鬼魔族のやつどうかしてるぜ
白い砂浜に歩みを進めて、青白い鬼巨人が声を上げた。
「どいつもこいつも……鬱陶しいんだよ……まだやんのか?」
熱線に恐怖し逃亡した者もいるのだが、残った冒険者たちが炎や爆発系の魔法で応戦し続ける。
不思議とその攻撃は、散発的なものが一部に集中して当たるようになりつつあった。
ラクシャの動きが再び止まる。
「くそがよぉ……動けってんだよぉ……」
集中砲火は有効なようだ。逃げようか迷っていた冒険者が「待ってたぜこの瞬間をっ!」と、言わんばかりに引き返しては加勢する。
このまま封殺できそうな気配だが――
「なるほどなぁ……便利な魔法があるじゃねぇか……」
ラクシャの声とともに巨人の正面に半径一メートルほどの、対魔法防壁が展開した。
玉座のあるあたりを防御すると、群衆の中から凛と通った少女の声が響く。
「膝よ! 巨体を倒すには膝関節を狙うの……せーの!」
ドガガガガガガンッ!
と、轟音とともに爆発系の魔法が巨人の膝頭を吹き飛ばした。
ステラである。いつの間にか彼女が集団の音頭を取っていた。いいぞもっとやれ。
ラクシャが狙われた箇所にピンポイント防壁を合わせると、指揮棒を振るうように尻尾を揺らしてステラが「全員分散攻撃よ!」と、指示を切り替える。
「おい、なんかあの赤い鞄の娘、態度はデカいが胸はちっちゃいぞ」
「的確な指示ですね。ただ、胸は小さいですが」
「ひゅーひゅー! ネエチャン胸は小ぶりなのにやるじゃんよ」
「よし、みんなあの胸が小さな娘に呼吸を合わせるんだ!」
冒険者たちが魔王に容赦無い件。烈火の如く赤毛を逆立て炎の色に瞳を燃やして少女が叫ぶ。
「誰が身長に比して均整の取れた胸の大きさですって!?」
負けないポジティブさの魔王に幸アレ。
ステラの魔王由来なカリスマ指揮能力もあってか、ラクシャは熱線の第二射もできぬまま巨体を沈ませる。
俺が砂浜に出る頃には趨勢が決した――かに見えた。
ラクシャの……いや、鬼巨人の額だけでなく、その全身に無数の“目”の紋様が現れると、ステラの指揮で分散攻撃をしていた冒険者たちの表情が凍てついた。
黒魔導士の男が叫ぶ。
「なんだ……こいつ……魔法がッ! 魔法が利かないぞ!」
目の紋様はぎょろぎょろと見回すように動くと、冒険者一人一人を見つめた。
その目に映った冒険者を“目”が読み込む。魔導士が魔法を放ち、着弾する瞬間だけラクシャの対魔法防壁が展開し、ダメージを防いでみせた。
あまりの早さに誰もが唖然とするばかりだ。魔法を無効化されているのは事実だが、そのプロセスを理解しているのは恐らく俺くらいなものだろう。
巨人の吹き飛んだ膝のあたりに、銀色の血管のようなものが内部から生えて巻き付き、その金属と陶器を合わせたような冷たい肉体を甦らせる。
触手のように蠢く金属の管が繋がると、巨人の身体がゆっくり持ち上がった。
再びラクシャが立ち上がる。正確な枚数まではわからないが、数十枚の魔法防壁が冒険者たちの攻撃に反応して展開と移動を繰り返していた。
ラクシャの声が響く。
「ンガ……頭ガ……割レル……熱イ……痛イ……殺ス……全員……殺ス……」
声に抑揚が無い。鬼巨人の角がサーベルタイガーの牙のように反りながら伸びて、さらに全身の形状が禍々しく凶暴かつ凶悪な姿に変わっていった。
全身に浮かぶ目の紋様から、うっすらと魔法の光を放ち始める。
進化するとともに、ラクシャはさらに同化を……いや、もはやラクシャが巨人ゴーレムに取り込まれ、パーツの一部として組み込まれつつあるのかもしれない。
先ほどまで派手に爆発、炎上、雷撃も加えていた冒険者たちが、巨人の魔法防御に怯んだその時――
熱線がステラのいる集団中央をなぎ払った。俺は即座に防壁魔法を積層展開して巨人の口の前に広げる。
到底抑えきれるわけではなかったが、勢いをほんの少しだけ弱めて熱線の一部を拡散させることには成功した。
白魔法に心得のある冒険者の一部は防壁を展開したが、攻撃特化の黒魔導士たちは綺麗に焼却される。また各地の教会が儲かるな。冒険者の命の軽さ選手権、魔族と人間が争いだしてから今日まで、休むことなく開催中。
「いやああああああああああ!」
悲鳴を上げたステラだが、背中の鞄から青水晶が飛び出すと少女の眼前に強固な防壁を展開した。
「あ、あれ? あたし……生きてる?」
熱線照射が終わり、白い砂浜が黒く焼けた中に少女はぽつりと立って呟く。
青い水晶は真ん中からひび割れて、二つに欠けるとドサリと地に落ちる。
「あたしを庇ってくれたんだ……ありがと……なんか、怖がってばっかりでごめんなさい」
シュンとする魔王に水晶は答えず、ゆっくりと灰となって風に溶けて消えた。使命を全うしたモノの、儚くも満足げな余韻を残して。
二度目の熱線から生き残った冒険者は残り三百名だが、すでに戦意を喪失しつつある。
メリーアン率いるメイド部隊も、陣形を組んで防壁で熱線こそ防いだが、それで手一杯で反撃の余力は無さそうだ。
俺はステラの元に合流した。
「ちょっと、どこに行ってたのよ! 鞄の中の人が守ってくれなきゃ、あたし……」
「今のは帰還魔法で戻るところですよ」
「そ、そしたら誰があのデカブツを止めるのよ?」
この戦い、魔王が鍵を握っていたが実際に開くのは別の人物だ。
そろそろ思考しても良い頃だろう。敵をだますには味方から。ラクシャを騙すには俺自身から。
各自が考えそれぞれ行動した結果が、まもなく形となって現れる。
巨人の背中側からスッと少女が現れて、肩の上に立つ。どうやら、二度目のダウンの時に背後に回り込んで、すでに取り憑いていたらしい。
あえてどう動くのか打ち合わせもしていなかったが、彼女なら最大限のチャンスに仕事を完遂すること信じていた。
シスターゴーレム――ぴーちゃんの勇姿が巨人という山の山頂付近にあった。聖なる水銀をチェーンのような形状にして、角に巻き付け下っていく。
巨人の胸を伝って何度となく蹴りながら、ハッチのある鳩尾まで降下した。
巨人が俺の思考を読み取った時には、もう手遅れだ。
ぴーちゃんは指先から水銀をハッチの隙間に浸透させ、鍵穴を探し出し、物理的な施錠を解除するとシスターは扉を引きちぎらんばかりの勢いで開く。
というか、実際にぴーちゃんの膂力によって、扉が吹き飛んだ。
念のため魔法の鍵を強奪……もとい、善意の協力者から提供してもらっていたのだが、無駄になりそうだな。
冒険者と、最終的にそれを率いたステラの奮戦を、ぴーちゃんは陽動として利用した。
一層“目”に頼るようになったラクシャの死角をつき、気づかれることなく王手をかけた彼女こそMVPだ。
だが、シスターの動きがぴたりと止まり、次の瞬間――
「イヤアアアアアアアアアアアッ!」
普段から悲鳴など上げることのなかったゴーレム少女の身体に、金属のようにテカりぬめりを帯びた、子供の腕の太さほどもあるミミズのような触手が巻き付き、その自由を奪った。
ステラが呆然と見上げたまま呟く。
「ちょ……なによ……あれ……」
「これは自爆スイッチどころではないですね」
ハッチから止めどなく金属触手が溢れ出る。俺の予想は当たったようだ。ラクシャは巨人の一部となって、さらに力を増そうとしているようだった。
同じ系統の技術で作られたのなら、ぴーちゃんに内蔵されている魔導炉を巨人が取り込もうとしてもおかしくない。
金属の触手が手足に巻き付き締め付けられて、シスターはのけぞるように顎を上げてて悲鳴を上げた。
「やめて……いや……わたくしの中に……入って……こないで……」
俺は視線を上げたままステラに訊く。
「ぴーちゃんが取り込まれる可能性を失念していたのは、私の判断ミスです」
ステラがそっと首を左右に振った。
「その前に倒しきれなかった、あたしのミスでもあるから」
「一緒に取り返しに行きませんか?」
「失点を? それとも、ぴーちゃんを?」
ステラの声に怯えるような素振りは微塵も無い。
俺はそっと魔王の手をとった。
「もちろん、取り返すのはその両方です」
今はまだ巨人は魔法に対する防御しか覚えていない。弱点に対して強めの説得(物理)をする、これが最後のチャンスかもしれなかった。




