売らないし
ベリアルが小さな酒瓶を手に満足顔で合流した。ぱっと見たところ、呼吸脈拍ともに正常。酒瓶も栓が蜜蝋で密閉されたままだ。
瓶に頬ずりして「帰ったら一杯付き合えセイクリッド」と、これまでにない上機嫌っぷりである。
「試飲で潰れなければお付き合いいたしますよ」
「約束だぞ」
どのみち、拘束衣の出番は不可避といったところか。
ベリアルに遅れること三分――ぴーちゃんが集合予定時間ぴったりで帰還した。彼女は俺にそっと首を横に振る。賢者に関する情報の収穫は残念ながら無かったか。
さらに五分遅れでステラが戻ってきた。特に買い物をしたようには見えない。
「ごめんね、ちょっと遅れちゃったわ」
素直に謝るところまで、らしくないといえばらしくないな。俺は首を傾げた。
「ところで、アコさんとカノンさんと一緒じゃなかったのはどうしてまた?」
ステラは視線をそらした。
「ね、猫がいたのよ。可愛いなぁって思って追いかけてたら……はぐれちゃって」
すかさずアコが言う。
「猫なんていなかったよステラさん。それより、魔法大会にはちゃんと出られたの?」
あっ……察し。
先ほど砂浜の特設会場で行われていた、魔法大会にこっそり参加したな。
俺の顔色からすべてを読み取って、ステラが焦り気味で早口になる。
「だ、だだだ大丈夫よ。ちゃんと手加減して上級爆発魔法にしておいたから。ちなみに、今の所エントリーした中ではぶっちぎりの一位だけど……お、温泉は美肌効果もあるっていうし、みんなでまた……ね。もし宿泊券がうっかり手に入っちゃったら、それはもうしょうが無いじゃない。ベリアルもそう思うわよね? お風呂に浸かりながら呑むお酒って、美味しいんでしょう?」
大会の優勝賞品の目当てか。しかし魔王よ、もしアコやカノンもついてきた場合、入浴時に魔王コスプレが本物だとバレてしまうのではなかろうか。
大浴場ではなく家族風呂を予約すればいい? なるほど、その手があったか。
ニーナが一人で風呂に入れるか、少々心配だな。ああ、心配だ。とても心配なのである。
様々な観点から考慮した結果――俺は焦ってキョロキョロしまくる魔王に告げた。笑顔で。
「見逃すのは今回だけですよ」
「ふぇ!? 怒らないの?」
時には大神官もデレるのだ。
最新の魔導器展示会場では、大きな箱型の装置に人気が集まっていた。
大きさは教会の懺悔室より少し大きいくらいか。何人かで中に入ると、そこで撮影が行われて写真というものになるらしい。
今日の来場の記念に、全員で撮影した。印刷された写真を人数分購入して配る。
日付の入った写真に、アコとカノンとステラが瞳を輝かせた。
「「「なんかいーかも!」」」
ニーナは「ふえぇ」と、写真を不思議そうに見ている。ベリアルはというと「この姿よりもどうせなら本気の姿の方が良い」と、不満を漏らした。
巨獣化したら箱型の装置に収まりきらないな。
ぴーちゃんは写真をじっと見つめたまま「わたくしに撮影印刷モジュールがあれば、こういった装置は必要ありませんわね」と、ぽつりと呟いた。
撮影は目でするのかもしれないが、印刷したものはどこから……まさか口から出るのか?
真面目に追加機能について考えるぴーちゃんに、ステラが溜息をつく。
「そんなのダメよ! ダメダメね」
「あら、わたくしがより完璧な存在になることを、恐れていらっしゃいますの?」
魔王はシスターゴーレムの顔を指さした。
「あなたが撮影するんじゃ、あなたが映らないじゃない!」
言われた途端、ぴーちゃんがステラから視線をそらした。
「わたくしは別に……」
「写真撮るなら、ぴーちゃんも一緒じゃなきゃ。一応ほらその……な、仲間……だし」
言ったステラまで顔を赤らめて視線を落とした。
なにこの感じ、恥ずかしい。
ぴーちゃんは「では、自撮り機能も実装してもらいますわ」と、小声で付け足した。
まんざらでもないのか。自称、心ないゴーレムだが、短期間のうちにずいぶんと変わったものだ。
続けて“運命の道しるべ”と題した占星術コーナーに足を運んだ。古い砦の回廊を利用しており、占い師たちがずらりと天幕を並べている。
来場者の入りはそこそこだ。中心街から外れたところにあるのだが、人いきれに疲れたところなので小休止にもうってつけだろう。
占い師たちは使う道具も様々だ。
金運や仕事運など、それぞれ得意なジャンルもあるようだが、テーブルに青い布を引いて、ちょこんと椅子に座ったまま微動だにしない少女の前で足を止める。
テーブルに裏返したカードを円を描くように広げ、真ん中に小さなクッションを置き、水晶玉を鎮座させる姿には、見覚えがあった。
「こんなところで何をしていらっしゃるのですか、ルルーナさん?」
「……占い」
俺の手ほどきで、占いを独自の格闘術にまで発展昇華させた双子姉妹の妹は、天幕の看板に堂々と「恋占い&呪い」と掲げていた。
せめて“おまじない”くらいの手心を加えてほしいものだ。
ベリアルが、先ほど撮影した写真をルルーナに見せて、俺の顔を指さす。
「この男に死の呪いを頼む。成功報酬だが、上手くできれば望みのままだぞ」
「……御意」
御意じゃないだろ。ステラがムッとした。
「ちょ、ちょっと待って! セイクリッドを呪うのは、あたしの専売特許なんだからね! 素人が手を出したら火傷じゃ済まないわよ。最悪眉毛が濃くなったり、お、おちんち……なんでもないわ!」
よかった。ラステくんなんていなかったんだ。
ベリアルも「ステラ様がそうおっしゃるなら」と、写真を引っ込めた。
これぞ、呪い返しを受けさせたら業界ナンバーワン魔王様の説得力である。
と、続けてアコが前に出る。
「じゃあじゃあボクの恋愛運を占ってよ! ステラさんとの相性がいいなぁ!」
「……御意」
まだ占い始める前にカノンまで声を上げた。
「恋愛よりも金運! 金運でありますよ! 無一文でありますし!」
占い始めようとしたルルーナが、そっと俺に視線を向けた。
「……お次のお客様、どうぞ。あ、そこ邪魔だから」
アコが「うあああああ! そういえばお金無かったんだっけ!」と、他人ごとのように声をあげた。俺をチラチラとみるな。大神官は勇者のお財布ではございません。
さて、俺に番が回ってきたようだ。と、その前に、初対面の二人を紹介しておこう。
「ぴーちゃんさん。彼女はルルーナ。以前、上級魔族がらみのトラブルに巻き込まれていたので、お助けしたのですよ」
「……その節はどうも」
ルルーナが椅子にかけたまま、ちょこんとお辞儀をした。ぴーちゃんは「あら、そうでしたのね」と、素っ気ない態度だ。
「ルルーナさん。彼女はぴーちゃん。私はぴーちゃんさんと呼んでいます。こう見えてゴーレムです」
ぴーちゃんが神官服の裾をつまんで、メイド風のお辞儀をした。
「初めまして。この度、セイクリッド司祭様の教会で補佐役を拝命いたしました。正式名称は少々長いので割愛いたしますわ。ぴーちゃんとお呼びくださいませ」
「……ルルーナ。売れっ子占い師」
さらっと嘘を混ぜ込むのやめなさい。
さっそくぴーちゃんが依頼をした。
「では、そうですわね。ある人物を探しているのですけれど、どこにいるか占っていただけますかしら?」
「……御意」
何の情報も訊かずに、ルルーナはカードをシャッフルして一枚だけめくって表にした。
「……女教皇、正位置」
カードには白いローブ姿で書物を手にした女性が描かれている。ぴーちゃんが確認した。
「わたくしが誰を探しているかも言っていないのですけれど……このカードでわかったのかしら?」
ルルーナは首を左右に振った。
「……わからない。カード……苦手だから」
オイコラ売れっ子占い師まるで成長していない。
なのに占い師は、どことなく仕事をやりきったような満足げな顔で、そっと手を差し出す。
「……お金。情報はタダではないから。姉さんを探すのにもお金がいるし」
ああ、もうだめだこの占い師。
すると、ニーナが背負い鞄からお財布を取り出して、キラキラしたものをルルーナの手のひらにそっと置いた。
「はいお金です」
「……貝殻? ええと……まいどあり」
砂浜に行った時に、どうやら拾っていたらしい。桜色の花びらのような綺麗な貝殻だった。
ぴーちゃんはニーナにとって妹なので、おねーちゃとして責任をもって支払いをしたのである。
カード一枚の報酬には、充分だな。




