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毎日の健康に大神官効果

 聖堂に女騎士が一人、赤いカーペットをまっすぐ俺の元にやってくる。


「くだらない用件であれば、斬って捨てるぞ神官」


 親指で剣の柄を押し上げ白刃をちらつかせるベリアルに、俺はめいっぱい柔和な笑みで返した。


「まあまあ、殺気立たずに。お茶でもいかがですか? たっぷりと蒸留酒ブランデーをいれたものもご用意できますよ」


 美しい切れ長の眉をあげて、ベリアルは口元を緩ませた。


「その手はくわん。きさまは、わたしをベロベロに酔わせて上級魔族の尊厳を蹂躙し、陵辱の限りを尽くすつもりだろう?」


 こちらから一切手も触れていないうちに、全裸になる上級魔族の尊厳とはいったい。


 しかし、警戒されてしまったか。


 と思いきや、ベリアルは俺の顔をびしっと指さした。


「ところで貴様の非番はいつなのだ? 一週間以上、教会を空けて……それができるなら、一日ぐらいは……いや、一晩くらいは都合をつけられるだろう」


 うす褐色の肌がほんのり汗ばみ、上気する。呼吸も少し荒い。


「いきなりどうなさったのですか?」


「だ、だから……以前にその……王都の美味い店を紹介してくれるとか、その……さ、酒は別にステラ様に禁じられているわけではないのだ!」


 誰への言い訳だ? おそらく自分ベリアル向けだ。飲みにつれていくのはできなくもないが、勢い余って酒場で巨大化したり脱いだりされては困る。


「そうですね。王都の夜遊びデビューには、少し訓練が必要です」


 紫色の瞳がキョトンと俺を見つめる。


「つ、つまり訓練をすればいいのだな?」


「お酒が入っても、ベリアルさんの冷静さや指揮能力、優秀かつ忠義の騎士としての矜持きょうじを維持できるようであれば、喜んでお連れいたします」


 結論:脱ぐな。


 だが、これを言うと脱いだ脱いでいない脱がされた聖職者じゃない生殖者だと、ベリアルが俺を糾弾きゅうだんしかねない。


 ベリアルはフンッと鼻を鳴らす。


「よし。そうと決まればさっそく訓練を始めよう」


「あの、お待ちください。それはそれとして、今日は別に相談したいことがありまして」


 ベリアルは腕組みすると、しぶしぶうなずいた。


「仕方あるまい。大方、ステラ様の真の配下になるにはどうしたらいいか、悩んでいるのだろう悪魔神官(仮)のセイクリッドよ」


「いいえ、違います」


 どうやったら俺がステラの配下になりたがっていると勘違いできるのだ。


 ベリアルは驚いたように口を開いた。


「ば、バカな……」


 ショック受けすぎじゃないか。このままではベリアルがあらぬ勘違いをし続けかねない。


 紅茶入りの酒で頭を柔らかくしてから、説得する予定だったがとっとと本題に入ろう。


「実は近々、とある街で賢人超会議という催しがありまして」


「だめだ」


 はやーい。


「まだ最後までお話していないのですが」


「そのチケットが手に入ったので、ニーナ様を連れだそうというのだろう。きさまの考えるようなことなどお見通しだ」


 勘の良いベリアルは嫌いだよ。と、表情に出さないよう、目一杯の営業スマイル続行中だ。


「おっしゃる通りです。この時期、なかなか手に入らない食事付きの高級宿泊券なのですが……人間世界の知恵の祭典と聞けば堅苦しいですが、要はお祭りですのでニーナさんもきっと楽しめるかと」


「見知らぬ土地で、人間がたくさん集まり出し物などがあちこちにあるような場所は……危険だ」


「ニーナさんを連れて、王都にお菓子を買いに行ったことは一度や二度ではありませんよ? 王都の賑やかさには慣れていらっしゃるかと思うのですが」


 ベリアルはゆっくり首を左右に振る。


「まだニーナ様は、きさまの前で遠慮しておられる。猫をかぶっているのだ。本気の甘えを知らぬから言えるのだぞ」


 なんだと? 幼女はまだ俺に対して本気を出していなかったのか。かわいい。


 ベリアルは深刻そうな顔つきで続ける。


「祭りとなれば好奇心旺盛なニーナ様は、きっと迷子になる! 魔王城でニーナ様が本気でかくれんぼをした時など、一昼夜探し回ったくらいだ」


 知られざるニーナの能力――「かくれんぼしよーね。おにーちゃ鬼ね」とお願いされて、うっかりイエスとは言えない件。


「大丈夫ですよ。そうなった時は私も“全力”で一緒に探しますし……そうだ、迷子になっても居場所がわかるような便利な魔法道具を、開発部に発注しましょう」


 上級魔族は眉間にしわを寄せた。


「仮に私が許したとしても、ステラ様がなんとおっしゃるか」


「ステラさんなら了承済みです。賢人超会議は知の祭典。魔法という叡智の研究発表の場でもあります。ステラさんの黒魔法の熟達にも、きっと良い刺激になるかと思いまして」


 ベリアルはギリギリと歯ぎしりを始めた。


「ぐぬぬ……き、きさまは神官として何をやっているのか自覚があるのか?」


本部だいせいどうからは、隣人を愛しご近所付き合いを円滑にせよとも言われておりますので。ステラさんの喜びは、すなわち私自身の喜びです」


 俺は自身の胸に手を当ててうやうやしく一礼した。


 そっと頭を上げると、ベリアルはまだ厳しい眼差しを俺に向け続けたままだ。


「き、貴様がいない間、教会はどうするのだ?」


「留守はマーク2さんにお願いする予定です」


 間違って魂が誤配送された時は、蘇生と同時に王都の教会に転移魔法してもらうよう、ぴーちゃん経由でお願いしよう。


 ベリアルは俺に詰め寄った。


「ともかくだめだだめだだめだ! ともかくだな……グデグデになるのは目に見えている! ステラ様のことだから、行列に並ぶ忍耐力もなく、なんとなくボーッと目的意識を持たないままブラブラして、何の成果も得られず帰ってくるに違いない!」


 ベリアルから見た魔王様の評価低すぎ事件。


「ちゃんと私が旅行のしおりも作成しますよ。自由時間もきちんと設けつつ、みなさんで楽しめるようにスケジューリングもいたします」


 紫の髪を振り乱してベリアルは頭を抱えた。


「ああ、見える! ステラ様がはっちゃけるお姿が! ニーナ様の笑顔が! だが……わたしは……」


 ベリアルも上級爆発魔法を使うことができるので、黒魔法の発表は楽しめると思うのだが……。


 もう一押しが必要だ。俺はそっとベリアルの隣に立って彼女の耳元で囁いた。


「実は知の祭典と言いましたが、醸造学も出店がありまして……各地の銘酒が集まっての試飲会も催されるのです」


 ガクッと膝から崩れ落ち、女騎士は赤いカーペットにひざまずく。


「悪魔よ去れ!」


 前略上級魔族様。本年度“お前が言うな”大賞ノミネートおめでとうございます。


 誘惑に心が揺れて嵐の中の難破船と化したベリアルの元に、突如天使が舞い降りた。


 聖堂の正面口が「うんしょ」の声とともに開き、小さな影がトテトテとこちらにやってくる。


 ニーナだった。


「ベリアルおねーちゃだいじょぶ? おにーちゃお願いです。ベリアルおねーちゃ、お腹痛いみたいだから」


 心配そうに碧眼を潤ませて、ニーナはうずくまるベリアルの頭をそっと撫でる。


 俺は膝を折ってニーナと視線の高さを合わせた。


「大丈夫ですよニーナさん。ベリアルさんは、少し疲れているだけです」


 ベリアルはゆっくりと立ち上がった。


「心配はございませんニーナ様。ですが……その……」


 女騎士は俺に視線でサインを送る。口止めのつもりらしい。


 ベリアルが立ち上がったので幼女は「ほっ」と息を吐いた。


「よかったぁ。これからご旅行・・・だから、ベリアルおねーちゃ元気でよかったなぁ」


 残念だったなベリアル。ニーナにはすでにステラ経由で教えておいたのさ。


 女騎士が再び腹を抱えて床にうずくまった。


「あいたたたた。ニーナ様お腹痛いです。旅行とか無理です申し訳ありません」


「あうぅ……ベリアルおねーちゃがいかないなら、ニーナも……が、がまんしますからぁ」


 まさかの仮病。そうはさせない。俺はそっとベリアルの丸めた背中に手を添えた。


「完全回復魔法」


 体力満タンのベリアルに、俺は最大級の回復魔法を施す。


「ぐあああああ! やめろ神官!」


 全身をビクンとさせてベリアル、再び大地に立つ。


 うす褐色の肌つやがよくなり、髪までさらさらだ。大神官の全力治癒がもたらす過剰な回復力が、肌年齢を始めとした見た目の健康を全快させた。


 ついでに酷使されがちな肝臓もリフレッシュである。


 ニーナがベリアルの腰の辺りに抱きついた。


 瞳をキラキラさせて、幼女が女騎士を見上げる。


「行っても……いい?」


「も、もちろんですとも。お供致します!」


 幼女は目で殺す。俺がいくつ言葉を重ねても、潤んだ瞳の「お願い」に勝るモノではないのだ。


 こうして、魔王様御一行を賢人超会議にご案内とあいなりましたとさ。

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― 新着の感想 ―
[一言] き、貴様がいない間、教会はどうするのだ? ↑ そもそもポンコツ勇者と見習い神官も一緒だから 誰も来ないよw
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