第96話【価値観の違い-一葉舞久蕗Side-】
禍魂終哉が構えた巨大な大鎌は、日の光を反射して禍々しい光を放っていた。
「……巨大な大鎌。やはり以前、羽闇嬢を狙って襲撃してきた宵闇麗夢や夜啼艶の仲間でしたか。」
その大鎌は、紛れもなく彼女達と同じ組織に属しているという繋がりを示していた。
僕の問い掛けに、禍魂は嘲笑を浮かべる。
「はぁ?仲間ぁ?笑わせんな!確かにアイツ等と同じ組織に属してはいる。だがな、俺はあんなゴミ共を仲間と思った事は一度もねぇんだよ。消えて欲しいとは幾らでも思ってるけどな!…だからといって、アイツ等の情報を渡すなんて真似はするつもりねーから期待するだけ無駄だぜ?」
禍魂は容赦なく、宵闇麗夢や夜啼艶といった同じ組織の人間を侮辱した。表面上ですらも、誰も仲間として認めていないらしい。その言葉からは組織内の複雑な人間関係と彼女の傲慢な性格が垣間見えた。
「おや、それは残念。もう少し有益な情報が得られれば良かったのですが。…しかし、君達はどうやら組織内で互いに排斥し合っている間柄といったところでしょうか?愛するボスの為に。」
「っ…!」
禍魂の表情がピクリと微かに歪む。彼女の瞳の奥に一瞬だけ動揺の色が走ったのを僕が見逃す筈もなく、それこそが僕の推測が正しい事を裏付けていた。彼女は感情が表面に出やすいのか、とても分かりやすい。
僕は小さく笑みを浮かべた。
「フフ…推測通りでしたか。」
「チッ……何が推測通りだ、ふざけんな!んな事言ったら、お前等だって他の婚約者候補同士で競い合ってるだろーが!月姫の気を引く為に必死になってよぉ!結局俺等と変わんねーだろ!」
禍魂は不満げに顔をしかめると、まるで子供が癇癪を起こしているかの様に言い返してきた。
「否定はしません。婚約者候補としての立場上、羽闇嬢の隣に立つ事を目指す中で結果として競い合う形になっているのは事実ですから。ですが…君達と違って、僕は彼等を大切な仲間だと思っていますよ?それぞれの個性を尊重し、羽闇嬢の為に、そして未来の為に、共に力を合わせるべき存在だとね。互いを蹴落とすだけの君達とは根本的に違う。」
婚約者候補としての立場は、ある意味で競い合う要素を含んでいる。だが、それは禍魂達の抱える歪んだ競争とは全く異なるものだ。僕達には羽闇嬢を守り、月の力を未来へ繋ぐという共通の大義がある。この大義こそが、僕達を結びつける絆なのだ。
「特に華弦とは強い絆で結ばれていると自負しています。彼が羽闇嬢の為に負った傷は、決して無駄にはしません。彼の痛みは僕の痛みでもある、そう思える相手が僕にはいるのです。」
デートの後に羽闇嬢を狙って現れた夜啼艶から、彼女を守る為に毒を受けた華弦。瀕死の状態だった彼が解毒剤で一命を取り留めたと知った時は、何よりも喜ばしかった。
あの感情は、禍魂には到底理解出来ないだろう。何故なら彼女からは仲間を信じ、共に歩むという経験が一切感じられないからだ。自分だけが突出する事に価値を見出している。自己中心的で、他者を踏み台にする事に躊躇がない。
この違いが、僕達と禍魂の決定的な隔たりだ。
「絆だと?そんなの、お前だけが思っているかも知れねーだろうが。お前の仲間が裏で何を考えてるかなんて、どうせ分かりゃしねーんだ。」
確かに人の心は複雑だ。完全に理解し合う事など、不可能に近いかもしれない。それでも僕達は、互いを信じ、支え合おうと努力している。その努力こそが『絆』というものだと僕は信じている。
「それに、くっだらねーな!絆なんて只の幻想だ。お前が信じてるモンは所詮、脆くて簡単に崩れ去る砂上の楼閣に過ぎねぇ。」
禍魂は吐き捨てる様に言い放った。彼女は本当に絆というものを信じていないのだろう。…いや、信じられないと言った方が正しいのかもしれない。
「……本当の仲間がいた経験もない君には、理解出来ないでしょうね。それは得難いものだ。困難な状況でも共に乗り越えようと手を差し伸べ、互いの弱さを補い合う。そうした積み重ねが、強固な繋がりを築き上げるのです。君にはその価値が分からないだけだ。」
「クソが…!マジで俺に殺されたいみてぇだな?余計なこと口にするんじゃねーぞ、一葉舞久蕗!テメーの口を二度と開かせねーようにしてやる!!」
逆鱗に触れてしまったのか、禍魂の顔から嘲りが消え、代わりに純粋な怒りが宿る。大鎌を握る手に力がこもり、血管が浮き上がるのが見えた。
全身から放たれる殺気は、尋常ではなかった。
「怒らせるつもりはなかったのですが…。只、事実を述べたまでです。それとも、まだ何か心当たりでもありましたか?」
「……テメーには関係ねぇ事だ!」
彼女は再び大鎌を構え直した。いつでも僕を切り裂く準備が出来ているという明確な意思表示だ。
だが、戦う前にどうしても聞いておきたい事があった。
「まあいいでしょう。それにしても、何故君達はボスの為にそこまで必死になっているのですか?」
「それもテメーに関係ねぇ!知りたければ、俺を倒してからにしろ!」
「では、僕が当ててみましょうか?別に君から聞かずとも、ある程度の推測は可能ですからね。」
禍魂は警戒する様子で、僕の次の言葉を待っている。
「君達は単にボスに認めて貰いたいだけではないのですか?より強い者が、より大きな成果を上げる事でボスの信頼を勝ち取り、更なる地位を築く。……そんなところですかね?」
彼女は何も言わない。しかし、凍り付いた様な表情と僅かに見開かれた瞳が最も触れられたくない核心を突かれた事を物語っていた。
「……くだらねー妄想も大概にしやがれ。」
「妄想ではありませんよ、君を観察していれば大体分かりますから。それに最近、非常に興味深い情報も手に入りましてね…情報と君達のこれまでの行動を照らし合わせれば、自ずと答えは見えてくるものです。」
「情報だと?」
「…以前から、羽闇嬢を狙っている組織は君達以外にも多く存在する事は把握していました。月姫という存在は、多くの者にとって喉から手が出る程欲しい力ですからねぇ。当然、月光家や僕を含めた婚約者候補達は奴等から彼女を守り抜く覚悟もしていました。しかし…不思議な事に実際に月姫を目的として襲撃に現れたのは、大鎌を武器としていた君達の組織だけでした。」
彼女の瞳には僕が何を掴んでいるのか、何処まで真実に迫るのかという疑念と緊張が入り混じっていた。
「この不自然さに僕は違和感を覚えましたのでね…より深く調査を進めてみたのですよ。すると、驚くべき事実が判明しました。月姫を狙っていたとされる他の組織は皆、例外なく消されていた。痕跡すら残さずに。これは僕の想像を遥かに超える事態でした。」
禍魂の額にはじんわりと汗が滲んでおり、呼吸も僅かに乱れている。
「月姫を目的としていた数々の組織が消し去られた今、彼女を狙うのは君が属している組織だけ。…つまり君達が彼等を殲滅したとしか考えられない。君達のボスは月姫を独占したい、その為ならばどんな手段も厭わない。組織名は確か……『ソリテール・ノワール』でしたか?」




