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機動城砦サラトガ ~銀嶺の剣姫がボクの下僕になりました。  作者: 円城寺正市
第5章 かくて砂漠の国は灰燼と化した。
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第146話 押し寄せる不死者(笑)後編

「はぁ……長かったぁ……」


 精霊石のぼんやりとした光に、浮かび上がる石畳の廊下。

 剣姫は足早に歩みを進めながら、小さく溜息を吐いた。

 つい今しがたまで面談していた執政官代理を名乗る男、その男の話がとにかく長かったのだ。


 どれぐらい長かったのかは、ベルゲンに到着した時には、昼間だったというのに、今はもうとっぷりと陽は沈み、窓の外では星が瞬いていることからも想像がつくだろう。


 病床の執政官の代理だという、女の様な言葉使いのなよなよとしたその男は、情感たっぷりに自分達が置かれている窮状(きゅうじょう)を剣姫へと訴え、協力を要請した。

 内容はまあ良い。ともかく長かった。

 剣姫は、途中で何度か冷気が洩れそうになるぐらいイライラした。


 今、剣姫が向かっているのは、自身に割り当てられた部屋では無い。

 四人の内、剣姫だけが賓客として遇され、所謂(いわゆる)、貴賓室を割り当てられている。

 (ぜい)を尽くした調度に、広い寝台(ベッド)

 それは皇家の御幸(みゆき)に備えて用意されたものであったが、これまでに使用された事は一度もないらしい。


「……まあ、主様と二人で過ごすには丁度良いぐらいですね」


 剣姫はナナシと二人きりの夜を想像して、思わず頬を赤らめた。

 やがて剣姫はナナシを迎えるために、三人が通されたという使用人部屋の前へと辿り着き、静かにドアを押し開ける。


「遅くなりました。マリスです、主様、お待た……だあぁああああああああ!?」


 剣姫が思わず声を上げ、寝台(ベッド)の上では、ナナシがビクリと身体を跳ねさせる。


 まず、剣姫の視界に入ってきたのは、二対の二段寝台(ベッド)

 片方の寝台(ベッド)の上段では、キサラギが壁の方を凝視しながら、耳を塞いだ状態で、ブツブツとなにやら数字を唱えている。


 問題は、もう片方の寝台(ベッド)の下段。

 そこには、ナナシの膝の上に横たわる様にしてミリアが腰かけ、うっとりとした表情でナナシの首へと両腕を回していた。


「あ、あるぅじぃさぁまぁああ! な! なにをしておられるのですか!」


 殺意を伴った濃厚な冷気が剣姫の身体から噴き出して、ドア近辺の石壁を白い霜が瞬時に覆っていく。


「ち、違うんです。剣姫様! 落ち着いてください! これは練習! 練習なんです!」


「練習?」


「怪しまれない様に、『彼氏』役を務めるための、演技の練習なんです」


「そうだよ、れーんしゅう。演技だよ、演技。なーに? 剣姫様はそんなことも許容できないぐらい心の狭い女なのぉ? ダメだよぉナナちゃん、この人束縛するタイプだよ、考え直した方が良いよ」


 ミリアがナナシの胸元に顔を埋めたまま、勝ち誇った様な表情で剣姫へと笑いかける。

 次の瞬間、剣姫の中で何かがはじけ飛んだ。

 それはおそらく世間一般的な言葉で表現するならば『理性』。


「ククッ……主様、分かっております。マリスは分かっておりますよぉ、悪いのはそこの毒婦。そう、主様は騙されておられるだけなのです」


「あ、ヤバッ……」


 ミリアが慌てて飛び退いて、ナナシの背に隠れようとしたその瞬間、部屋の中が一気に白く染まった。


  ◇◆  ◇◆


「うっ……うーん」


 ゆっくりと目を開くと、仁王立ちのナナシの姿、その背中越しに、しょぼんと肩を落として正座させられている剣姫の姿があった。


「大体! そんなに簡単に人様に暴力を振るうもんじゃないと思うんですよ、僕は」


「……すみません」


 どうやらミリアの目論見は成功した様だ。

 挑発して手を出させ、ナナシに剣姫を叱らせる。

 これで少々の事では、剣姫は文句の一つも言えなくなるはずだ。

 ただ、計算違いだったのは、剣姫の恐るべき気の短さ。

 まさかガチで()りにくるとは……流石に思ってもみなかった。


「……ッ、寒っ」


 意識がはっきりとしたその瞬間、寒さで体がブルりと震え、ミリアは思わず声を洩らす。


「ミリアさん、気が付いたんですね! 大丈夫ですか?」


「う……うん、だ、大丈夫」


 強がってはみるものの、未だに歯の根も噛み合わず、上手く言葉が出てこない。


「ほら、ほら剣姫様も謝って!」


 ナナシがそう促すと、剣姫は恨めし気な表情で口を尖らせる。


「……サーセン」


「剣姫様!」


 ナナシが珍しく語気を荒げると、剣姫は身体をビクリと跳ねさせて、目尻に涙を溜める。


「あ、良いんだよナナちゃん。剣姫様はナナちゃんのことを大切にし過ぎてるだけなんだから、悪いのはボクの方だよ」


「ミリアさん……」


 ナナシの感動した様な様子に、ミリアは心の内でぺろりと舌を出す。


 あーあもう、チョロいなぁー、ナナちゃん。


 もちろん、剣姫の方は自分が()められた事に気付いているのだろう。

 凄まじい表情でミリアの方を睨み付けていた。


 そんな顔をしてもダメ。

 どんな手を使ってもナナちゃんは絶対に渡さない。

 その想いを視線に乗せて、ミリアは剣姫へと微笑みかけた。


  ◇◆  ◇◆


「執政官殿は病床に伏せられておられるという事で、お会いしたのは代理の方でした。一応、ミリアさんの事前の予測通りに対応してきたのですが……」


「ですが?」


「非常に不穏な話になって参りました」


 剣姫が表情を曇らせながら、ナナシの右の頬を見つめると、その向こう側から、ミリアがひょこりと顔を出す。


「なに? ボク達に対する処遇の話? すぐに出て行けとか言われちゃった?」


「違います! この町の置かれている状況の話です」


 ナナシを真ん中に右隣に剣姫、左隣にはミリアが腰かけている。

 ともにナナシの腕にぴったりしがみ付いて離れようとしない。

 ちなみにナナシはこの状況をどうこうしようという考えは、既に放棄している。

 実際、間にナナシがいれば、二人が争うことも無いだろう。


 なんで、この二人はこんなに仲が悪いんでしょうね……。などと考えているあたり、ナナシの罪は非常に重い。


「この町の状況ですか?」


「はい、主様。この町はもう数週間に渡って、不死者(アンデッド)の群れによる襲撃を受けているそうです」


「なっ!?」


 ナナシは思わず硬直し、ミリアは思わず眉を引き攣らせる。

 それもその筈、この二人には不死者(アンデッド)の集団に襲われるという状況には苦い思い出がある。


「執政官代理殿は、深夜になると不死者(アンデッド)の群れが、引っ切り無しに上陸してくるのだと、そう仰られておりました」


「ミリアさん、そんなことあるんですか?」


「そんなのボクに聞かれても困っちゃうよ……。ラギちゃん、ラギちゃんの中にいるもう一人の人、ルーちゃんだっけ、魔術師なんでしょ? なにかわかんない?」


 そう言ってミリアが二段寝台(ベッド)の上段へと目を向けると、キサラギは髭剃り後でも確かめるかの様に、(あご)を撫でまわしながら視線を上へと向ける。


「ふむ、マリールー殿の記憶に寄ればだな……不死者(アンデッド)という奴には三種類あるそうだ」


「えーと、死霊術師(ネクロマンサー)が魔法で死体を不死者(アンデッド)に変えちゃったのと、沈んだ機動城砦の魔晶炉から洩れ出した魔力の影響で不死者(アンデッド)化しちゃったのと、あともう一つって事だね」


 キサラギはコクリと頷く。


「そう、あともう一つは自然発生(ネイチャー)。生まれついての不死者(アンデッド)だ。真祖クラスの吸血鬼(ヴァンパイア)不死王(リッチー)などがコレに当たるらしい」


「うん、それで?」


「それだけだ」


「へ?」


「それだけだと言っている。マリールー殿も死霊術師(ネクロマンサー)では無いからな。詳しい事は何も知らんのだ」


「なんでそんなに偉そうなんですか……」


 ナナシ達が呆れるのとほぼ同時に、窓の外から、カンカンと激しく警鐘を打ち鳴らす音が響き渡った。


「来たようですね」


 剣姫がスッと立ち上がると、ナナシも慌てて立ち上がり、ミリアの方へと目を向けた。


「ミリアさんはここで待っていてください。ゴードンさん、ミリアさんをお願いします」


「は? 何言ってんの? ボクも行くよ、当然でしょ」


「いや、でも……」


「何が起こってるのか、ちゃんと確認しておかないと判断を誤るんだよ。大丈夫、ナナちゃんが守ってくれるんでしょ」


 一瞬、ポカンとした表情になった後、ナナシは思わず溜息を吐く。


「じゃあ、ゴードンさんはどうします? 武器持ってきてないんでしょう?」


 キサラギ(ゴードン)は家政婦(メイド)の恰好だ。

 当然、剣の一つも帯びては居ない。


「ふむ、それはまあ、なんとかなるだろう。敵は海から来るのだろう? 海辺なら(サバ)の一本ぐらい転がっているだろう」


「だから、アンタはなんで(サバ)を武器扱いすんの?!」


「冗談だ。いざとなればマリールー殿と交代すれば、魔法が使える」


「マリールーさんと交代って……。それ僕が後ろから撃たれるパターンじゃないですか!」


「ふむ、否定はせん。実際()る気満々だからな、マリールー殿は」


 ナナシは思わず頭を抱えた。


「……主様、確かに撃ち漏らして上陸された時のことを思えば、ミリアさんも一緒に居たほうが安全かもしれません」


「そうなんですか?」


「はい、流玉ブフェラ・ディ・ネーヴェが、ミリア殿の方へ飛ぶ可能性はありますが」


()る気満々だよ、この人!?」


 これにはミリアも、流石にツッコまずには居られなかった。


  ◇◆  ◇◆


 ミリアを取り囲む様に四人は屋敷を飛び出すと、海の方へと続く大きな通りを駆けて行く。

 やがて、海と面した町の南側へと辿り着くと、そこに兵士達が集結しているのが見えた。


「おお、剣姫殿、来て下さったか!」


 昼間やりとりした衛兵隊長が、四人の姿を見かけて声を上げる。


「敵はどこに?」


「あちらです」


 衛兵隊長の背後にいた兵士が指差したのは、まさに海の方角。

 目を向けてみれば、沖合の方で広範囲に渡って、淡く小汚い黄色の光が、急速に広がりはじめているのが見えた。


「あれが全部、不死者(アンデッド)……」


 ナナシが呆然と呟く。

 視界に広がる海。

 そこに、まるで黄色の染料を零したかのように、淡い燐光がどんどんと広がっていくのだ。

 あまりの規模の巨大さにナナシ達は誰もが言葉を失い、気が付いた時には、岸の直ぐ傍にまで、その小汚い燐光が届き始めていた。


「主様! 来ます!」


 剣姫がそう叫んだ瞬間、ナナシ達の眼前で海面が大きく膨らんで、轟音と共に巨大な白い物体が顔を覗かせた。


 ――つぶらな瞳。


 それと目が合って、ミリアは思わず声を上げた。


巨大竜の落とし子ォジャイアントシーホースぅ!?」


「……の不死者(アンデッド)です」


「「「はあッ!?」」」


 死人のような感情の無い顔で、衛兵隊長が補足する。


「海の生き物が不死者(アンデッド)化したもの。我々は『海の死に物』と呼んでいます」


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新作始めました!舞台はサラトガから数百年後、エスカリス・ミーミルの北、フロインベール。 『落ちこぼれ衛士見習いの少年。(実は)最強最悪の暗殺者。』 も、どうぞ、よろしくお願いいたします!
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