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クロの苦労ス

 聖堂の扉を開くと、早朝のひんやりとした空気と一緒に、小さな影がするりと中に入ってきた。


 黒く艶やかな四肢に、長い尻尾をピーンと立てて黒猫がしゃなりしゃなりとした仕草で、赤いカーペットの上を歩く。


「にゃーん」


「おや、猫なんていたのですね」


 話しかけると、黒猫は俺の足に身体や顔をこすりつけてきた。


 殺風景な荒野と曇天が蓋をしたような魔王城の周辺で、猫を見かけたのはこれが初めてだ。


「もしかして魔物の子でしょうか?」


「にゃーう?」


 猫はちょこんとお座りすると、金色の瞳を丸くしながら俺の顔を見上げて鳴く。


 しゃがみ込んで頭を撫でると目を細めた。王都の路地でしょっちゅう見かけるので、猫なんて珍しくもないのだが、人間を怖がらないのは珍しい。


「となると、野良ではなく魔王城の猫かもしれませんね」


「にゃーん」


 黒猫は前足で拭うように顔を洗った。喉の辺りを指でくすぐるようにすると――


「ごろごろごろごろ」


 上機嫌で黒猫はゴロンとカーペットに寝転がった。身体をひねってこちらにお腹をさらす。


 その股の辺りをみると、スルッとしていた。


「どうやら女の子みたいですね。お嬢さん、そのようなはしたない格好はいかがなものかと思いますよ」


 と、口では言ってみたものの、お腹側もモフモフである。思わず手を伸ばして腹の毛をさすろうとすると――


「にゃーん! フォアアアアアアアアアア!」


 黒猫は俺の手首を前足でホールドして、後ろ足で連打キックをしてきた。さらに指に噛みつき攻撃までしてくる。


 尻尾をバタバタさせて興奮しているようである。というか、地味に痛い。


 しばらく好きにさせていると、やっと落ち着いたというか、ハッと我に返った顔をして、黒猫は俺をじっと見上げた。


 前足の爪を引っ込めて、甘噛みしていた俺の指を黒猫は申し訳なさそうにペロペロなめる。


「大丈夫ですよ。私は神官ですから、この程度の傷はすぐに治せます」


 初級回復魔法でひっかき傷を治療しつつ考える。


「魔王城から誰か迎えが来るまで、しばらくここにいますか?」


「にゃーにゃ」


 黒猫はぐるんと身体を返して立ち上がった。世間一般では黒猫は不吉で、教会など神聖な場所には相応しくないという意見も耳にするが、そんな世間から隔離された“最後の教会”には関係ない。


 艶々とした毛並みはベルベットのように美しく、手触りはシルクの滑らかさだ。


 人なつっこい大きな瞳が印象的で、尻尾を優雅にゆらゆらさせて、俺が歩けば着いて来る。


 仕草にも愛嬌があった。腹を触ると怒るようだが、それすら可愛く思えてしまうほどだ。


 猫、可愛いよ猫。


「そうだ、お腹が空いていませんか?」


「にゃーん」


 こちらの言葉がわかっているとは思えないが、俺が語りかけていることはちゃんと理解しているようだった。


 朝の掃除は後回しにして、俺は私室に黒猫を招き入れると小皿に牛乳を注ぐ。


 黒猫は口の周りを白く染めて、小皿の牛乳をあっという間に飲み干し、お代わりまで要求した。




 聖堂に戻ると、俺は朝の祈りを済ませる。黒猫も、大神樹の芽に跪く俺に並んで、お尻をカーペットにぺたんとつけると「にゃーにゃー」と鳴いた。


 それからいつも通り、掃除を始めたのだが――


「ああ、おやめください猫さん。それは爪とぎではありません」


 講壇に立たせた案山子のマーク2の脚部を、黒猫は爪でガリガリとやり始めた。


 腋の下から引き抜くように抱っこする。猫、めっちゃ長いよ猫。


「にゃー」


 残念そうに黒猫は耳を伏せたが、反省した様子はない。ふてぶてしさはどこぞの魔王様と良い勝負だ。


 俺は清掃作業を始めた。


 が、掃除をしたそばから、黒猫が足跡をつけたり毛を擦り付けていく。換毛期なのか、黒猫の背中側を撫でるともっさり毛が抜けた。


「仕方ありませんね。掃除の前に貴方を綺麗にして差し上げましょ」


 俺は私室に戻ると、使わなくなった櫛を持ち出して黒猫をブラッシングする。しゃがみ込み、首回りから丹念に毛をすくと、黒猫は俺の膝の上に乗っかろうとしてきた。


 痛い痛い。前足で爪を立てるんじゃあない。


「わかりました。では椅子で続きをしましょう」


 聖堂の長椅子に腰掛けると、軽快な足取りで黒猫は俺の膝の上に乗っかった。


 適度な重みと温かさに、ホッと癒やされる。日々、人々を癒やし導くべき立場にある自分が、こんなにも心安らげるとは。


 黒猫は両の前足で俺の太ももをグイグイと交互に押し始めた。


 神官をねぎらいマッサージでもしてくれているみたいだ。肉球のプニプニ感もまた、たまらないものがあった。


「ありがとうございます。こちらからもお礼をしなくてはなりませんね」


 黒猫の頭頂部から背中にかけて、毛の流れに逆らわずスーッと櫛を通す。


「うな! うな! なーなー!」


 口を半分開けて黒猫は奇妙な鳴き声を上げた。腰とお尻をブルブルブルっと震えさせ、尻尾は天井を指し示すようにぴーんと上を向いている。


「おや、ここが気持ち良いみたいですね」


 俺が重点的に腰のあたりをブラッシングすると、黒猫は後ろ足を立ててプルプルと震える。


「なー! なーお! なーおなーお!」


「はいはい。もっとですね」


「なーなーなーお!」


 首は左右に振っているのに、逃げようともせず、目を細めて艶っぽい声を上げ、黒猫はご満悦の様子だ。


「ところでお名前はなんというのですかね」


「なーおぅ!」


「質問しておいて申し訳ありませんが、猫の言葉はわからないのですよ」


 魔王城の飼い猫なら、もっと前にニーナが連れてきたりもしそうなものだ。赴任してしばらく経ったが、今日、突然現れたのが不思議と言えば不思議である。


「いつから魔王城にいるんですか?」


「ななーおうぅ!」


 質問しながら下半身へのブラッシング……というか、マッサージは欠かさない。


「首輪もしていませんし……まあ、もし魔王城の猫さんでないのなら、この“最後の教会”の看板猫さんになりませんか? もちろん無理にとは申し上げません。三食昼寝付きですよ」


「ななななーおぅ!」


 これまでにない感極まったような声を黒猫が上げた途端――


 ぼうん! と、目の前に白煙が広がった。


 猫の重みが急に何倍にもなる。白煙が引くと、そこにはステラの姿があった。


 全裸で。


 長椅子に四つん這いになり、お尻をツンと上に持ち上げて、尻尾をビンビンに立てたステラが涙目になって俺の顔をのぞき込む。


「あう、あうぁ……はうああああああああああ!」


 人語を忘れてしまったのだろうか。悲鳴と獣の鳴き声をミックスしたような少女の絶叫が聖堂の天井いっぱいにこだました。


「何をなさっているのですかステラさん? それより、あの可愛い猫さんはどこへ?」


「う、うにゃああ! あ、あたしがその……猫さんにゃー」


 思わぬ所でステにゃん大復活。彼女の両手が俺の目を塞ぐ。


「あの、これはいったいどういうことなのでしょう?」


「え、えっとえっと……」


 完全にテンパっている魔王に俺は溜息混じりに告げた。


「ああ、まったく。また私に呪いをかけましたね。魔王レベル4記念で呪いチャレンジとでもいったところですか?」


「ど、どどど、どうしてわかったにゃん!?」


「素直ですね。ステにゃんさん」


 残念ながら、この教会の看板猫計画は現時刻をもって白紙撤回となってしまった。


「べ、べべべ別にバレたところでなんともないんだからね! 猫化の呪いだって大成功だったわけだし! それにレベル4の本当の実力は、まだまだこんなものじゃないんだから!」


 全裸で開き直るとか、こいつ最強だな。


 しかし、俺を猫にしてどうするつもりだったのだろうか。


 目元にぴたっと張り付いたステラの手が、じんわりと汗ばむ。


「目を閉じていますから、服を着てください……というかなぜ裸に?」


「服は猫化の呪いの対象外だったの! っていうか、変なとこブラッシングしないでよぉ!」


 呪いが解ける前に、さっさと逃げれば良かっただろうに。


 俺の顔からパッと手が離れたと思った途端、魔王は「と、ともかく本当の戦いはこれからなんだからね!」と、大神官に宣戦布告すると同時に、帰還魔法で教会から姿を消した。


 しんと静まり返った聖堂で俺はぽつりと呟く。


「何も魔法など使わずとも、ローブを貸して差し上げましたのに」


 歩いて帰れる距離でも魔法を使うのは魔王の横着に他ならない。


「さて、外の掃き掃除でもしますか」


 朝から騒がしかったな。と、箒とちりとりをもって正面口から聖堂の外に出ると――


「にゃーん!」


「なーご」


 純白に緑っぽい瞳の仔猫と、モップのように毛の長いグレーの大柄な猫が、教会の前で揃って俺の顔を見上げた。


 ステラが仕掛けて俺から反射した猫化の呪いが、拡散してニーナとベリアルを巻き込んでしまったのか。


 恐るべしレベル4魔王。脅威の迷惑さである。


 二匹が後ろ足でひょいっと立ち上がり、服に爪を立て俺の身体をよじ登ってきた。


 今、解呪をするともれなく大変なことになるのだけは、間違い無い。


「にゃーん!」


「なーごなーご」


 二人は猫になったことを半ば楽しんでいるように見えなくもないが、ともあれ教会は救いを求めるものに閉ざす扉をもたないのである。


 ああ……今日も一日がんばるぞい。と、俺は前向きに思うのだった。

シーズン4はしばらくまったりでいければとおもいます~

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