第108話 陰謀の結実
つんつん。つんつん。
ぴくん!
「「キャハハハハハ!」」
泡を吹いてぶっ倒れている小太りの男を、幼女が二人、その小さな指先で突っついては、ピクピクと反応するのを見て、楽しげに笑っている。
千年宮の皇家の占有領域へと続くエントランスホール。白亜の壁にもたれて膝を抱えながら、メシュメンディはそれを眺めていた。
皇王パルミドル=ウマル=エスカリスを特別法廷へと送り出してから、イーネ達はずっと、哀れなゴーレムをつんつんしている。
それはもう、つんつんしている。
つんつんという文字がゲシュタルト崩壊しそうなレベルでつんつんしている。
回数で言えば、もう何百回ということになるだろう。
幼女が大人にじゃれているだけ……普通ならばそう見えて然るべき光景ではあるが、状況を少しでも理解している者であれば、これが実は凄惨な拷問シーンであることが分かるはずだ。
イーネの得体の知れない魔法によって、ボズムスは身体に与えられた刺激を全て『足の小指をクローゼットにぶつけた時の痛み』として感じる様にされてしまった。
つんつんと指で突っつかれること、それは彼にとって足の小指も砕けよとばかりに、クローゼットにぶつけるのと同義である。つまり、つつかれた回数だけクローゼットの角に小指をぶつけているのと変わりない。その痛みは想像を絶する。
事実、最初の内はボズムスも絶叫しながら転げまわっていたのだが、数分前から、ただピクピクと反応するだけの塊になってしまった。おそらく精神の方は既に壊れていることだろう。
メシュメンディはイーネに向かって問いかける。
恐ろしく小さな声、誰にも聞き取れない様な本当に小さな声。
しかし、イーネはそれがはっきりと聞こえたかのようにくるりと振り返ると、楽しそうに笑って言った。
「うん、確かに燃やし尽くすぐらいは簡単だったにょ。でも魂さえ掻き出しちゃえば、コレだっていろいろと使えそうなんだにょ」
「そう、このゴーレムには利用価値なんて無い」
もちろん例によってサーネのこの言葉の意味は真逆。
どうやら幼女達は、この哀れなゴーレムに何かしらの利用価値を見出しているらしい。何にせよ、ロクでも無いことを考えている違いなかった。
思わずメシュメンディが眉を顰めたその時、
「「あっ!」」
二人の幼女が声を上げる。
次の瞬間、ゴーレムを取り囲む幼女は三人になっていた。
「にゃはは! ただいまー!」
増えたのは、黄色味がかった髪の幼女マーネ。
「終わったよー! 予定通りだよー!」
「予定通りなのにょ?」
「うん、予定通りサラトガ伯は生き残っちゃったよ」
三人の幼女は一斉に溜息を吐く。
「つまんないにょ」
「うん、おもしろい」
「つまんないねー」
メシュメンディの目には幼女達は本当に落胆している様に見えた。
イーネはぽてぽてと駆け寄ってきて、座り込んでいるメシュメンディの耳元に囁きかける。
「あれだけヒントをあげたのに、パルミドル坊やはめーしゅと違って、運命を捻じ曲げることが出来なかったんだにょ」
メシュメンディは、目を瞑って、小さく首を振る。
「これで、家政婦の処刑、サラトガの壊滅、首都の蹂躙、全員の死。それが確定。そう、運命は何も変わらなかったにょ」
イーネは手を伸ばすと、メシュメンディの頭を優しく撫でる。
「可哀相なめーしゅ。めーしゅが自分を犠牲にして救った命もこれで闇に消えるんだにょ。じゃあ、イーネは家政婦に救いの手を差し伸べてくるにょ。せめて家政婦の魂の輝きで、この国の最後に華を添えてあげるにょ」
◇◆ ◇◆ ◇◆
「サラトガ伯、落ち着かれましたか?」
医務室の寝台の上で目を覚ましたミオへと、彼女をここへ運び込んで来た文官の一人が問いかけた。
半狂乱で泣き喚きながら特別法廷から引っ張り出されたサラトガ伯ミオは、魔法で強制的に眠らされて、千年宮の二階にある診療室へと担ぎ込まれていた。
裁判の終了から既に二刻程が経過。窓の外では暗い夜空に星が瞬いている。
気だるげに首を動かして、自分の状況を確認した後、ミオはゆっくりと身を起こした。
「ああ、礼をいう。たかが家政婦一人のことで取り乱すなど、娼も、どうかしておったのじゃ」
「もうしばらく、休まれますか?」
「いや、大丈夫じゃ。我が部下達も裁判の行方を案じていることじゃろう。サラトガへ戻ることにする」
「畏まりました。それでは馬車を手配して参ります」
恭しく、一礼して退出する文官の背を見送って、ミオはゆっくりと寝台を降りる。
その瞳には、一つの決意が宿っていた。
◇◆ ◇◆ ◇◆
ミオが目を覚ましたのとほぼ同じ頃、機動城砦ペリクレスの二階。貴賓室の寝台の上で、同様に目を覚ました者がいる。
ぼんやりと滲む視界。その中に横たわる彼を覗き込む二つの顔が映った。彼女達はナナシが目を覚ましたことに気付くと口々に呼びかける。
「主はん!」
「アンちゃん!」
アンちゃん……、アンちゃんだって!?
ぼんやりとした意識の中で、そんな呼び方をする人間の存在に思い当たって、ナナシは思わず跳ね起きた。
「アダッ!?」
その際、実に残念な事に撥ね退けた毛布の角がヘルトルードの目を勢いよく叩き、毛布の角に目を突かれた彼女は目を押さえて蹲ったのだが、ナナシとしてはそれどころではない。
「キサラギ! キサラギなのか!?」
ナナシは必至の形相で、寝台の脇に座っている少女、その内の一人の手を取る。
少女は俯いて頬をそめた後、ゆっくりとナナシを見つめ返した。
見つめ合う二人。悶絶する紅蓮の剣姫はナナシの視界の外。
静寂が部屋の中に満ちる。
そして、少女がゆっくりと口を開いた。
「残念、俺様だ!」
「くそぉう!」
思わず握った手を払いのけるナナシ。
残念、少女の中身は、未だにアホのおっさんであった。
「やめてくださいよ、ゴードンさん、そういうの!」
「やめろと言われてもだな。キサラギ殿とはある程度記憶を共有しておるのだ、だから今後もチョいチョい言い間違うとは思うぞ」
「今後もって……。キサラギは! キサラギはどうなったんですか?」
「今はまだ眠っておられるな。マリールー殿は目を覚ましておられるが、今は俺様の方が上位だからな。さっきから代れ代れと煩いのだが、代った方が良いか?」
「やめてください。また襲い掛かられたら厄介ですから」
「うむ、確かに、マリールー殿は殺る気満々だぞ」
「うわぁ……。と、とにかくキサラギの魂が目を覚ましたら、キサラギの人格が最上位になるんですね」
「うむ、その通りだ。それまでは俺様が貴様の義妹だ!」
「ゴードンさんが義妹とか、どんな罰ゲームですか!」
ナナシがそう言った瞬間、誰かが背後からナナシの頭を鷲掴みにした。
「え?」
思わず硬直するナナシ。背筋に寒気が駆け抜ける。
そして、ナナシの耳元で地の底から聞こえてくるような低い女の声が響いた。
「じゃあ、どんな罰ゲームがええやろか? なぁ、主はぁぁぁん」
ちなみに彼女が怒っているのは痛かったからではない。ツッコミもせず、放置したことに怒っているのだ。
ナナシは口元を恐怖に震わせながら思わず口走る。
「ちゃ……ちゃうねん」
この後、紅蓮の剣姫の怒りがナナシに炸裂し、ゴードンはなぜか巻き込まれた。
◇◆ ◇◆ ◇◆
ナナシとゴードンが遠火でローストされている頃、アスモダイモス伯は満足そうに長く伸びた白い髭を撫でた。
裁判終了後に設けられた宴席。
宴も酣、差し向かいの席では、真っ赤な顔をしたペリクレス伯がカルロン伯に執拗に絡んでいるのが見えた。
遠くの方から睨み続けているクルルの視線も今は気にならない。
アスモダイモス伯は自分の口元が思わず緩むのを堪え切れずにいた。
胸の内で哄笑しながら、快哉を上げる。
喜んでいられるのも今の内だ愚かな領主達よ。
全ては予定どうりに進んでいる。
穏やかな凪の砂漠を進む機動城砦のごとしだ。
あの死霊術師が、皇王に取って代ろうとしているなどという、有りもしない陰謀に悪魔憑きの男はきっちりと踊ってくれたらしい。
お陰で一度は安堵したミオのやつが絶望に突き落される様を見ることが出来た。
ミオが、あの「やめてくれ」という情けない叫び声を上げた時には、快感の余り意識が遠のきかけた程だ。
我が復讐は既に成ったも同然。
あの悪魔の様な家政婦が処刑されるとなれば、甘っちょろいミオの奴ならば、きっと暴発することだろう。そして今度こそ、サラトガは本当の意味で反逆者となる。この国の全てを敵に回すのだ。
逆に、もしミオが家政婦を見限ったならば……そんな事ができたならば、それはそれで良い。とても良い。
あの家政婦がこの世から退場してくれさえすれば、サラトガなぞ、その後でどうとでも出来る。その際には自分自身の手でサラトガを壊しつくす事もできるだろう。
ああ、良い、素晴らしい。
ああ、明日が楽しみだ。
崩れ落ちる機動城砦サラトガの姿を脳裏に思い描きながら、アスモダイモス伯は上機嫌に杯を傾けた。




