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開発部が(二日と)一晩でやってくれました

 出発の前日――


 昼前に大神樹管理局:設備開発部から二つの品物が届いた。


 一つは従順なる拘束衣。一度着用すると聖なる呪いの力によって、本人の意志では脱ぐことができないという。聖なる呪いってなんだろう。素朴な疑問を禁じ得ない。


 解呪の魔法は不要で、誰でも簡単、他者の手によってのみ脱がすことができる仕様である。


 清楚さを現わす純白のなめし革は、薄く柔らかく身体にフィットする特殊加工が成されていた。


 多少の伸縮性も開発部脅威の技術力で付与されており、開発部の無駄に高い技術力が垣間見られる。


 弱点は通気性。発汗などで“蒸れる”とのことだ。この時、汗などに拘束衣が反応して、全身をギュッと締め上げてしまうのだとか。


 飲酒時の体温上昇を考慮すると、この特性は致命的に致命傷の予感しかしなかった。


 発注に際しベリアルのスリーサイズをどうやって調査したかについては、大神官の企業秘密である。


 そしてもう一点は、こちらも革製で一見すると箱のようにも見える、背負い鞄だ。


 真っ赤なそれは、ニーナが背負うと若干大きすぎるようにも思えた。


 セットでエノク神学校初等部の制服もついてきて、これはもう完全に製作者の趣味の領域である。


 開襟シャツにタイとジャケット、スカートにニーソックスと革靴だ。高名なデザイナーであるアルルマーニ氏が手がけた高級品だ。丸いツバの学帽まで一式、全身コーディネートされていた。


 聖堂で独り待っていると、着替えを終えて赤い箱型の鞄を背にしたニーナが、俺の私室から姿を現す。


「お着替えできました。似合ってます?」


「ええ、大変よくお似合いですよ。どこから見ても、エノク神学校初等部の学童にしか見えません」


 これなら学術研究都市マリクハにも、すんなり溶け込めるに違いない。


 ニーナ嬉しそうにぴょんぴょんその場でジャンプした。


「わーいわーい! おにーちゃに褒められたのです」


 制服にはベリアル向けの拘束衣のような、特別な呪いなどはかかっていないのだが……安全面を強化するため、ニーナの背負う赤い鞄が“特別仕様”だった。


 鞄からかすかに聞こえる、女の歌うような声。




「フォーン……フォーン……フォーン……」




 やばい水晶がインサイド。ニーナ防衛装備「乱弩背留らんどせる」は、緊急時に防壁魔法を展開。同時に魔力粒子砲を弩弓のように乱れ撃つという、専守防衛の理念で殲滅行動を展開する特殊兵装だ。


 内蔵水晶が発信器の役割もこなし、仮にニーナが迷子になって即座に発見、駆けつけることが可能である。


 返り血をごまかせる赤もオシャレだ……が、魔力粒子砲の威力は“麻痺”にしておこう。内蔵水晶が独自のアルゴリズムで襲撃者の危険度を判定し、威力を増す段階式強化に設定した。


 ちなみに、テストと称して俺が乱弩背留に攻撃を仕掛けたところ、致死性の魔力粒子砲が飛んできたのは真に遺憾の意である。


 魔王の攻撃ならいざ知らず、神官の攻撃くらいで全力を出しすぎだ。


 アルゴリズムにいささか問題ありのようだが、三日で仕上げた開発部を今回ばかりは賞賛するよりほかない。


 俺が乱弩背留の仕様を思い出していると、ニーナが楽しげに歌い始めた。


「お泊まりお泊まりうれしいな~♪ しんこん旅行じゃありません~♪ しゃかいかけんがくのいっかんですから~♪」


 楽しげにスキップで聖堂の赤いカーペットを行ったり来たりする幼女に、俺はつい目を細める。


 と、少しだけ私室の扉が開いて、鋭い視線が俺に突き刺さった。


「セイクリッドよ。これのどこが特殊強化服なのだ」


 白い拘束衣を装備したベリアルが、下唇をキュッと噛む。


「その服さえ着ていれば、いくらでもお酒を召し上がっていただけますよ」


「どうしてこうもサイズがぴったりなのだ?」


「開発部の技術力ですかね」


「なぜ、一度着たら脱げぬのだ?」


「自分では脱げない仕様ですから。ステラさんかニーナさんに脱がせてもらっててください」


「きさまを殺したいと思ったのはこれで何度目だろう」


「それはきっと気のせいですよ。私はベリアルさんと仲良くしたいと、常日頃から思っていますし」


 ベリアルは小さく開けた扉をバタンと閉めて、俺の部屋に引き籠もった。


「GRUAAAAAAAAA!」


 まさか、なんの前触れもなくいきなり巨大化による実力をもっての脱衣だと?


 待て待て教会の建物は大神樹の芽によって、その構造物としての強度は尋常ならざるレベルだぞ。


 つまり、ベリアルの身体が間取りにみっちり詰まって“キューブ状のベリアル”になりかねない。拘束衣は破れるかもしれないが、どのみちミッチミチだ。


 部屋がベリアルの肉体で埋まる=建物は無事でも我が私物が大惨事確定である。


 慌てて扉を開けると、興奮して汗びっしょりになったベリアルが、人間の姿のまま床に横たわっていた。


 浜辺に打ち上げられた魚のようにビクンビクンと跳ねる。


 紅潮した顔でベリアルが俺に訴える。


「まさか力まで封印されるとは思わなかった! 今すぐ脱がせろ大神官! そしてわたしにぶちのめされるがいい!」


「そうはいきません。今、ステラさんをお呼びしますね」


あるじにこのような姿は見せられぬ!」


「私なら見せてもいいのですか?」


「……ステラさまに見られるくらいなら、きさまの視線の毒牙にかかり辱めを受ける方がマシというものだ……ハァ……ハァ……はう! また身体が締め付けられるッ!? このグイグイと引き締まり、身体に食い込む感触はなんだッ!?」


 ますます熱い息を吐き、ベリアルは床でジタバタした。


 ミチッ! ミチッ! と、食い込む音が聞こえるほどである。


「汗をかくと身体を引き締める痩身効果があるそうです」


「なんだと! ではきさま……わたしを思ってこれを……」


「ええ、もちろんですとも。お酒が進めばついついツマミなども食べて、太ってしまうかもしれません。ベリアルさんには健康的に末永くお酒を楽しんでいただきたいのです」


 ※1.ただし効果には個人差があります。


 ※2.個人の感想です。


 眉尻を下げてベリアルは俺から視線をそらしつつ、床を人差し指でこねはじめた。


「意味がわからぬ。わたしへの嫌がらせなのか、それともこれは愛情……も、もちろん隣人愛的なものの裏返しなのか……」


 困惑するベリアルに俺は咳払いを挟んで告げる。


「とはいえ、私も押しつけがましいことをしてしまいました。あまりご無理をなさらずに。その特殊強化服は着るだけで修行やトレーニングができる類いのものです。ベリアルさんはそのままでも充分に強く、なによりお美しいのですから不要でしたね。早急に私の方から、開発部に返品の手続きをいたします」


 ベリアルが床をごろんと転がった。仰向け気味になると俺に言い放つ。


「そ、そ、そこまで言うなら着こなしてみせようではないか! 白無垢というのもその……悪くない。いや、他意はないぞ! ないからな!」


 どうやら着てくれる気になったらしい。


 こういうのを人間の世界では“結果オーライ”という。




 ベリアルの酒癖対策とニーナ護衛。二つの課題をクリアした。


 留守中の教会については案山子のマーク2にお願いする。ぴーちゃんを介して通訳してもらい、意思の疎通もスムーズだ。


 うっかりラヴィーナやルルーナ、もしくは見知らぬ第三者の魂が、この教会の芽に送り込まれた場合は、蘇生&転移魔法で王都に転送するよう、マーク2には手はずを整えてもらった。


 そして――




 開催日の前日、賑わうマリクハの街の片隅にある教会へと、俺は魔王様御一行を連れて転移魔法で降り立った。


 海風が潮の香りを運んでくる。湾に面したマリクハは貿易港としての側面もあった。


 街は王都ほど建物も密集しておらず、道は広く整然としている。王都下町の喧噪を五倍に希釈したようなマリクハの街は、チェスの盤面になぞらえられることも多い。


 街の案内図を確認しつつ、格子状の道を行く。ホテルは南側の港湾近くにあって海を一望できるのがウリらし。


 街一番の高級宿は、見上げれば魔王城ほどではないにせよ、ちょっとした城のような趣だった。




 チェックインを済ませたところで、さっそく問題発生である。


 五人部屋が用意されるはずが、手違いで別の部屋をあてがわれてしまったのだ。


 初めての街を歩くだけでもウキウキとして、ご満悦だった魔王様が悲鳴をあげた。


「え、ちょっと……ベッド四つしかないんですけぉ!」


 すぐにベリアルが補足した。


「問題ありませんステラさま。この部屋はステラさま、ニーナさま、ぴーちゃん、わたしの四人が利用する女子部屋で、セイクリッドには別の部屋をあてがわれているのでしょう。そうだな大神官?」


「いえ、チェックインの時に鍵は一つだけでしたから、きっと宿側の手違いでしょう。少々お待ちください。確認してきますので」


 下ろした手荷物を広げる前に、俺はホテル一階のフロントに向かった。


 賢人超会議の開催を明日に控え、ロビーは旅行者でごった返している。俺たちがついたのはチェックインができるようになる午後三時ちょうどだったが、あれからものの十数分で、ロビーの利用者は倍に膨れ上がっていた。


 人の群を縫うようにしてフロントに向かう。


 現在の部屋の鍵を見せつつ確認した。


「すいません。手違いで別の部屋があてがわれてしまったようなのですが」


「おや、お客様、()()()いったいどうなされましたか?」


 初対面の俺に対して、妙なことを言う男だ。


 変に思いながらも、俺は髭ダンディーなフロント係に事情をさっと説明した。男は「はて?」と首を傾げてから、俺の顔をじっと見つめて告げる。


「お昼頃でしたでしょうか……チェックイン前にお客様自ら四人部屋に変更手続きをなさいましたよね? たしか宿泊は五名様ですが、小さなお子様の分のベッドは必要ないとかで」


 そんな手続きなどしていない。つい先ほど、俺たちはこの街にやってきたばかりだ。


 俺も調べ物などで何度かマリクハに足を運んだことはあるが、このホテルを利用するのは今日が初めてだった。


 確認のため、俺は自分の顔を指さして訊く。


「本当にこんな顔の男でしたか?」


 髭ダンディーは八の字状の口ひげをそっと撫でながら「ええ、もちろんですともお客様」と、怪訝そうである。


 俺は眉一つ動かさず返答した。


「実は双子の弟が降りまして。どうやら情報の行き違いで四人部屋にしてしまったようです」


 フロントは小さく頭を下げる。


「申し訳ございませんがお客様。今からですともう五人部屋をご用意することは難しく……」


 遺憾いかんながら、ここで責任者出て来いなどと問い詰めて、事を荒立てたくはない。


「そうですか。部屋の方はそのままで結構です。食事の方はどういった手配でしたでしょうか」


 俺の見せた鍵の部屋番号をメモしながら、フロントは「お食事は五名様で予約を受けております。午後七時より二階の大食堂にて、マリクハ近海の海の幸を堪能いただけるコース料理をご用意いたして、従業員一同心よりお待ちしております」と一礼する。


 フロントからロビーに戻ると、俺は心の中で叫んだ。


 今、ここに私が来なかったか? ばっかもーん! 今のが賢者だー! と。


 どうやら賢者やっこさんは、本当に俺とうり二つの顔をしているらしい。


 そして、少なくとも数時間前までは、このマリクハに居たようである。こちらの行動を把握し、介入してきたのがこれでもかというくらい気がかりだ。


 偶然同じように五人部屋を借りた賢者が、偶然四人部屋に変更して、偶然取り違えられた可能性が万に一つくらいはある。


 つまり万に9999は偶然ではない。


 しかし、嫌がらせをするなら宿をキャンセルでもすればいいのに、部屋替えとは中途半端すぎて意味不明な行動だ。


 さて、どうしたものか。むしろ賢者がこの街にいるとすれば、接触の機会があるかもしれない。反面、罠の可能性もあった。


 慎重と臆病は紙一重だが、賢者から接触してきたこの機会を棒に振るのはいささか臆病に過ぎるのではないかと思えた。

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