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第106話 お主、一体何しに来たんじゃ。

 アスモダイモス伯とミオとの間で、疑問系で行なわれた応酬(おうしゅう)は、その場にいる他の領主達を置き去りにして、どうやらサラトガ伯がアスモダイモス伯に嫌がらせめいた事を言ったらしいという印象だけを残した。


「戯言はそのぐらいにしてはいかがかな、サラトガ伯。貴公の機動城砦がストラスブルを砲撃し、皇姫殿下を(しい)したことは揺るぎのない事実。即時に処断されてもおかしくないところを、弁明の余地を与えてくださっている陛下の深い慈悲のお心に感謝して、粛々と裁きを受けるべきであろうに」


 不機嫌さを隠そうともせずに、ミオを見据えて吐き捨てるアスモダイモス伯の(ただ)ならぬ様子に、カルロン伯とペリクレス伯は、皇王を間に挟んだまま思わず顔を見合わせて首を(かし)げる。


 二人には先程のやりとりの何処(どこ)に、アスモダイモス伯をこれ程に不機嫌にさせる要素があったのか、さっぱり分からなかったのだ。その状況は他の領主達にしても大きく変わりはしない。


 しかしミオとアスモダイモス伯、この二人の他にたった一人、二人の応酬の意味を正確に把握している人間がいた。ファナサード(に化けた剣姫)である。


「はい! はーい!」


 ここは自分の出番、物語で言えばクライマックスだと踏んだファナサードは、跳ね上がる様に挙手しながら、大きな声を上げた。


「なんだね? ストラスブル伯」


 進行を務めるカルロン伯がアスモダイモス伯の様子を気にしながら、それに応じると、ファナサードは顎を人差し指で触りながら小首を傾げる。


「ちょっとぉー、なんだかぁー、おかしいと思うんですよねぇ~」


「なにがだ!」


 いかにも頭の悪そうな喋り方でもったいぶるファナサードに、アスモダイモス伯は更に苛立ちを募らせる。


 これは腹立つじゃろうなぁ、とミオは腹の中で苦笑する。

 恐らくファナサードは、シュメルヴィの喋り方を真似しているのだろうが、シュメルヴィから色気を八割がたカットするとこんな感じになるのだろう。

 あくまで他人ごとではあるが、これはかなりイラっとする。


「だってぇー、サラトガ伯がぁー、ストラスブルを撃ったっていうのがぁー、事実だとしてですよぉー、なんだかぁー、その事実だけにぃー、やたらに焦点を合わせようとしているようなぁー、気がするんですよねぇー。普通ぅー、こういうのってぇー、動機から確認していくものじゃぁー、ないんですかぁー?」


「首都の座を狙って、機動城砦が相争うのは通例のことだ。動機などわざわざ確認するようなことではない!」


 アスモダイモス伯が怒り交じりにそう吐き捨てた瞬間、ミオの眼にはファナサードがニヤッと笑ったように見えた。


「首都の座を狙うためにぃー、ストラスブルを撃った。そうおっしゃるのですねぇー、明日も大根伯」


「アスモダイモスだ! だから! それがどうした!」


「あれあれあれぇー? おっかしいなぁー? それじゃあ、サラトガ伯は信じられないくらいのおバカさんっていう事になってしまいますよぉー?」


 ファナサードのその言葉に、アスモダイモス伯はピタリと動きを止めて押し黙る。何か言質(げんち)をとられる様なことを言っただろうかと、恐らく自分の今までの発言を反芻しているのだろう。


「さっき、そこのデブ……じゃなかったカルロン伯が言ってたじゃないですかぁー、皇姫殿下が御幸(みゆき)なさられているのを知りながら砲撃したってぇ」


「で、デブ?」


「実際その前日まで、私と皇姫殿下はサラトガに滞在してましたからぁー、そこのチビ……じゃなくて、サラトガ伯が知らないわけはないんですけどぉー、それを、よーし首都になっちゃうぞって、皇姫殿下もろとも吹っ飛ばしたら、皇国全部を敵に回しちゃうことも思いつかないぐらいこのチビ……じゃなかったサラトガ伯はおバカさんだと、そうおっしゃりたいんですねぇ、クソジ……アスモダイモス伯」


「チビじゃと? しかも二回も!」


「今、クソジジイって言いかけただろう!」


 余計な争いの火種を撒き散らしたことはともかく、ファナサードの言う事は到って正論であった。皇姫ファティマが乗っていることを知りながら、ストラスブルを砲撃したのであれば、その動機が首都になることを目指してというのは、はっきり言って矛盾しているのだ。

 ちなみにミオをチビ呼ばわりしたのは誤爆である。


 くっそー、腹立つなぁーと、腹の中を煮えさせつつも、ミオはファナサードを眺めながら、激しい違和感を感じていた。


 高飛車であることを除けば、ファナサードは基本的には英明な領主。この腹立つ物言いが、アスモダイモス伯を挑発していることはわかる。ただ、本来の彼女が相手を煽るのであれば、より一層高飛車な理不尽トーク一択のハズだ。


 先程から、どうにもファナサードの発言がミオの知る彼女の在り方からするとブレて見えるのだ。


 当然である。中身は剣姫なのだから。

 もしミオが、ファナサードの中身が、剣姫だということを知っていたならば、全力でこれ以上の彼女の発言を阻止しようとしたことだろう。


 ミオがファナサードへと目を向ける。ファナサードの眼には確信的な意思をもった光が宿っている。頼もしい。ミオは思った。残念、気のせいだ。知らないということはなんと幸せなことだろう。


 そして、トドメの一撃。

 ファナサードはアスモダイモス伯を指さすと、一際大きな声で言い切った。


「私は見てましたよ。サラトガが戦ってたのはアスモダイモスさん、貴方です!」


 よし、決まった! 


 どれどれアスモダイモス伯の驚愕に怯える顔を見てやろうとファナサードがそちらに目を向けると、アスモダイモス伯がものすごい勢いで脱力していくのが見える。


「あ、あれ?」


 戸惑うファナサードに、アスモダイモス伯がジトッとした目を向けて、冷たく言い放った。


「貴公は、サラトガとアスモダイモスが直ぐ傍で戦っている中を、能天気にお弁当もってお散歩に出かけたというのだな?」


「あ」


 まさかの自爆。


 さきほどの極限散歩(エクストリームサンポ)の意味不明なくだりを聞いていない皇王とミオは、何が起こったのかと周りを見回しているが、領主達は一様にげんなりとした表情を浮かべていた。


 言いようの無い痛々しい空気が法廷を包み、焦ったファナサードは、額に冷や汗を浮かべながら、なんとか誤魔化そうと口を開く。


「散歩? は? 誰が? 何言っちゃってんのこの人、うwwけwwるww」


 ファナサードは、なぜかギャルっぽいコメントで『極限散歩』の方を無かったことにしようとし、その余りの無理筋さに、クリフトも流石に頭を抱えた。


「お嬢様は少し記憶に問題がございまして……」


 クリフトが精一杯フォローしたとして、これが限界であった。


「ストラスブル伯のコメントは、証言としての価値はゼロですな」


 カルロン伯が溜息交じりに呟き、続いてミオが、


「お主、一体何しに来たんじゃ……」


 と、呟いた。 

 

 筆舌に尽くし難い空気の中、勝ち誇った様にアスモダイモス伯が口を開く。


「まあ、そんなことはどう考えてもありえませぬが、仮に我がアスモダイモスとの戦闘においてサラトガが誤射した結果、皇姫殿下を弑したのだといたしましょう。それでもサラトガ伯の罪が全く軽減されるわけではありません」


 アスモダイモス伯の言う通りである。

 ここエスカリス・ミーミルでは、機動城砦同士の抗争は一切禁じられていない。

 あくまでミオが問われている罪は皇家の人間が滞在している機動城砦を撃った事、そして皇姫ファティマを殺害した事だ。


 ミオがちらりと視線を向けると皇王は眉間に深く皺をよせ、何かを深く考え込んでいる様に見えた。

 ファナサードの一件で益々、皇王の心証を悪くしたのかもしれない。


「これ以上は時間の無駄。カルロン伯、審判に移られてはいかがかな?」


 アスモダイモス伯がそう促すと、カルロン伯が皇王に「よろしいですかな」と伺いを立て、皇王は机の上で指を組んだまま、無言で小さく頷いた。


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新作始めました!舞台はサラトガから数百年後、エスカリス・ミーミルの北、フロインベール。 『落ちこぼれ衛士見習いの少年。(実は)最強最悪の暗殺者。』 も、どうぞ、よろしくお願いいたします!
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