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月の婚約者〜私の運命の相手は誰?〜  作者: 紫桜みなと
4章

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第53話【表と裏の華】

藤鷹一族に代々伝わる『華の力』について語りだす華弦。その声は静かで、何処か遠くを見据えているかの様だった。


「例えば、剣を使った幻惑的な剣舞。細い剣で踊るみたいに動きながら、周囲に幻の花や複数の花弁を出現させて()()()()()()()()()。あれはね、この力の一つなんだ。」


その言葉を聞いた瞬間、脳裏に鮮やかに蘇ったのは、あの戦場で華弦が魅せた幻想的な光景だった。鋭い剣閃の軌跡を追う様に出現した無数の花達は只の美しい飾りではなく、敵を惑わす為の力だったのだと初めて理解した。


「あ!やっぱりあの時の!華弦が剣を振るう度に空間が歪むみたいに現れたお花や花弁が幻惑の剣舞だったんだ!」


私は合点がいった様に声を上げた。遠くから見ていただけでは分からなかったけれど、近くで見ると空間そのものが歪む様な不思議な感覚だった事を思い出す。


「そう、幻術みたいに敵同士で戦わせたりする事も出来るんだよ。因みに、剣の周りを舞っていたあの複数の花弁は単なる幻惑じゃないんだ。」


華弦は私の反応を見ながら話を続ける。


「あれは()()()()…僕達は『疾風(しっぷう)花刃(はなびら)』と呼んでいるんだけど、見た目の美しさとは裏腹に、敵を切り裂く事も出来る物理的な攻撃手段なんだ。艶ちゃんは上手く避けてたり弾いたりしていたから、花弁が刃になってる所まではよく見えなかったかもしれないけど。」


「へぇ…!まさか、あれが切り裂く刃だったなんて全然分からなかった…!」


私は驚きに目を見開いた。只々綺麗に舞っているだけだと思っていた花弁が、そんな恐ろしい攻撃になるなんて想像すらしていなかった。


「そして、今回の戦闘で一番メインで使ったのが…香りの攻撃。」


華弦はそこで一度言葉を区切り、私の顔をじっと見つめた。その真剣な眼差しにこれから語られる事の重要性を感じ取った。


「昨夜、羽闇ちゃんもあの香りを嗅いだと思うんだけど…僕が持っていた細剣の刃から周りにふわりと広がった、あの甘くて強い香り。」


私はすぐに思い出す。あの時、鼻腔をくすぐった強烈でうっとりする様な甘い香りだ。戦いの最中なのにその非現実的な美しさが、かえって一番印象に残っていたのかもしれない。


「うん、嗅いだ!あの香り…凄く素敵な香りだったよね…!」


「ハハッ、だろ?あれはね、()()()()()()()()()なんだ。香りで直接傷つけたりはしないけど…吸い込むと、まず脳の機能を鈍らせる。そのせいで敵の動きや感覚が鈍り、五感だって麻痺してしまう。ま、じわじわと戦闘能力を奪っていく感じかな。」


華弦はその香りの効果を想像したのか、少しだけ皮肉そうな笑みを浮かべた。


「あの香りにそんな効果があったなんて…!あれ?でも、私には何も…。」


私は驚きを隠せない。確かに香りは強かったけれど、何か体に異変があったわけではない。それは私の隣にいた壱月も同じだった筈だ。


「羽闇ちゃんは何も感じなかったでしょ? あれはね…僕が君にだけ、あの香りの攻撃性を完全に無効化していたからなんだ。いつ来るか分からない襲撃に備えて、予め仕込んでおいたのさ。僕の大切な羽闇ちゃんを自分の力で傷つけるわけにはいかないからね。萱君に関しては…ま、一応月光家の執事様だし?君に施したのと同じ完全無効化まではいかないけど、吸い込んでも害がない程度にはその場で急遽調整してあげたのさ。」


華弦はサラリと当然の事の様にそう言うと、その言葉に私の心臓がドクンと大きく跳ね上がる。

彼が、私を守る為に事前にそこまでしてくれていたなんて。


「…っ…華弦…。」


胸の奥が、じんわりと温かい波で満たされていくのを感じる。それは、彼の優しさと自分が大切にされているという事実に触れたからだった。


「幻惑、疾風の花刃、そして香り…。どれも強力な力だけど、この華の力はね…使えば使うだけ身体に()()()()()を強いるんだ。副作用。身体中の力が抜け落ちて、今の僕みたいに立つ事すら億劫になる。下手すれば指一本動かせない事もあるんだ。」


「えっ…身体中の力が抜けちゃうなんて…!立つ事も出来ないの!?」


想像以上の副作用に、私は衝撃を受けた。


「そう。まるで身体が根っこになって地面に縫い付けられたみたいに重くて、動かない。頭は冴えてても、身体が全く言う事を聞かないんだ。…今回は起き上がれてるだけマシだけどね。」


華弦はそう言いながら、力なくベッドに凭れて掛かった。その様子は彼の言葉が真実である事を痛い程物語っていた。

私は昨夜の戦いを思い出す。華弦が毒に侵されながらも、あの艶と戦い続けた姿。彼の華麗な戦いぶりの裏に隠された、見えない苦痛。それを知らなかった自分がひどく鈍感に思えた。


「羽闇ちゃん…君が持つ月の力、あれは確かに貴重で特別なものだよ。でもね、この副作用は君の力でも簡単にどうにかなるものじゃないんだ。使った力の大きさに応じて、回復するには数日掛かる。その間は…ま、見ての通り、こうしてベッドの上でじっとしているしかないってわけ。」


華弦は自嘲気味に笑うが、その笑みには辛さが滲んでいた。彼は力の代償を語る一方で、私の力への配慮も見せた。その言葉の端々から、彼がこの力をどれ程重く受け止めているかが伝わってくる。

私は彼の右手にそっと触れようとして、寸前で躊躇した。彼が感じているであろう辛さ、体の自由が利かないことへの苛立ち。それを思うと、掛ける言葉が見つからない。


「だからこそ、僕はあまりこの力を使いたくなかったんだ。副作用が辛いっていうのもあるけど…体が自由にならない期間ってね…何も出来なくて、凄く嫌なんだ。」


華弦は窓の外の青空に視線を向けた。柔らかな陽射しが彼の横顔を照らし出す。その横顔に宿る寂しげな色に、私は言葉を失った。

いつも飄々として、誰にでも明るく、隙のない様に見えた華弦が、こんなにも脆い一面を見せるなんて想像すらしなかった。


「藤鷹家の中でも、この華の力を強く宿している人間は稀なんだ。しかも僕は…一族の中でも『天才』なんて呼ばれててね。宿している力が強い分、使える力も大きいけど…副作用も他の誰よりも強く出る。」


私は静かに華弦を見つめる。彼の背負っているものの大きさを少しだけ理解出来た気がした。一族からの期待、力の大きさをもたらすプレッシャー、そして副作用という代償。彼が『天才』と呼ばれる裏には、きっと私には想像も出来ないような苦悩が沢山あるのだろうと、改めて思い知らされた。


「昨夜、艶ちゃんと戦った時…僕が使った桜色の石は覚えてる?」


華弦は再び私に視線を戻した。私は頷く。あの時、彼の手に現れ、美しい桜色の細剣へと姿を変えた小さな石の事だ。その神々しいまでの輝きと美しさは、今も目に焼き付いている。


「覚えてる!可愛くて綺麗な石だったね。」


「あれはね、藤鷹家の家宝なんだ。代々、一族の中で一番華の力を強く宿し、それを制御出来ると認められた者だけが持つことを許される石。」


「ええっ、アレって家宝だったんだ…!一番力が強い人だけが持てる…?じゃあ…」


私は華弦の言葉を反芻し、それが何を意味するのかを理解した。


「華弦が、藤鷹家の中で一番力が強い…?」


私の言葉に、華弦は僅かに口角を上げた。それは、いつもの彼らしい笑みだったけれど、その瞳の奥には、深い覚悟のような光が宿っているように見えた。


「…まあ、そういう事。」


華弦は話を終え、再び窓の外に視線を向けた。

医務室に再び静寂が訪れる。時計の秒針の音だけが、ひっそりと響く。

彼の甘えや冗談めかした言葉の裏に、こんなにも重い力とそれ故の苦悩があったなんて。私は彼の強さだけでなく、彼が抱える弱さやその力の代償を知り、胸がいっぱいになった。それは、知らなかった彼の一面に触れた事による驚きと彼への深い哀切、そして畏敬の念が混ざり合った複雑な感情だった。


「…そんな大変な力を抱えながら、副作用ともずっと戦ってたんだね…。」


私の声は自然と震えていた。華弦は私の方に顔を向け、優しく微笑む。


「君を守る為なら大した事はないさ。でも、羽闇ちゃんに話せて少し気が楽になったかな…ありがとう。」


華弦は華の力や副作用、家宝…藤鷹家の抱える宿命の様なものを私に話してくれた事。何よりも私を守ってくれていた事。それが、私にとってどれほど大きな意味を持つのか、まだ言葉には出来なかった。

只、目の前で静かに座る華弦の背中が少しだけ小さく見えた気がした。そして同時に彼が昨夜、その重い代償を払ってまで私を守ってくれた事への改めての深い感謝と、彼の為に何かしたいという強い思いが私の心にじんわりと広がっていった。

第53話お読み頂きありがとう御座います!

華弦の持つ華の力と、それがもたらす大きな代償に触れた回でした。

彼が羽闇の為にどれ程の覚悟で戦っていたか。そして、天才と呼ばれる彼の背負うものが少しでも感じて頂けたら幸いです。

次回もお楽しみに!

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