第44話【夜光る宝石、心秘める色】
「わぁ…本当に綺麗…!」
フルール・ド・リュンヌの窓際の席は、まるで夢の空間だった。眼下に広がる夜景は宝石を散りばめた様に輝き、その光が店内の上品な雰囲気にロマンティックな彩りを添えている。
テーブルにはキャンドルの柔らかな光が灯り、グラスが繊細な輝きを放っている。一輪の深紅の薔薇がさりげなく飾られており、その芳醇な香りが空間を満たしていた。そして、華やかなシャンデリアの光は向かいに座る華弦の顔を優しく照らし出している。
「こんな豪華な場所で食事が出来るなんて夢みたい…!」
「気に入ってくれたなら嬉しいよ。今宵は、君の為に特別なコースも用意して貰ったんだ。ゆっくりと味わってくれると嬉しいな♪」
華弦の言葉通り、運ばれてきた料理は芸術品と見紛うばかりだった。繊細な盛り付けは溜め息が出る程美しく、口に運ぶ度に様々な食材の豊かな風味が広がる。
「ん〜!すっごく美味しい!お屋敷の料理も美味しいけど、此処の料理も絶品♪」
「アハハ!いい顔してるねぇ、羽闇ちゃん♪」
華弦は微笑んだまま、私の食事の様子を優しく見守っていた。フォアグラのソテーは舌の上でとろけ、トリュフの芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。魚介のスープは滋味深く、一口飲む毎に体の奥から温まる様だった。
食事の間、華弦は楽しそうに様々な話をしてくれた。彼の話は博識でユーモアに溢れ、私は時折笑いながら耳を傾けた。最近観たという面白い映画から藤鷹グループの事業の話、このレストランの歴史や秘話まで話題は多岐に渡った。その言葉の端々には常に私への気遣いが感じられ、心地よい安心感に包まれる。ふと、華弦が水の入ったグラスを傾けながら意味深な眼差しで私を見つめた。
「そういえば、羽闇ちゃんって学校でも凄くモテるんだってね?」
彼の言葉に、私の心臓が少し跳ねた。
「え…!?それは一体、何処からの情報で…?」
「ふふ…少しね。よぞらんから、君の周りの噂を耳にする機会があって♪」
「…そっか、夜空君も知ってたんだね。同じ高校に入学してまだ間もないのに。」
「でもさ、羽闇ちゃんがモテるのは当然だと思うよ。あんなに可愛くて優しくて、とっても頑張り屋さんなんだもん♪」
華弦はそう言って、優しく微笑んだ。その言葉に私の顔がほんのり赤くなるのを感じた。
「っ…!それは少し褒めすぎよ。まあ、何ていうか…ありがたい事に声を掛けて頂く事はよくあるけど…。」
曖昧に答えると、華弦は興味深そうに目を細めた。
「それはそれは。そんな魅力的な羽闇ちゃんにはきっと理想の男性像があるんだろうね♪もし良かったら、どんな人がタイプなのか教えてくれるかな?君の婚約者候補としては、当然知っておきたい事だしね。」
彼の問い掛けに私の心は少しざわついた。理想の男性像―頭に浮かぶのはいつも優しい笑顔の夜空君。けれど、華やかな華弦や他の魅力的な婚約者候補達の顔も否定出来ない程鮮明に思い浮かぶ。皆それぞれに素敵なところがあって、惹かれる部分がないわけじゃない。それでも、夜空君は私にとって特別な存在なのだ。この複雑な気持ちは誰にも知られたくない秘密。ましてや、目の前にいる華弦や他の候補達にも話せる筈もない。
「えっと、そうだなぁ…。」
私は少し考え込みながら言葉を探す。華弦は私の返事を急かす事なく、穏やかな眼差しで待ってくれている。
「強いて言うなら…一緒にいて落ち着ける人、かな。あとは、困っている時にそっと手を差し伸べてくれる優しい人が良いな…なんて。」
そう言いながら、私はさりげなく夜空君の面影を重ねていた。彼のあの包容力のあるおっとりとした雰囲気が私の理想に近いのかもしれない。でも、それはあくまで私だけの秘密だ。
「落ち着ける、それに優しい、か…。成る程ね、素敵な理想だ。うん、よく分かったよ。」
華弦は私の言葉に納得した様にゆっくりと頷いた。キャンドルの炎が揺れ、彼の瞳に柔らかな光が宿る。
「きっと、お互いを深く理解し合ってゆっくりと愛を育んでいける様な関係なんだろうな。」
すると、華弦はふと身を乗り出し、少しだけ声を潜めて私に問い掛けた。
「…じゃあさ、羽闇ちゃん。差し出がましいかもしれないけれど、僕は君にとってそういう男性になれているかな?」
華弦の真剣な眼差しが私の心をまっすぐ射抜いてくる。まさか、彼からそんな質問が飛んでくるとは思ってもいなかった。
優しくて、一緒にいると楽しかったり穏やかな気持ちになれる華弦。そして、さりげなく気遣ってくれる彼の存在は確かに私の理想とする男性像に当て嵌まる。夜空君への秘めた想いはあるけれど、目の前にいる華弦の魅力もまた否定できないものだった。少しだけ迷ったけれど、彼の真摯な問い掛けに、私も正直な気持ちを伝えたいと思った。
「…うん。華弦はいつも優しくて…一緒にいるだけで凄く落ち着く、って思ってるよ…!」
すると、華弦の表情がぱっと明るくなった。彼の瞳には喜びの色がはっきりと見て取れる。
「…良かった♪ありがとう、羽闇ちゃん。でもね、僕はもっと君にとって特別な存在になりたいと思っているんだ。」
華弦の言葉に、私の心は温かい光で満たされる様な気がした。彼の純粋な喜びが、私の胸にもじんわりと広がっていく。
「特別な存在…?」
華弦は先程までの明るい表情から一転し、まっすぐな視線で私を見つめる。キャンドルの炎が彼の横顔に陰影を落とし、その表情には隠せない程の真剣さが浮かんでいた。
「そうさ。只の落ち着ける相手や優しいだけの相手じゃなくて…かけがえのない、たった一人の存在にね。」
「でも私達、会ってからまだ日が浅いというか…!」
「分かってるよ。今はまだ、君にとって僕はまだ特別な存在ではないかもしれないけれど…。それでも、諦めるつもりはないよ。いつか君にとって、そんな存在になる為にもこれからも君の隣で精一杯頑張るから覚悟しててね♪」
「華弦…。」
「おや、そろそろデザートがくる頃かな。楽しみだね♪」
いつもの明るい笑顔に戻った華弦。けれど、その瞳の奥には先程の真剣さがまだ微かに残っている。
その時、ウェイターが優雅な手つきで私達のテーブルにデザートを運んできた。目の前に置かれたのは、艶やかなチョコレートケーキと美しく輝いているベリーのソルベ。その美しい盛り付けは、まるで二人の時間を祝福しているかの様だった。
「わぁ……美味しそう!」
目の前のデザートに目を奪われ、一瞬先程の緊張感を忘れて声を上げた。華弦もその様子を見て、ふっと微笑んだ。
「うん、きっと美味しいよ。このお店のパティシエは本当に腕利きだからね♪」
彼はそう言いながら、チョコレートケーキにフォークを入れた。私もベリーのソルベを一口掬って口に運ぶ。すると、甘酸っぱさと爽やかな冷たさが口いっぱいに広がり、心地よい刺激が全身を駆け巡る。
デザートを味わいながら、私達は再び穏やかな会話を始めた。華弦は先程の真剣な告白をなかったかの様にいつもの調子で楽しい話をしてくれた。けれど、彼の優しい眼差しや少しだけ遠慮がちな態度に私は彼の秘めた想いを改めて感じていた。
第44話をお読み頂きありがとう御座います!
今回は華弦とのロマンチックなデート回でした!彼の真剣な想い、羽闇の心にどう響いたのでしょうか…?
華弦の『特別な存在になりたい』という告白、貴方ならどう受け止めますか…!?
二人の関係に大注目です!次回もお楽しみに!




