第54話 あ、あれ? ツッコみは? お約束は?
「やっぱり、田舎の機動城砦はどれも似たような物ねん」
城壁の上から、併走する機動城砦ローダを眺めてピピンは呟く。
--洗練されていない。
サラトガに到着した時にも思ったことではあるが、長きに渡って戦火にさらされることの無かった首都とは違って、装飾の一つをとっても無骨極まりない。
仕方のないことなのだろうが、首都に生まれ育ったピピンとしてはどうにも興ざめなのだ。
その距離、数ザールというところまで近づいたところで、ローダの城壁の上から一基の屋根付き梯子が架橋され、その上を3名の侍従に付き添われたローダ伯が歩いてくる。
年の頃は30代前半。短く刈り込んだ髪に精悍な顔立ち。とはいえ無骨過ぎず、貴族的な典雅さを残しているのが素晴らしい。
遠目にもわかるピピン好みのダンディさんだ。
「いいわぁ……」
思わず舌なめずりするピピン。そのすぐ後ろで、白い鎧を着た皇家直属の兵士達が少し引き攣った顔を見合わせる。
ゆっくりとした足取りで、サラトガの城壁の上へローダ伯が降り立った。
ピピンの見る限り、ローダの城壁上には屋根付き梯子を架橋させるための数名の工兵がいるのみで、別段不穏なところは見当たらない。例え、そこに兵士が整列していたとしても現在架橋されている屋根付き梯子は一基だけ、一度にサラトガへと渡れる兵員の数はたかが知れている。
ほら御覧なさい。警戒することなんて、何も無いじゃない。
胸の内で、やけに警戒感を露わにしていたキリエのことをあざ笑う。
とはいえ、ピピンは小心者。キリエの言葉が脳裏に残っていたため、牢獄の監視等にあてた一部を除いて、直属の兵達は全て城壁上に集めて整列させている。
「出迎え感謝いたします。代官殿」
ローダ伯はゆっくりとピピンへと近づくと、握手を求めて左手を差しのべる。
「皇家一等書記官のピピンでございます。以後お見知りおきを。わざわざ、こんな田舎までお越しいただいて、こちらこそ感謝いたしますぅ」
やっぱり、良い男よぉ! と少しテンションを上げながらピピンはその手を握り返す。
「私の方こそ田舎者ですので、儀礼的なことにはとんと縁が無い。ですから代官殿には、率直に申しあげる」
そう言ってピピンの手をゆっくりと放すとローダ伯は、真剣な顔でこういった。
「ストラスブル伯を解放していただきたい」
ピピンは言葉の意味を掴みかねて、不思議そうな顔をする。
「ストラスブル伯様は、旧サラトガ伯ミオの手によって、皇姫殿下とともにお亡くなりになったと記憶しておりますが?」
「いや、私は知っている。悪辣なるサラトガ伯が、牢獄の奥で私の愛しいファナサード……いや、ストラスブル伯に地獄の責め苦を味あわせていることを!」
言葉の最後あたりでは、ローダ伯が怒りに拳を震わせているのが見えた。とは言え、現在牢獄の中にいるのは、その『悪辣なるサラトガ伯』だけであって、ストラスブル伯などいるわけがない。
「お話に重大な齟齬があるように思えますが……」
恐るおそるピピンはローダ伯に告げる。
「お気持ちはお察しいたしますが、ストラスブル伯様は、この機動城砦にはおられません。また元サラトガ伯、ミオ・レフォー・ジャハンは身柄を拘束し、そちらにこそ、皇国の民の怒りを地獄の責め苦に変えて、味あわせております」
ローダ伯とピピン、その間に沈黙が静かに佇み、重苦しい数秒ほどが経過していく。
「代官殿、どうあってもストラスブル伯の身柄をお渡しいただけぬとおっしゃられるのですな」
「だから、ストラスブル伯様はここにはいらっしゃいません!」
「隠し立てなされると為になりませんぞ!」
「いや、だから居ないっていってるでしょ! もう、何なのよこの人!」
ピピンは我慢しきれず、ついに金きり声をあげる。
自分は皇王陛下の代理人としてここにいるのだ、例え領主とはいえ、意味のわからない難癖をつけられる言われはない。
「ふむ、ならば仕方がない」
そう呟くと、ローダ伯は自らの所領たる、機動城砦の方を振り返ると、大音声をあげた。
「我が兵達よ、正義を為せ!」
その瞬間、ローダの城壁の上へと数多くの兵達が駆け上がってくるのが見えた。色めき立つ皇家直属の兵達。しかし架橋されている屋根付き梯子は一基、脅威とはなりえない。
ピピンらがそう思った瞬間、ローダ兵は予想外の行動を始める。
3人一組で腕を組むと、そのまま一斉にサラトガへ向かって跳躍しはじめたのである。
「飛翔!」
次々に機動城砦の間に横たわる長い距離を飛び越えて、兵士達がサラトガの城壁へと降り立ってくる。
「あれが、ローダの魔法兵団……」
ピピンのすぐ後ろで兵士の一人がそう呟く。
『魔法兵団』
機動城砦ローダの誇る特殊な軍隊である。
兵士二人に魔術師一人の三人一組を一隊として行動し、魔術師はひたすらに戦闘補助の魔法を行使しつづけるのである。
このために、兵士達の中で少しでも魔法の才能があると認められたものは徹底的に補助魔法の教練を施され、これによってローダは低レベルの魔術師ばかりとはいえ、数だけで言えばストラスブルに次ぐだけの規模を抱えている。
ローダ兵達はサラトガの城壁の上に降り立つと、そのまま皇家直属の兵達と戦闘を開始する。恐らく個々の実力で言えば、皇家直属の兵達の方が上であろう。しかし、ローダ兵の背後では3人の兵の内の1人がずっと戦闘補助の魔法をかけ続けている。
「神速!」「鉄壁!」「熱剣!」
時間を追うごとに、ローダ兵達の剣速は速まり、剣は熱を帯びて皇家直属の兵達を圧倒しはじめる。
「こ、ここは、命をかけてアタシを守んのよ、あんた達!」
みるみる内に劣勢に追い込まれていく皇家直属の兵達を横目に、ピピンはそう言い残すと長い階段を転げ落ちるようにして、逃げ出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ローダ伯が帰るまですっこんでろ。
そう言い渡されたキリエ達はブリッジのモニターで、一部始終を見ていた。
音声はついていないので、細かい状況は分からないが、ピピンとローダ伯が言い争った後、ローダからサラトガの城壁に大量の兵士が飛来して、今は皇家直属の兵達がローダ兵によって蹂躪されているところである。
「ペネル殿、民間人の避難誘導をお願いしたい」
モニターから目を離すことなくキリエは、すぐ傍で同じようにモニターを眺めていたペネルに向かって口を開く。
皇家直属の兵やピピンがどうなろうとも良い気味だとしか思えないが、このまま行けば、サラトガ内をローダ兵に蹂躪されてしまうことになる。目的はわからないが、これを放置しておくわけにはいかない。
「わかりました第2軍は、民間人の避難誘導にあてましょう。第1軍は重歩兵装備を準備させます」
そう言うと、ペネルはブリッジの外へと駆けだす。
ミオ不在、他の将軍格の人間が出奔して、いない今、この場における最上席者はキリエであった。
「この肝心なときに、ミリアはどこに行ったのだ!」
知恵者の妹さえいれば、キリエは何も考えることなく、ただ戦闘に没頭することができるというのに。
これは本来の自分の役割ではないと感じながらも、キリエは次々に指示を出していく。
「アージュ、貴様の特務部隊と近衛隊で、とにかく侵攻を遅らせるぞ」
「ハッ!」
「セファル殿、相手は魔法兵団だ。同じように補助魔法で対抗できるか?」
「いえ、相手の土俵の上で勝負をかけるのは適切ではありません」
「では、どうする?」
「まあ、見ていてください。シュメルヴィ様が作り上げた魔術師隊の嫌らしさを存分にお見せしますから」
少し丸顔の魔術師隊副官は、いつも通りニコニコとほほ笑みながらそう答えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局、一刻を待たずに皇家直属の兵達は全滅。
ローダ兵達は次々に城壁を駆け下りていく。
その途上、ローダ伯の目には、サラトガ兵と思われる兵士達に先導されて、民間人と思しき群集が、城の方へと走っていくのが見えた。
「追撃いたしますか?」
「捨て置け」
側近の問いかけにそっけなく答えて、城壁から市街地へと降り立ったローダ伯は、兵達に民間人を追う事を止めさせ、一度兵を集合させた。
サラトガを襲撃する目的は唯一つ。愛しいファナサードの奪還あるのみだ。民間人を幾ら殺したところで、寝覚めが悪いばかりで何の益もない。
隊列を整え、あらためて進軍を開始する。
サラトガの中央に走る大通りに出てしばらく進むと、道を塞いでローダ軍の行く手を阻む一団が待ち受けていた。
「これ以上、先に進んでいただくわけにはまいりませぬ! ローダ伯様」
それは軍隊と呼ぶには、あまりにも奇妙な一団であった。
50名ほどの筋骨隆々たる大男たちが、自らの肉体美を誇示するように両手を振り上げる中、中央に女がただ一人。
とりわけその女の出で立ちに、兵士達がザワついた。
ふよふよと揺れるウサギの耳、身体にピッタリはりつく煽情的なボディースーツに蝶ネクタイ。おおよそ戦闘には不向きであろう踵の高い靴をはいた、ツリ目がちな美女。それがぴしゃりと鞭で地面を叩いて声をあげる。
「黒薔薇隊見参!」
よし! 驚いて声も出まい! キリエ(バニーガール仕様)は内心ほくそ笑む。
しかし次の瞬間、
「よし、我が兵達よ!敵を排除せよ!」
と、ローダ伯は顔色一つ変えず、兵達に命じ、兵士達は一斉に剣を抜いた。
「ちょ、チョッと待ったー!」
慌ててキリエは声をあげ、突撃しようと前のめりになった兵を制して、ローダ伯は問い返す。
「なんだ、命乞いか?」
「あ、あれ? ツッコミは? お約束は?」
「知らぬ」
まさに一刀両断。
ローダ伯は冗談を一切解さない、サラトガの天敵ともいえる人物であった。
「かまわぬ。敵を排除せよ!」
ローダ伯のその声に従って、兵士達が突撃を開始し、黒筋肉達は、両手の手甲をぶつけて金属音を立てると戦闘態勢をとって、それを迎え撃つ。
ミオの指揮もなく、ミリアの仕掛けもない。
純粋な戦闘、どうしようもない消耗戦の始まりであった。




