第116話 キリエVSシュメルヴィ
シュメルヴィが辿り着いた時には、既に城門への攻撃が開始されていた。
ズシンズシンと腹に響く様な音を立てながら、打ちつけられる破錠鎚。
10ザール余りの高さにも及ぶ、門扉の中央付近にヒビが走り、メシメシと軋む音が響いている。
「これは、マズイわねぇ」
一刻の猶予も無いのは見ればわかる。
シュメルヴィは城門へと駆け寄ると、その向こう側へと意識を集中する。
対象は領域、範囲は可能な限り広く、イメージは立ち込める霧。
「麻痺雲!」
途端に城門の向こう側から、慌てる様な声、悲鳴、ざわめき、様々な感情に彩られた声が聞こえてくる。
次々に人が麻痺して倒れて行くのだ。ちょっとしたパニックになって当然だと言える。
城門のすぐ手前でもバタバタと何かが地面に向かって倒れる音が響いている。
やがて、水を打ったような静寂が城門付近に舞い降りた。
「ふぅ」
小さく息を吐きながら、額の汗を拭う。
この程度の魔法を使ったぐらいで別に疲れはしないが、その直前に数ザールを走った事でちょっと息が上がっている。
だって魔術師だもの。言うまでも無くインドア派。
むしろ部屋から出ない癖におなかのぽっこりが気になって、新しい室内運動器具が発売される度に、つい買ってしまうも、三日坊主で部屋の隅で埃をかぶっているというところまでを実践して、初めて一人前の魔術師と言える。
シュメルヴィがあたりを見回すと、幾人かの門衛の兵士が唖然とした表情で彼女を見ていた。何か戸惑いはしているものの、彼女を特に見咎める風ではないので、マレーネからある程度の話は通っているのだろうと推測する。
「ちょっと、そこのアナタぁ、門を開けてくださらないかしらぁ」
念のために城門の外を確認しておきたい。そう考えてシュメルヴィが、一番近くにいた兵士に声をかけると、兵士は戸惑いながらも敬礼し、数人の兵士を呼び集めて、城門の巨大な閂を外しにかかる。
念のため、顔を隠すために、例の黒の三角頭巾をすっぽりと被る。
うん、仮面はいい。このちょっとした息苦しさに軽い興奮を覚える。今度、皮製のマスクでも作ってみようかと、シュメルヴィの思考が、ややいかがわしい方向へ脱線する。
その間にズズズという重厚な音を立てて、門扉が開きはじめる。扉の向こうには折り重なる人の山。少なくとも立って歩いている者はいない。
「うん」
シュメルヴィが満足げにそう頷いた途端、門扉の影から飛び出してくる影がある。白刃が閃き、驚愕に目を見開くシュメルヴィの喉元目掛けて突きだされる切っ先。仰け反りながらも、シュメルヴィは咄嗟に無詠唱で物理防御魔法『黒金の楯』を発動すると、首の皮を薄く傷つけたところで、鉄を叩く様な派手な金属音を鳴らして、その攻撃を跳ね返した。
襲撃者は飛びすざると、腰を低く落して、その両手の剣砕刀を構えなおす。
「私の『麻痺雲』をレジストしたというの?」
「ふっ」
シュメルヴィのその驚き混じりの呟きを、襲撃者は鼻で笑う。
「私はお姉ちゃんだぞ、そんなものが効く訳がないではないか!」
わあ、びっくり。さっぱり意味がわからない。
その声の主はツリ目がちの瞳、長い黒髪を後ろで束ね、揺れるウサ耳、長身痩躯の『THEお姉ちゃん』。
キリエ・アルサードその人であった。
しかし、シュメルヴィは相手がキリエだと分かった瞬間、なんとなく納得した。
少々の事は『有り得る』と思わなければサラトガではやっていけない。
両手で剣砕刀を構えながら、摺り足でじりじりと近づいて来るキリエ。気を抜けば一足飛びに飛び掛かってくるだけに全く気が抜けない。
「しかし、シュメルヴィ殿、貴公は何故、謎の組織に組しておるのだ」
シュメルヴィは焦った。
バレている。わざわざ三角頭巾まで被って顔を隠しているというのに、キリエは一切迷う様子も無く、シュメルヴィだと言い切った。
「ヒトチガイネ、ワタシ、シュメルヴィナイヨ」
何とか誤魔化しきろうとシュメルヴィは声音を変える。しかし……。
「ふっ、頭隠して乳隠さずとはよく言ったものだ。バレたくないなら乳を隠せ! 乳を!」
「ちょっとぉ! 痴女みたいに言わないでよぉ!」
「そもそも私はシュメルヴィ殿の顔など、覚えておらん。シュメルヴィ殿の本体は乳。そしてそこからいろいろ生えているだけ。そう認識している」
「どんな化物ですかぁ!」
二人のそのやりとりを見守っていた門衛の兵士達の視線が、一か所に集中する。しかしそれを一体誰が責められようか。
こうなれば頭巾は無用と、引っぺがして地面へと投げ捨てると、シュメルヴィはキリエを睨み付ける。
城門を境にして内と外。睨み合う二人。これは切っ掛けに過ぎない。豊かな者と貧しい者、いつかはぶつかり合う運命であったのだ。
先に動いたのはシュメルヴィ。
「魔術槍!」
指先をキリエへと向けると、そこから迸った稲妻が槍の形を取りながらキリエへと襲い掛かる。すかさず飛び退くキリエ。しかし飛び退いた先へ、もう一撃、『魔術槍』が飛来する。
二撃目は無詠唱で放っているだけに威力は減退してはいるが、当たればただでは済まない。
しかしキリエは、瞬時に仰向けに寝転がると、体表すれすれに飛んでいく『魔術槍』を躱す。
「そんな出鱈目な!」
キリエの化物じみた反応速度に驚愕するシュメルヴィ。
その隙を見逃すキリエではない。身体を駒の様に回転させながら、起き上がるやいなや、回転を加えたジャンプを繰り返し、一瞬にしてシュメルヴィへと詰め寄ると回転の勢いのままに斬りかかる。
「あああぁぁぁ!」
シュメルヴィの肩口にキリエの剣砕刀が突き刺さり、噴き出す血と共に、シュメルヴィの口から悲鳴にも似た呻きが零れ落ちる。しかし、キリエは責める手を休めない。突き刺さったままのナイフを、更に押し込む様に力を込める。
抗う様にシュメルヴィはキリエの腕を掴むが、元より腕力の差は歴然、みるみるうちに肩口を貫く刃は深く沈んでいく。
「シュメルヴィ殿、降参しろ! そして全て話せ! このままでは肩から腕が落ちるぞ!」
降参を促すキリエを苦しげに顔を歪めながら、シュメルヴィが睨み付ける。
「うるせぇ! このド貧乳! 何にも知らねえくせに、調子くれてんじゃねえぞ!」
苦しい息の下から彼女らしくない下品な罵声。まるで人格が入れ替わりでもしたかのような怒鳴り声に、キリエは呆気にとられる。
「喰らいやがれ! 衝撃波ッ!」
刹那、腕を掴むシュメルヴィの手を伝って、凄まじいまでの怖気がキリエの身体を這い上ってくる。背中を走る戦慄。次の瞬間、それらを全て飲みこむ様にして、伝播してくる振動が爆発的な勢いで、キリエの身体の中身をシェイクする。
諤々と震える身体、飛びそうになる意識の中でキリエは突き立てた剣砕刀に更に力を込める。
「うああああああぁぁぁぁぁ!」
悲鳴を上げたのはシュメルヴィ。しかし『衝撃波』の魔法は効力を失ったものの、キリエが負ったダメージも並大抵のものではない。二人は共に息を乱しながら、絡み合う様にして地面へと倒れる。
シュメルヴィとキリエは互いの額を突き合わせる様にして、至近距離で睨み合った。
「誰がド貧乳だ……おっぱいお化け」
「うるさい、フルフラットボディ。そんなエコノミーな身体、他に見たこと無いわよ」
「なっ、言うほどフラットではないぞ。それに私はまだ成長期だ」
「何歳まで成長する気よ、現実を見なさいな」
「何だと!」
「なによ!」
ギリギリと歯を喰縛りながら角を突きつける二人。やがてどちらからともなく噴き出し、笑い始める。
キリエはナイフから手を放し、シュメルヴィの身体の上から、そのまま横に転がり落ちて大の字に寝転がる。
午前の太陽は中天へと駆け昇る途中。青く抜ける様な空の上から、横たわる二人の肌を焼く。
「なあ、シュメルヴィ殿……」
「なに?」
キリエが口を開き、シュメルヴィが応じる。
互いに言葉をひねり出すだけでも既に辛い。
「……最初、貴公はボズムス殿と同じ様に、ゴーレムに取って代られているものと思っていたのだが」
「馬鹿じゃないの。最初の一撃で血が出てるんだから気づきなさいよ」
「いや、気付いてたのだ、実は。ただそうなると、我が弟は私に隠して何かを為そうとしているというのに、その隣にいるのが私では無く、貴公だということにどうしようもなく腹が立ったのだ」
シュメルヴィはキリエの方へと顔を向けると、表情を和らげた。
「呆れた。嫉妬したっての? ナナシ君が誰の為に戦おうとしてると思ってるのよ」
「どういうことだ?」
「……今は言えない。でも、あなたがナナシ君の為に出来る事もあるわよ」
「なんだ?」
キリエがシュメルヴィを凝視する。
「これから何が起ころうと、ミオ様を関わらせないこと」
「それが我が弟のためになるのか?」
シュメルヴィは無言で頷く。
そして二人の間に長い沈黙が横たわった。
「じゃあ、肩のナイフ抜いてくれない?」
「スマンが私も限界だ、指一本動かせん」
「……仕方ないわねぇ」
シュメルヴィが大きく溜息を吐くと、仰向けのまま手を伸ばし、キリエの身体へと触れる。
「再生」
その瞬間、青、赤、緑の三色の光がキリエの身体へと流れ込み、キリエの身体を数刻前の状態までまき戻した。キリエは身体を起こすとシュメルヴィの肩から一気に剣砕刀を引き抜き、その身体を助け起こす。しかし、シュメルヴィは既に意識を失っているらしく、だらりと腕が垂れ下がった。
「おい、ソコのお前!」
「はっ、はい!」
突然、呼びつけられて戸惑う兵士をギロリと睨んで、キリエは言い放つ。
「コイツを今すぐ医務室に運んで手当しろ! で、私が出たら直ぐに城門を閉じろ! 良いな!」
「わ、わかりました!」
先程の闘いを見ていたからだろうか、ビビりまくっている兵士にシュメルヴィを預けると、キリエは城門を出て、未だに倒れた人が折り重なる常設橋へと降り立つ。
背後で城門が音を立てて閉じ、キリエは振り向いて、ペリクレスを見上げ微かに笑う。
その瞬間の事であった。
城門の門扉から青、赤、緑三色の光が洩れ出し、次の瞬間、魔法で拡大された声がキリエの周囲に響き渡る。
「かかったなぁ、ド貧乳! ナナシくんのお姉ちゃんの座は私がもらったァ!」
「な、なにぃい!」
次の瞬間、常設橋から離脱して動き始める機動城砦ペリクレス。
もちろん、これはシュメルヴィの嫌がらせである。別に本気でナナシの姉になりたいとは思ってはいない。ただ、キリエが一番嫌がることを考えた末の発言である。なんやかやと言いながらも、やっぱり肩にナイフをブッ刺されたのには、腹が立っていたらしい。
「くっそおおおお、戻ってこおぉぉぉおい!」
キリエが跳ねる様にして叫んだその声は、ペリクレスの城門の内側へ届くことはなかった。




