第97話【揺るがぬ葉-一葉舞久蕗Side-】
「へへっ…なーんだ。『ソリテール・ノワール』の名まで知っていたのかよ。俺等の存在なんて、そう易々と掴めるものじゃねーんだがな?で、何処からそんな情報を仕入れたんだ?」
禍魂は奇妙な笑みを浮かべながらガリガリと頭を掻いた。それは、僕の言葉が彼女の予想を上回るものだった事への苛立ちを表している。
「明かす義理はありませんが、一葉家は結界術だけでなく、情報収集にも独自のノウハウを持っていますからね。古くから伝わる術を継承するだけでなく、現代社会においても情報網を張り巡らせ、あらゆる事態に備えるのが僕達の務めです。『備えあれば憂いなし』とはよく言ったものでしょう?」
「フン…だがな、どれだけ情報を集めようとどれだけ高尚な理念を語ろうとも、この状況を覆す事は出来ねぇ。お前は此処で消え、月姫はボスの元へ連れて行かれる。……それがお前等の運命だ!!」
巨大な大鎌を頭上高く振り上げながら獲物めがけて突進してきた禍魂。
僕は手に握っていた翡翠色の小さな石を空中に放り投げる。
石が輝きを放っては光の粒子が瞬く間に一点へ集結し、たちまち一本の細身の日本刀の姿へと形を変えた。迷いなく刀を掴み、鞘から一気に引き抜くと、振り下ろされた大鎌の刃を瞬時に受け止める。
キィィン!
甲高い金属音が乾いた空気に響き渡り、火花が散った。
彼女の眉が僅かに持ち上がり、口元から感嘆とも侮蔑ともつかない呟きが漏れる。
「へぇ、刀か……。情報によれば、星宮夜空の武器は杖で、藤鷹華弦は細剣なんだろ?お前もてっきり、ソイツ等と似た武器でも使うのかと思っていたぜ。一葉家の趣味は意外と地味なのかもな。」
「古風があって僕は好みですが。そういう君の武器は随分と悪趣味ですね?」
「生意気な口を叩きやがって…!いいぜ、テメーの刀がどれ程のものか俺が試してやるよ。俺の大鎌の前にどこまで通用するか、見ものだな。」
大鎌を引き上げては再び構え直す相手に僕もまたくるべき攻撃に備える。
「もしかして、藤鷹華弦の細剣みたいに花弁でも舞い散らせるのか?それとも刀身から甘ったるい香りを出すか?…まさか優雅に舞いながら相手を翻弄するとか、そんなつまんねぇ芸当をするってんじゃねーだろうな?」
「羨ましい能力ではありますが、それは藤鷹家特有の能力ですから僕は持っていませんねぇ。藤鷹家は香道の術を主としており、武器から放たれる香りは対象の五感を惑わし、精神に干渉するもの。言わば、精神操作に近い能力です。」
禍魂の表情からは嘲りの色が消え、代わりに困惑と苛立ちが滲み出ている。彼女は僕の言葉を理解出来ず、次の一手を図りかねている様子だ。
「…そりゃ気になるな。どんな能力なんだよ?」
簡単に答えるとでも思っているのか…?
敵相手に言うつもりなど微塵もないが、もし僕が持つ能力の全てを明かせば禍魂はすぐに対策を講じてくるだろう。
「知りたいのなら、君の目で確かめる事だ。君の場合、口で説明されるよりも見て感じた方が遥かに分かりやすいでしょう?」
僕は間合いを詰め、連続攻撃を仕掛けた。その攻撃は彼女の動きを制限し、思考する隙を与えない。
カキィン!カキィィン!ガギィンッ!
しかし禍魂は器用に大鎌を扱い、攻撃を防ぎ続ける。
「楽しくなってきたじゃねーか!悪くねぇ動きだ!せいぜい楽しませろよ、一葉舞久蕗!」
大鎌を大きく振り回し、猛烈に攻め立ててくる。先程よりも遥かに重く、速い一撃一撃…。
ガキィィンッ!ガキィンッ!グァァンッ!
「くっ…!」
激しい衝撃が腕に伝わる。
禍魂はニヤリと不敵な笑みを浮かべた瞬間だった。大鎌の刃にバチィ…!と音が鳴り響き、青白い電撃の様なものが纏わり付き始めた。
「(まずい……!)」
直感的にこの電撃が単なる視覚的な演出ではないと察知した僕は咄嗟に刀を引き、素早く後ろへ飛び退いた。
すると、バチバチィッ!という凄まじい音と共に禍魂の立っていた足元の地面に電撃が溢れ出し、鈍い音を立てて大穴が空いた。土が抉り取られ、周囲の木々は焦げ、煙が立ち上がっている。
危ない…あと一歩でも遅れていれば、刀を伝わって攻撃の餌食となっていた。
「…ほう、凄い威力だ。まともに受ければ無事では済まないでしょう。大鎌にその様な仕掛けが施されているとは、随分と厄介な能力をお持ちですね。」
「強いだろ?今までこの電撃を食らって生きていた奴は一人もいねぇんだ。」
近距離での攻撃は危険と判断し、一旦距離を取る事にした。電撃は範囲攻撃ではない様子だが、接触すれば致命傷…不用意に近づくのは賢明ではない。
「…仕方ないですね。」
遠距離攻撃に切り替える為に、懐からある単葉の形をした神符を取り出した。それは僕の知略と術が凝縮された、もう一つの切り札だ。
「単葉の神符…確か堤之とかいう奴も手に持っていたな。お前までそんな護身用のお守りなんか持ち歩いてるとはな。馬鹿馬鹿しい、そんな紙切れ一枚で俺をどうこう出来るとでも思ってんのかぁ!?」
神符の用途はせいぜい簡単な結界を張るか、軽い衝撃を防ぐものだと彼女は想像しているだろう。
「ええ、一葉家の使用人には護身用として単葉の神符を持たせています。しかし、残念ながら今手にしているのはまた別のものですよ。」
白い紙に翠色の美しい葉の模様が描かれたそれは、僕の掌で微かに光を帯びている。
禍魂は訝しげにそれを見つめていた。
「別?」
「これは少し特別でしてね…僕に合った、僕だけの神符。君が想像している、一般的な護身用とは本質からして異なります。」
神符を刀身にそっと貼り付けると、白い紙の表面に描かれた翠色の葉の模様が瞬く間に輝き出しす。やがて光が弱まり、刀身からヒラヒラと色鮮やかな単葉が現れた。
「ブッハハッ!何だそりゃ!?葉っぱぁ?ショーでもやるつもりかぁ!?」
「フフ、ある意味そうかもしれませんが…ですが、それを盛り上げるのは君の役目だ。禍魂終哉。」
僕の能力を完全に見くびっているようだが、問題ない……むしろ好都合。
宙を舞う大量の単葉が、一斉に禍魂の方へと狙いを向ける。
「っ…!」
その光景を目にした途端、禍魂の表情から笑みが消え、代わりに強い警戒の色が浮かび上がった。
これは只の葉などではない…一つ一つが、研ぎ澄まされた刃と化しているのだ。
咄嗟に身構える標的に、単葉達は矢の様な速度で容赦なく襲い掛かった。




