第108話【吸精と葉刀-一葉舞久蕗Side-】
「っ…!」
激しい衝撃が腕を駆け抜け、呻き声が漏れる。
「痛ぇー……クッソー!この葉っぱ、見掛けに寄らずチクチクしてやがる!」
禍魂の全身は放たれた無数の単葉により、幾筋もの切り傷を負っている。だが、僕とて無傷というわけではない。
彼女は単葉の半分を大鎌で驚くべき精度で弾き飛ばしたのだ。それ等の単葉は僕にも鋭く降り注ぎ、肌を掠めてしまった。
「当然でしょう?これは只の葉ではなく、研ぎ澄まされた切れ味抜群の刃…。紙一枚の薄さでありながら、鋼鉄をも容易に切り裂く強度を秘めているのですから。」
単葉の刃は僕の持つ『葉の力』によって強化されたもので、触れるもの全てを切り裂く殺傷能力を秘めている。…華弦の花弁の刃と似た特性だ。
荒い息を吐きながらも、禍魂は何処か不敵な笑みを浮かべた。
「……んで、もう終わりか?もっと掛かってこいよ、まさかとは思うがもう手札が尽きたなんて言わねーよなぁ?」
「いいえ、言いませんよ。戦いは始まったばかりですからね。」
「なら見せてみろよ…一葉家の底力とやらを!」
「…では遠慮なく。先に言っておきますが、後悔しても知りませんよ。」
散らばった数千枚もの単葉が一斉にガサガサと乾いた音を立てて宙へと舞い上がる。
「うげぇっ…マジかよ!弾き飛ばした筈の葉っぱが、まだ動くってのか…!?」
単葉の群れは彼女の周囲を取り囲んでいく。これで逃げ場はない。
「…さて、こう囲まれては弾き飛ばすのも困難でしょう。」
「チッ……小癪な真似を!」
再び単葉が、容赦なく禍魂に襲い掛かる。しかし、青白い電撃が彼女の全身を覆い、迫りくる単葉を寸前で弾き飛ばしていく。
「へーぇ、電撃を食らっても全然焦げねぇんだな…この葉っぱ。目障り極まりねぇなっ!!」
苛立ちを隠せない様子で電撃を纏わせた大鎌をひたすら振るう禍魂。やがて単葉の群れを全て弾き飛ばし終え、荒い息を吐きながらも嘲りの表情を浮かべた。
「はぁ、はぁー……やっと片付いたか。にしても、同じ攻撃ばかりで芸がなかったな!もっと面白いもんでも見せてくれるかと思ったのによ。」
「それはそれは…ご期待に応える事が出来ず、申し訳ない。ですが……僕のターンはまだ終わっていませんよ。」
「……そーかよ。くだらねぇ葉っぱ遊びはもう飽きた、さっさと終まいにしようぜ!!」
そう言い放った禍魂は、巨大な大鎌を頭上高く振り上げようとした。しかし、その身体はピタリと硬直する。
「……っ!何だ、これぇっ!?」
地面から生え出た何本もの太い蔓が禍魂の全身に絡み付き、動きを封じ込めていた。
「フッ…上手くいきましたね。」
「解けねぇぞ…!クッソー…いつの間にっ……!」
「君がもう少し冷静であれば、この子の存在に気付けたかもしれませんね…。計画通り、見事に掛かってくれて安心しましたよ。」
蔓は禍魂の身体に益々絡まり、締め上げていく。
力を込めても拘束はびくともしない。
彼女の表情は怒りと困惑で歪み、額には冷や汗が滲んでいた。
「気色悪い植物がっ……!こんなもん、俺の電撃で燃やし尽くしてやるぜ!!」
禍魂は全身に纏った電撃を、蔓に向かって放った。
バチ…!バチバチバチィッ!
凄まじい音が響き渡り、周囲の空気がビリビリと震える。しかし電撃を浴びた蔓は、燃え上がるどころか、より一層大きく成長する。
「は、はあっ!?おかしいだろ…!何で燃えねぇんだよっ!?」
彼女は何度も電撃を放つが、結果は同じ。
「おかしい、ですか。フフッ…これは獲物を捕らえるという単純なものではありませんからね。」
「…どういう意味だ?」
「この吸精蔓は、捕らえた者の生命エネルギーを吸収するのですよ。常に栄養を欲している少し困った子でしてね…しかし君の電撃が吸精蔓の大きな糧となってくれた。」
「生命エネルギー、だと…!?」
「近々、栄養を与えなければと思っていたので丁度良かったです。……では君のエネルギー、ありがたく吸い尽くさせて頂くとしましょうか。」
吸精蔓はもの凄い勢いで生命エネルギーを吸い取っていき、彼女の顔からスッと血の気が引いていくのが見て取れた。
「ふざけ、んなっ…!そんな馬鹿な事があってたまるかってんだっ!許さねぇっ…絶対に許さねぇぞ、一葉舞久蕗っ!!」
全身の力を振り絞って引き千切ろうとしても、所詮無駄な抵抗でしかない。吸精蔓は彼女の身体を完全に固定しており、肌に深く食い込んでいく。
「暴れたところで、より多くの生命エネルギーを吸収されるだけですよ。吸精蔓が奪ったエネルギーは、僕の持つ『葉刀』へと流れ込んでくる。つまり…君が弱る程に僕は強くなる、という仕組みです。君は僕に力を与える為の生贄に過ぎません。しかも、君のエネルギーは中々に美味だと随分と刀が喜んでいる。」
「畜生が…!」
彼女の身体は既に限界を迎えているだろう。
呻きながら力なくその場へ膝をつく。そして、ガシャン…と音を立てて大鎌が地面に落ちた。
「ぜぇー……はぁ……う、動け……動けよな、俺の身体っ……!」
「ほう…。生命エネルギーを既に九割は奪ったというのにまだ意識を失わないとは…何とも素晴らしい。」
「るっせー…!まだだ……まだ……俺は…っ!こんなところで、くたばるわけには……!」
「いい加減諦めてはどうです?…これ以上、抵抗をしても苦痛が増すだけだ。大人しく僕の糧となる方が余程楽な道だと思いませんか?君のエネルギーはちゃんと美味しく頂きますので安心して下さい。」
「……好き放題、言いやがって…!ぶ、ぶっ殺し…てやる……!てめぇだけはぁぁぁぁぁぁ!!」
朦朧とした意識の淵から最後の力を振り絞ったののか、禍魂の身体から底知れないおぞましいまでの殺気が噴出した。
驚くべき事に、その手に落ちていたはずの大鎌が吸い寄せられるかのように彼女の手に戻った。
そして大鎌を片手で振り回し、絡み付いていた吸精蔓を斬り刻んでいった。
「なっ……!?吸精蔓を刻むなど……!?」
完全に油断してしまった。
生命エネルギーをほぼ奪い尽くしたというのに、これ程の力を残していたとは…。禍魂終哉という女は、僕の予想を遥かに超えてくる。
フラフラと今にも倒れそうな足取りで、彼女は大鎌を構え直した。
「ふー……ふーっ…!覚悟は出来てんだろーなぁ?クソ男があぁぁぁぁ!!」
狂気じみた咆哮と共に突進してきた。その一撃は生命エネルギーを奪われる前よりも重く、速い。
僕は咄嗟に葉刀を構え、大鎌の刃を受け止める。
ガキィィィンッ!!
激しい金属音が響き渡り、腕に再び強烈な衝撃が走った。電撃を流し込まれたような痛みと痺れが走り、奥歯を食いしばる。本来なら彼女は指を一本動かすのもやっとの筈…だいうのに、この力強さは一体どういう事だ?
すると葉刀が融解しそうな程の熱を帯び、焦げ付いた匂いが漂ってくる。
「逃さねぇぞ。」
「ぐぅ……しまっ……たっ!!」
大鎌の刃から、これまでで最も激しい電撃が放たれた。回避する間もなくまともに浴びてしまった僕は体中の筋肉が硬直し、呼吸が止まる。視界が歪み、世界が回転する。
「ヒヒッ!……ほー、らよぉっ!!」
「ぐぁ…っ!!」
思い切り腹部を蹴飛ばされ、身体が宙に舞うと容赦なく地面に叩きつけられた。
焼けるような激痛が走る。呼吸もままならず、肺が酸素を求めてひくつく。
口の中には鉄の味が広がっていた。
「今度こそ終わりだ……!お前を殺して…月姫を持ち帰れば……俺は、ボスに……認められる…!」
フラフラになりながらも、禍魂は巨大な大鎌を僕の頭上高く振り上げた。
「(……嗚呼、ここまでか…。羽闇嬢を守れなかったのは悔いですが、後は華弦達に託すとしましょう…。)」
――その時だった。
遠くから、澄み切った歌声が耳に届いてきた。
歌声のせいなのか、禍魂の身体が激しく震え出す。
「な、何だ……この、歌は……っ!?頭が……急に……ゔぐうぅぅっ!!」
大鎌を投げ捨て、彼女は掻きむしるかのように両手で頭を抑えて苦しみに悶え始めた。
それとは対照的に、僕は何の苦しさも感じない。むしろ、心地よささえ覚える。
「歌…攻撃…。まさか……!」
身体を必死に動かし、歌声が聞こえる方へと視線を向けた。
そこに立っていたのは――マイクを両手で握りしめながら歌い続ける羽闇嬢と大剣を構えた鳳鞠だった。




