第13話 ブラッドスーブニール-②
――翌日。
篠川に指定された住所まで、助手席に円羽を乗せて車を運転して向かう。
ちなみに、車校代やら車代やらは高校中退の僕にはあるはずなかったが、メイドの漣が支払ってくれた。彼女が「免許証があった方が旦那様も動きやすいでしょう」と。
再開した当初はとんでもないくらい不仲だったが、今ではその姿が考えられないほどの性格だ。
金銭面は言わずもがな、円羽の育ての母親でもあるし、しんどい時に一緒にいてくれていたので、彼女には頭が上がらない。
「よし。到着だ」
車を降りて眼前にあったものは、純白で無機質な建物であった。
ここは〝異人・終人研究兼収容施設〟。罪を犯した異人はもれなくここに収容され、暴れまわった終人はここで被検体となる。救いようのない異人も同じよう、被検体となる可能性がある。
僕ら異人は、一歩足を踏み外せばここに問答無用にぶち込まれるというわけだ。とは言っても、今日訪ねるのは収容施設ではなく研究施設のほうだけれども。
「お、やっと来やがったか。遅ぇぞお前ら」
「やあ篠川。高速道路が渋滞していたんだよ」
「おはよう、カサカサさん」
「誰がカサカサさんだゴラ。一応毎日パックしてるからオレの肌はそんな乾燥してねぇ。触ってみろ」
「ちょっと、僕の娘にセクハラするのはやめてくれるかい? 親友とはいえ擁護できないよ。コレが刑事とは世も末だね……」
「オレが悪い空気じゃねぇか。なんでだよこの野郎」
タバコの煙を吹かせていた篠川は、昨日よりも目の下を濃くしており、パンダのようであった。僕らを見つけて、彼はタバコの先端を灰皿に押し付けて火を消す。
そして、円羽のいじりに対して、叩けば鳴るおもちゃのような反応をする篠川。やはり彼は昔からいじり甲斐がある。
「はぁ。今日は主に異人の研究をしてるオレの知り合いを紹介する。事件現場は、ウイルス感染防止のために消毒されて血の一滴もありゃしねぇ。情報が少なすぎんだ」
「異人や終人が死ぬと中のウイルスが危険信号を発して周囲に拡散、そして感染力の増幅がされるからね。仕方ない」
事件現場ではもちろん血痕や死体があった方が、クウナや円羽の異能力が発動しやすいだ。しかし、中々の人込みの中で殺害されたらしいし、大衆の面前で円羽に異能力を発動させて目立たせるわけにもいかない。よって、死亡した異人についてを研究している人物に話を聴こうということになったのだ。
篠川の背中にカルガモのようについて行き、施設の中に入る。施設内は広大且つ無機質な白で、ずっとここにいたら精神がおかしくなりそうだ。
「篠川、そのダニの異人が殺された事件についての詳細を教えてくれないかい?」
「ああ。事件が起こったのは、中学校で密室殺人事件が起こる二日前の昼時。商店街で被害者の異人が歩いていたところ、突然首を掻きむしり始めて泡を吹き、死んだらしい。死因は――溺死とのことだ」
「溺死? 商店街で?」
円羽が口を大きく開けて驚くのも無理はない。もちろん僕も驚いたのだが、なぜだろうか……初めての感覚がしない。
「パパどうしたの?」
「……いや、何でもないよ。それより、そろそろその件の人に会えるかな?」
「ああ、もうそろそろ着くぞ。全力で身構えておけよ、玲央羽。あとこれ付けとけ」
「「?」」
なぜか、僕にだけ篠川からマスクとサングラスを手渡される。彼の謎の言動に、僕らは頭の上に疑問符を浮かべる。よくわからぬまま、一つの扉の前に到着した。
コンコンとノックをした後、中から喃語のような聞き取りづらい言葉が響いてくる。その数秒後、ガチャリと音を立ててそこが開いた。
「はいはい。……あら? ダサ川くんじゃない。お姉さんに何の用かな?」
「誰がダサ川だ。推しグッズ燃やすぞ。……ってか、オレの方が年上だぞゴラ」
「そんな短気だから未だに結婚相手見つからないんじゃない?」
「余計なお世話だ。お前も未婚の癖に」
中から現れたのは、白衣を身に纏う女性であった。いかにも研究者と言った容姿で、篠川を軽くあしらっていた。
そしてその研究者はこちらに顔を向け、次の獲物を見つけたと言わんばかりにニマーッと口角を上げる。
「うふふ、初めまして。アタシはここで異人や終人を調べている研究員の緋月よ。わからないことがあれば、このお姉さんになんでも訪ねてちょうだい?」
「初めまして。私は円羽、です」
「円羽ちゃん初めまして。可愛い子ね。食べちゃいたいくらいよ。具体的に言えば、焼き肉のタレをかけてその上から刻んだネギをかけて食べたいくらいね♡」
「具体的な部分はなんか聞きたくなかった。そしてなんか庶民的……」
僕の後ろに隠れて畏怖する円羽と、思っていたより変な人が出てきて驚く僕。彼女に呆気に取られていると、隣にいた篠川から小突かれて自己紹介を催促される。
この謎の変装ももう取っていいだろう。
「えっと、初めまして。そこの円羽の父親の宇治梨玲央羽だよ。よろしくね、緋月ちゃん。今日はとある事件について……って、あれ?」
「っっ⁉⁉」
「あれ、どうし――」
僕の顔を見るなり、なぜか口を鯉のようにパクパクさせて、終いには顎が外れんと言わんばかりに口が開く。
なぜかガタガタと震えだし、半開きの扉に手をついて完全に開き、部屋の中が露わとなる。そこはこの建物の外見や廊下のように無機質なもの……ではなかった。その部屋の壁一面にはなぜか――僕の写真で埋め尽くされていた。
「え……? さ、篠川? これは一体……」
「お前を研究しているというわけじゃねぇから安心しろ。ただこの緋月は――〝宇治梨玲央羽のガチオタ〟ってだけだ」
「ガハッ‼」
「ひ、緋月ちゃん――⁉」
そして、緋月ちゃんは気絶して床にひれ伏した。




