無敵モードに入った大神官は、もう誰にも止められない
シスター少女を連れて、大神樹管理局内の設備開発部へと向かった。
ぴーちゃん自身は無事だったのだが、問題は切り離した右腕だ。鬼魔族によって掴まれた彼女の腕は、聖なる水銀で覆っていたにもかかわらず、手首の部分が圧壊させられていた。
修理は半日ほどで終わり、明日には大神樹の芽を通じて“最後の教会”に届くとのことである。
その間、周囲の人々に驚かれないよう、開発部によってダミーの右腕がシスター少女に取り付けられた。
仰々しく包帯でグルグルにされており、首に巻いた三角巾で上腕を吊す。回復魔法ですぐに治してしまうことから、教皇庁では怪我人というだけで珍しく、やたらと目を引いたようだ。
あまりにじろじろと見られるので、庁舎の中庭に出るとそこで転移魔法を使って“最後の教会”に戻った。
教会の正面口前に出る。見渡す限りの灰色の荒野はいつもと変わらずだ。
今日もベリアルが本来の姿で魔王城の門を守護しているのだが、なぜか俺を必要以上にガンと見つめてきた。
「おかしいですね。今日に限ってやたらと視線を感じます。ぴーちゃんの右腕への処置が、少々仰々しかったからでしょうか」
ぴーちゃんは真顔で俺に返した。
「ご主人様が全裸だからではなくて?」
そういえば身体が乾いていなかったこともあり、服も靴も手にもったままだった。
「なるほど。ですが隠すべきところは反応装光魔法を応用した、聖なる神々の領域――後光魔法によって、どの角度からでも謎の光が射し込み隠すようにしておきました。大丈夫です」
「ご主人様が教皇庁から放逐された理由が理解できましたわ」
愛想良くぴーちゃんはニコリと笑う。腕一本使って仕留め損ない、もっと落ちこんでいるかとも心配したのだが、大丈夫なのだろうか。
と、後ろの方からドスドスと重い足音を立てて、ベリアルが巨体を揺らしこちらに向かってきた。
なにやら異様な雰囲気である。野生に目覚めた皮膚感覚が、俺の心に警鐘を鳴らした。
「ともかく中に入りましょう。ぴーちゃんさんは本日はもう、職務はけっこうですから、ゆっくりしていてください」
ベリアルに掴まる前に正面扉を開いて聖堂に逃げ込むと、赤い髪の少女――ステラの後ろ姿があった。彼女はカーペットに膝を着き、大神樹の芽に祈りを捧げる。
講壇の上に案山子のマーク2が立ち、静かに少女の言葉を待った。
「聞こえていますか光の神様。貴方のかわいい子羊です。今日はお願いがあってきました。どうかこれ以上、セイクリッドを惑わす女の子が現れないようにしてください。あと、あたしの魔王レベルを上げてください。覚えるスキルも甘い息より、もっともーっと強力なやつがいいです。あ、でも臭い息とかダメですからね。そこはほら、女の子だし。ちゃんと考慮してください」
なるほどベリアルが慌てて俺が聖堂に戻るのを止めたかったのも、こういうことか。
「何を祈っておいでですか、迷える子羊よ」
俺の言葉にステラが振り返った。
「願いを聞き届けに神様来てくれたの……え?」
謎の光が俺の下半身に射し込んでいるのだが、ぴーちゃんがしゃがんでそっと(´・ω・`)仮面で俺の股間のあたりを隠すようにした。
そういえば、探しても見つからないと思っていたのだが、いつの間に回収していたんだか。
シスター少女が小さく息を吐く。
「ご主人様、隠すべき場所は魔法に頼らず物理的にお隠しあそばせますよう、お願いいたしますわ。先程からずっとその格好のままですし」
「神々しい光の加護では不十分でしたか?」
俺とシスターのやりとりに震える敬虔な信徒が声を震えさせる。
「ずっと……ず、ずっと裸のお付き合いしてたっていうのッ!?」
ステラは立ち上がるなり、左右の手に上級火炎魔法と上級氷結魔法を生み出した。
混乱しているのだろうか。相反する魔法の同時使用では、せっかくの威力も半減である。
「セイクリッドの変態! 変態! 変態ッ!」
聖堂内ということもあって、大神樹の芽の力を引き出したぴーちゃんが即座に展開したAMFを展開し、炎と氷の雨から俺の艶やかな裸体を守るのだった。
事情を説明をしたのだが、魔王は不機嫌そうにドカッと長椅子に腰掛けると、胸元で腕を組み、全裸正座の俺に告げる。
「あなたがしっかりしなくてどうするのよセイクリッド! つっこむ人がいなくなったら、世界の終わりの始まりよ!」
それを魔王が仰いますか。
ぴーちゃんがそっと魔王様の耳元でささやきかける。
「ステラ様が光の神に祈られるのも、世も末ですわよね」
魔王はそっぽを向いた。
「べ、べべべ別に祈ってないし、上から目線で命じてただけだし。というか独り言だから……そう! セイクリッドがいなくて寂しかったからダイナミックな独り言してただけなの!」
「ご主人様のいる前で、大胆な告白をなさいますのね」
驚いたようにシスターは目を丸くする。果たして魔王は言い逃れできるのか。
「あ、あああ、ああああああ違うの今のは誤解! ちょっと口が滑っただけだからノーカン! そう、ノーカンよ! それじゃあ、あたしは忙しいから! はーもう仕事が山のように溜まってるのよ! ほら、目の下にクマもあるでしょ。寝てないの全然寝てないの」
跳ねるように長椅子から立ち上がると、ステラは赤いカーペットを駆け抜け扉を開いて聖堂から逃亡した。
寝ていない割には元気なものだ。
魔王が去るなり、ぴーちゃんがぽつりと声を漏らす。
「ステラ様には心を読む力など使う必要もありませんわ」
どことなく寂しげなシスターに、俺は立ち上がって確認した。
「鬼魔族ラクシャの能力について、ぴーちゃんさんもお気づきでしたか」
「額の金色の瞳で、見た相手の心を盗み見るといったところですわね」
シスター少女は物憂げな顔で、そっと左手を自身の胸元に置いた。
「その点、わたくしには読まれる心がありませんから。この表情も仕草も、すべて仮初めの蜃気楼のようなもの」
俺の攻撃が通じない一方で、ぴーちゃんの攻撃は面白いように鬼魔族にヒットした。
それが彼女の気がかりになってしまったのは皮肉なことだ。
落ちこむ素振りまで誰かに与えられたものだと、ゴーレム少女は言いたいのだろう。
淡々とした口振りで彼女は続けた。
「賢者は恐らく心を閉ざす術でも持っていて、ラクシャにとって初めての“心を見透かせない”強者だったのですわね。わたくしには心が無いから見えなかった。だから、わたくしの攻撃が通じたのですわ」
ラクシャの“最強”を根底から揺るがすもの。それが“心を読めない相手”というのには、俺も賛同する。
だが、ぴーちゃんに心が無いとは言い切れない。
「形が存在しないのが心ですよ。人間にだって心のモジュールは搭載されていません」
「モジュールの問題ではありませんの。わたくしの動作はすべて……開発部によって与えられたものですわ」
これはやっかいだ。年頃の少年少女に見られがちな症状である。
思春期を迎えたなら、心も魂もがあるんじゃないか? と、俺が言ったところでゴーレム少女は理解こそすれど、きっと納得はしない。
俺は正座を崩して立ち上がった。下半身を中心に、光の加護が後光を射す。
「与えられた心はニセモノでしょうか」
「当たり前ですわ。わたくしのこれは心とは言えない……ありもしない幻想……だから……ステラ様が羨ましいですわね。あんなに自由で素直でいられるなんて」
すっかり弱気なゴーレム少女は、むしろ感受性が豊かな方ではなかろうか。
「私にはいくつか説得する言葉がありますが、それも結局、今の貴方には“与えられたもの”になってしまうので控えましょう。ただ、貴方がお感じになったことが“すべて”とだけ申し上げておきます」
無言のまま少女は、自分の意志では動かすことのできない右腕を、左手でそっと撫でる。
悩むのも心があるからこそだ。
「さてと……やっとシャワーを浴びることができますね。今日は休んでくださいと言いましたが、もう少しの間だけ、マーク2さんと聖堂をお任せしますね」
俺は聖堂から私室に向かった。全裸で。
熱い湯を浴びて身体を清め、今度はきちんと神官服を着る。私室から聖堂に出ようとして足を止めた。
講壇の前にニーナの姿があった。
先日、メイド女学院から贈呈されたメイド服姿だ。幼女の眼差しはぴーちゃんに注がれていた。
フリフリとしたエプロンドレスは、ニーナの魅力を一層引き立てる。これだけでバケット三本はいけそうである。
これはしばらく、見守っておこう。ドアを少しだけ開けて私室の側から様子をうかがう。
何か素敵な事が起こりそうな予感がした。
包帯に巻かれた右腕を隠そうとするぴーちゃんの前に回り込んで、幼女は告げる。
「ぴーちゃんお怪我しちゃったの?」
「こ、これはなんでもありませんわ」
ニーナは腰に手を当てて、プンスカとほっぺたを膨らませた。
「ちゃーんとこまったときは、おねーちゃにご相談ですよ」
「え、ええと……その」
口ごもるぴーちゃんの左手を、ニーナは小さな両手で包むように握った。
「おにーちゃが治してくれるまで、ニーナがぴーちゃんの右のお手々になってご奉仕なのです」
「それには及びませんわ!」
「に、ニーナじゃ頼りない? ステラおねーちゃか、ベリアルおねーちゃがいい?」
幼女が不安そうに瞳を潤ませる。
もしも回復魔法が使えなかったら、今すぐにでもこの右腕を複雑骨折したいと、俺は思いました。(大神感)
諦めたのか、ぴーちゃんは視線を下に向けながら小さく頷いた。
「わ、わたくしはええと、お世話をしていただくならベリアル様やステラ様よりは……ニーナ様が良いですわね」
しらふのベリアルはともかく、ステラの世話になるとあとで自由形精神勝利法をとられかねない。
ニーナを選ぶのは賢明な判断だぞ、ぴーちゃん。
幼女のぷにぷになほっぺたが、再びぷくっと膨らんだ。
「ニーナおねーちゃって呼んでほしいのです」
「か、かしこまりましたわ……ニーナ……お、おねーちゃちゃちゃちゃ」
プスプスとぴーちゃんの頭から白煙が上がる。処理能力の限界が先か、ぴーちゃん自身が自分の心の存在を認めるのが先か、すべては幼女メイドの献身にかかっていた。




