ひみつのアコちゃん
嫌な予感がしたので、司祭の仕事をぴーちゃんに任せると、俺はアコとカノンを連れて二人が最後に立ち寄った街へと転移魔法で跳んだ。
草原を吹き抜けた風が巨大風車を回し、水の流れが水車を絶え間なく動かし続ける谷間の城都――ローテルダム。
昔から風車や水車の力を借りて良質な紙を生産することで有名だった。
象徴とも言えるのが、街の中央に宮殿のごとくそびえ立つ巨大な図書館。
「賢者を探して鬼魔族がたどり着いたというわけですか」
教皇庁が所有する大図書館とも肩を並べる図書館は、まるで攻め落とされた城だ。ひっきりなしに黒煙を上げていた。
頑強な石壁は巨大な鉄球でも叩きつけられたように崩れさり、図書館の敷地だけが焼け野原だ。
人類共通の財産ともいえる様々な本が灰になる。
情報収集を買って出たカノンがローテルダムの教会から戻ってきた。
「あっという間の出来事で、誰も止められなかったそうであります」
「そうですか。怪我人などはいかがです?」
「図書館の職員の方々が教会で治療を受けているのであります。手が足りていないそうなので、自分も手伝ってくるであります!」
息を切らせてカノンは教会に戻っていった。光弾魔法が得意な彼女も神官見習いだ。初級の回復魔法で軽傷者の治療に当たらせよう。
俺の隣で勇者が拳をキュッと握った。
「ボクが止められなかったから……かな」
「珍しく弱気ですね」
前向きで諦めない勇者らしくもない。アコは俺の顔をじっと見上げた。
「そうだよね。あのメイドさんたちよりも弱いボクに、なにができたんだろう」
普段は自信たっぷりに揺らす胸も今日は慎ましやかに下向きだ。
「勇者だからといって、世界のすべてを背負うことなどありませんよ」
「けどさセイクリッド。ボクが生まれる時にね……」
黒煙と炎がいっそう高く吹き上がり、パチパチと焼けて爆ぜる火の粉の音に紛れて黒髪の少女はそっと呟いた。
「生まれてくるのは女の子で、その子は勇者の宿命を背負う……って、ボクの両親に言った人がいるんだ」
まるで予言者だな。アコがどことなく元気がないのは、自分の無力さを噛みしめているからだけではなさそうだ。
「続けてくださいアコさん」
少女はそっと俺の手を握る。
「旅人は賢者って名乗ったんだって。ラヴィーナとルルーナの事情を訊いた時は偶然かなって思ったけど……」
「偶然ではないとお思いになられるのですか?」
アコは小さく頷いた。
「ボクが生まれるって予言した賢者の言葉には続きがあるんだ。その子はどんな相手も受け入れて愛することができる。たとえ相手が人間でなくとも。だから魔族と戦う勇者にはなれない……」
下を向いた少女の声がか細くなる。
「魔族に殺される前に、人間の手で殺して勇者の力を他の新しい命に譲るべきだ……って」
双子姉妹の時も二人がともにあれば災いを呼ぶと予言し、アコにはそんな呪いの言葉を残したのか。
俺はアコの頭をそっと撫でた。
「それはお辛かったでしょう」
黒い瞳がまん丸くなる。
「うわ! セイクリッドが優しい!?」
「私の半分は優しさでできていますからね」
「残り半分は?」
「愛ですよ」
真顔で返すとアコはその場でお腹を抱えて笑い出した。失礼な。
「あーっはっはっはっはっは! なにそれー! まるで聖人みたいじゃん!」
「当然でしょう大神官なのですから」
図書館を襲撃したのは恐らくアコが遭遇した鬼魔族だろう。
その目的は賢者(?)なのだろうか。
同じ事が起こるとすれば、次はどこかの大都市の図書館か賢者と称する輩が狙われるかもしれない。
自称賢者がどうなろうと知ったことではないが、このまま本が焼かれ続けてはニーナに読んであげる絵本までこの世から消えかねない。
笑いながらアコは頬から涙の粒を溢した。
「あれ……なんで……涙なんか出るんだろ」
俺はそっと彼女の頬を伝う雫を指ですくって拭う。
「アコさんは案外泣き虫なのですね。怖かったんですよ。それに悔しさや悲しみや……そういったものが溢れてしまったんでしょう」
アコは目を細めた。
「うん、そうかも。ボクって情けないよね。勇者なのにさ。ほんと……セイクリッドみたいな強い人に胸の印を譲った方が良かったのかも」
俺はそっと彼女の小さな肩を抱き寄せた。
「そんなことをすれば貴方がいなくなってしまいます。それを悲しむ人は、きっとアコさん自身が思っているよりもたくさんいると思いますよ。かく言う私もその一人ですから」
少しずつアコの呼吸が落ち着き始めた。
少女は俺にギュッと自分から抱きついて囁く。
「本当は優しいのにセイクリッドはわざと意地悪なフリをしてさ。素直じゃないんだから」
「それはお互い様ですよ。怖がりアコちゃんさん」
ゆっくり少女は俺から離れ、一歩下がって頭を下げた。
「ボクに戦い方を教えてセイクリッド!」
「サボったり泣き言は無しですよ。それにカジノも禁止……約束できますか?」
「もちろん。今まで自分なんかが勇者でいいのかなって逃げてきたけど……そろそろちゃんと前に進みたいんだ」
「わかりました。微力ながらお手伝いいたしましょう」
アコの黒い瞳に生気が戻る。
「あの、えっとセイクリッド……お願いなんだけど……今ボクが言ったことはカノンやステラさんたちには秘密にしておいてほしいんだよね。ボクって楽観的なキャラじゃん? シリアスなんて似合わないし」
「承知いたしました」
「良かった。じゃあ、ボクもセイクリッドが本当はとってもいい人だってこと、黙ってるね。その方が色々とやりやすいんでしょ?」
最後に勇者は勇者らしくもなく、小悪魔っぽく笑う。
「さて、なんのことでしょう」
すっとぼけている間に、教会の応急処置をこなしたカノンが戻ってきた。
まずは彼女に勇者改造計画の理解を求めなければな。
自分も一緒にしごいてほしいであります――と、言い出す姿が目に浮かんだ。




