと口を三日月のよう形にしつつ、昨日クウナに言われたことを思い出す。
《レオパくん、君も異能力に名前を付けるべきだ。名前を付けて呼ぶと、ウイルスはより強い力を発揮してくれるからね――》
「俺はネーミングセンスがないから、クウナの案使わせてもらうぞ。〝回帰しろ〟――【赫血の鱗紋】‼」
そう叫ぶと弾かれたボールは弧を描き、西堅くんの後頭部に直撃して俺のもとへ回帰した。
「このボールには事前に俺の血を付着させといた。だから、俺の呼びかけで戻ってきたってわけだ」
『グ……ゥ‼』
「目も顔も真っ赤だな。ま、それすら気にしなくなるくらい顔面真っ赤に腫らしてやんよ‼」
所持している十個全てのボールに俺の血を付着させ、彼に打ち込む。たとえ弾き返しても避けても、そのボールを俺のもとに戻してラリーをするように再び打ち返すのみだ。
俺のギアは時間経過とともに上がり続け、次第に西堅くんの被弾数が増えていく。
「おいおい、もう終わりかよ! 四十対零の完全試合だった、な‼」
『グォアアァ……!』
最後にスマッシュを顔面に打ち込み、体の稼働限界を迎えて床に倒れ込んだ。
「ふぅ、やっと死ん……じゃない、倒れたか。このまま階段で行っても待ち構えてるだけだろうし、外階段から行くか」
美術室にある筆や石膏像、パレットナイフなどを拝借した。端にある美術室の奥にある、鍵がかかった扉を蹴り破って外階段を上る。後から何か言われたとて「異人がやった」とゴリ押せば何とかなるだろう。




