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月の婚約者〜私の運命の相手は誰?〜  作者: 紫桜みなと
4章

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第59話【医務室の花束】

コンコン、と規則正しい丁寧なノックの音が医務室の扉から響いた。壱月かな?と思ったけれど、彼は先程『仕事に戻る』と言い残して部屋を出ていったばかりだ。恐らく暫くは戻ってこれないだろう。


「はいはーい、どうぞ〜。」


華弦はベッドに凭れながら相変わらずの軽い調子で応えた。包帯でぐるぐる巻きの身体だが、その声にはいつもの楽天的な響きが宿っている。

静かに扉が開くと、そこに立っていたのは着物姿の一葉さんだった。彼の姿が視界に入った瞬間、部屋の空気がふっと彼の纏う静けさを帯びた。張り詰めているわけではないのに近寄りがたい、それでいて清らかな透明感がある。


「あ、一葉さん…。」


「おっ、一葉君じゃん。来てくれたんだぁ♪」


私と華弦の声が重なる。私の方は驚きと少しの畏れを含んだ声だったが、華弦の声は心底嬉しそうだった。一葉さんは隙なく整えられた佇まいで部屋に入ってきた。夜空君が言っていた通り、こうして一人でお見舞いに来てくれたみたいだ。


「…遅くなってすみません、華弦。お見舞いに来ましたよ。」


一葉さんは、丁寧で落ち着いた口調で華弦に声を掛けた。その声音には彼特有の、何処か達観している様な響きがあった。それは彼が背負っているもの故か、それとも彼の生まれ持った性質なのか私には分からない。


「わーい♪遅かったね、待ってたよ〜!」


華弦は嬉しそうに彼に手を振った。怪我人とは思えない位、上機嫌に見える。私にはよく分からないながらも、二人の間には確かに良好な関係がある様だった。すると、一葉さんは手元に持っていた花束を軽く持ち上げて見せた。清楚な白百合と柔らかい紫の小さな花々が美しく組み合わされた上品な花束で、見ているだけで心が洗われる。花弁の一枚一枚が持つ質感までも伝わってくる。


「これはお見舞いです、医務室に飾って下さい。羽闇嬢、お手数ですがそちらにお願いします。」


一葉さんは私にその花束を差し出した。その視線に促され、私は恭しくそれを受け取った。

花束からは瑞々しい生命の香りが漂ってくる。


「あ、分かりました。じゃあ、私準備しますね。」


私は近くの棚を探し、小さな花瓶を見つけた。水道で水を入れ、華弦のベッドからもよく見える位置にあるテーブルの上に花瓶を置き、丁寧に花を生けた。百合の大きな白い花弁と紫の可憐な花が互いを引き立て合っており、瑞々しい香りが医務室にふわりと優しく広がる。一葉さんが選んでくれた花束は、怪我をした華弦の心を少しでも癒してくれるだろうか。窓から差し込む夕方の光を受けて、花弁がきらきらと輝いて見える。私は生け終えた花をほんの一瞬見つめた。


「綺麗〜!一葉君、ありがとねぇ。流石、センス良いなぁ♪」


「気に入って貰えたなら何よりです。」


花瓶が生けられたのを見て、華弦が嬉しそうに声を上げた。その言葉に一葉さんは穏やかな声で応じると、華弦のベッド脇に置いてあった椅子に腰を下ろした。

身体中が包帯に巻かれている華弦を見て、一葉さんは少し呆れている様な、落ち着いた声で言った。


「…しかし、華弦。今回は随分と無茶をされましたね。力を使うのをあれ程嫌がっていたというのに。」


その言葉には、非難の色というよりは旧知の友人に対する深い理解と諦めにも似た響きがあった。


「アハハ、まあねー。でも仕方なかったんだもん♪ 羽闇ちゃんを守る為には多少の無茶はしないとねぇ?」


華弦はそう言って、私にウィンクしてみせた。その言葉に胸の奥が温かくなるのを感じた。本当に命を懸けて私を守ってくれたんだ。その事実は、感謝と共に彼にそこまでの犠牲を強いてしまったのだという重みを私の中に生んだ。

穏やかな時間が流れるかと思っていたその時、一葉さんの纏う空気がすっと張り詰めた。


「羽闇嬢。」


一葉さんが私に視線を向けた。彼の瞳に真剣な光が宿っており、その空気は先程までの和やかな雰囲気から一気に引き締まったものになっていた。


「は、はい…!」


彼の表情に無意識に身構えてしまい、私は反射的に背筋を伸ばして応える。


「この後、華弦と二人で大事な話がありまして…。すみませんが、少々席を外して頂けますか?」


一葉さんの雰囲気と声の響きに、何か重要な事なのだというのがひしひしと伝わってきた。そして、これは私が聞くべきではない話なのだと直感的に理解した。


「分かりました。じゃあ、私はこのまま部屋に戻りますね。」


私は頷いて立ち上がると、この医務室に来てから手にしていた本や手帳など軽い荷物を纏めて自室へ戻る準備を始める。


「え〜。羽闇ちゃん、もう帰っちゃうの?ずっとそばにいてくれるんじゃなかったの〜?」


私が立ち上がったのを見て、華弦が寂しそうな声を上げた。まだ此処にいてほしいと甘えているのが伝わってきて少し困ってしまう。しかし、今は一葉さんも来てくれており、華弦に『大事な話』があると言っている。


「ごめんね。でも、一葉さんと大事な話があるんでしょう?邪魔しちゃ悪いし…また明日も来るからね。」


私は苦笑いを浮かべてそう応じた。


「じゃあ、華弦…お大事にね。一葉さん、華弦の事宜しくお願いします。」


華弦と一葉さんに声をかけ、私は医務室の扉へ向かった。私は先程生けたばかりのその花に最後に一瞬視線を向けた。扉を開けると、廊下の冷たい空気は医務室の暖かさとは対照的だった。そして、静かに扉を閉めると部屋の中から二人の話し声は殆ど聞こえなくなっていた。

医務室から遠ざかる廊下を歩きながら、頭の中はぐるぐると思考を巡らせていた。さっきまでの華弦との他愛ない、少し照れくさいやり取り。その前に突きつけられた、死へと繋がる『定め』の重圧。そして今、あの部屋で始まった私には知らされる事はない『大事な話』。一体、何の話なんだろう。

私に関わる事? 月光家全体の事?それとも、一葉さんが華弦の無茶について個人的に忠告している話だろうか?

少しだけ彼らに置いていかれた様な寂しさと私の為に、あるいはこの状況の為に何か話し合っているのかもしれないという複雑な思いが胸の中で混じり合ってきた。医務室の窓辺に飾られたあの花束の静かな美しさだけが、まるで私を置いて進む現実そのものの様だった。

第59話お読み頂きありがとう御座います!

怪我をした華弦の元へ、一葉さんがお見舞いに来てくれました。彼が持ってきてくれた花束には華弦への優しい気持ちが込められていましたね。そして、羽闇が部屋を出た後に始まった『大事な話』。この二人は一体何を語り合うのか?

次回もお楽しみに!

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