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メイド失格

 小腹も空き始める午後三時――


 最後の競技のテーマはずばり“紅茶”だった。


 総合力を試される難関の全容は、茶葉選びから始まりティーセットの選定に紅茶を淹れる技術を試される。


 が、それだけでは終わらない。給仕するまでがメイドの仕事だ。


 学院自慢の美しい庭園ガーデンにて待つ俺たちの元に、紅茶を届けてゴールという競争形式である。


 最大の難所は庭園に続く道そのものである。


 幅10センチ長さ25メートルの平均台が設置されており、紅茶とティーセットを乗せた銀のトレーを持って渡りきらなければならない。


 もし誤って足を踏み外せば、下に待つのはヌルヌルの粘液ローション池である。


 しかもこの池、衣類だけを分解する魔物由来の特殊な成分が含まれていた。


 着せて脱がす趣味が高じたメリーアンの発案によるものだ。こんなトップを誰が据えたのやら。


 大きなパラソルの下、学長とドレス姿のベリアルと、プチメイド服のニーナといっしょにテーブルを囲んで俺は溜息をつく。


 学長が目を細めた。


「少し風がでてきましたねセイクリッド先生。普段より短くなったスカートが、どのようなハプニングを起こしてしまうか心配です」


 悪魔か、この学長は。


 もしステラに万が一のことがあれば、本来の姿に戻って大暴れしそうなベリアルはというと……。


「やはりドレスは恥ずかしい。セイクリッド……あまりわたしを見るな」


 冬の日の猫のように身体を縮こませていた。


「大変お似合いですよ。ベリアルさんはスタイルが良いですからドレスの華やかさに負けていませんし、青も映えますね」


 絹の光沢が美しく彼女の薄い褐色の肌と相まって、いっそう艶めかしい大人の色香を醸し出していた。


「クッ……またそのような世迷い言を……」


 事実なのだが女騎士は下を向く。


 ニーナはぴょこんと椅子から降りてベリアルの顔をのぞき込むようにした。


「ベリアルおねーちゃだいじょうぶ? お顔が真っ赤なのです」


 幼女がそっと前髪を手であげで、キスするようにベリアルのひたいに小さなおでこをくっつける。


「あっつあつだぁ」


「に、ニーナ様、心配はご無用です。わたしは大丈夫ですから席にお戻りください」


 庭園の木々がざわめき風が吹き抜けた。


 ニーナは「風がぴゅーぴゅーしたら涼しいから、ちょっと安心しました」と、自分の席に戻った。


 ベリアルは顔を上げると俺をにらみつける。


「やはりきさまは……覚えておくがいい」


 ニーナがそばにいる手前、堂々と宣戦布告できませんと女騎士の顔に書いてあった。


 メリーアン学長がスッと視線を平均台に向ける。


「紅茶の香りがしましたね。二人は違う茶葉を選んだみたい」


 嗅ぎ分けるなんて犬並みだ。


 二人のメイドがトレーを手に庭園に姿を現した。


 先行するのはステラだ。両手に抱えるようにしたトレーの上には、白いシンプルなティーセットとポットが載せられていた。


 一方、片手で下から支えるようにしてトレーを持ったぴーちゃんは、背筋を伸ばしてリズムを乱すことなく、一定の歩幅を保って歩く。トレーのティーセットは真っ青で金縁の細やかな装飾がなされたものだった。ゴージャスさが段違いだ。


 メリーアンが口元を緩ませる。


「ティーセット選びにも差がでましたね。セイクリッド先生はどちらが勝つと思います?」


「お二人とも無事、平均台を渡りきってくださればそれで充分です」


 先にステラが到着したのだが、池の上にかかった平均台に目を見開くと声を上げた。


「ちょ、ちょっと! まさかこれを渡らなきゃいけないの?」


 俺が席についたまま返答する。


「迂回したらコースアウトで反則負けだそうです」


「や、やるしかないわね!」


 意を決してステラが平均台に上がった。が、フラフラとして危なっかしい。


 一歩進むごとにトレーの上でカップとソーサーがチャカチャカと音を立てた。


 遅れること五秒、ぴーちゃんも平均台に到達したが、彼女のペースが落ちることはない。


 平地を歩く速度のまま、スタスタとステラの横を素通りした。


「ちょ! ま! なんでそんなに早いのよ!」


「これくらいメイドでしたらできて当然ですわ。あら、そんなにふらついて、あなたジャイロ機能も搭載していませんのね?」


 足を止めることなくぴーちゃんが平均台の真ん中にさしかかった。


 ステラはまだ三分の一も進んでいない。その時――


 先ほどよりもさらに強い風が吹き抜けた。


「きゃあああああ!」


 身体をふらつかせながらステラは耐える。だが、短く詰められたスカートが吹き上げるような風の勢いにひらりと煽られた。


 寸前のところで魔王はトレーを片手持ちにして、スカートの前をきゅっと押さえる。


「見えちゃうじゃないの! 危ないわね!」


 ステラが止まっている間に、ぴーちゃんは微動だにせずそのまま平均台を渡りきった。


 スカートがめくれようが下着が見えようがおかまいなしだ。


 涼しい顔のまま、ティーセットをゴールのテーブルまで運んで「お待たせいたしましたわね」と勝利宣言である。


 ゴーレム少女はこころなしか、どことなく誇らしげな表情をしているように俺には思えた。




「結果発表ー!」


 ステラがなんとか平均台を渡りきったところでメリーアンが声をあげた。


 二人がそれぞれ淹れた紅茶とティーセットがテーブルに並んだが、口をつけることなくメリーアンは勝者の名を告げた。


「この勝負……ステラさんの勝ちとします」


「え? あたしが……どうして?」


 ステラは口を半分開けたままで、ぴーちゃんはといえば「何かの間違いですわよね?」と、メリーアンに詰め寄った。


 勝負は早さだけを競うものではない。


 ぴーちゃんがメリーアンに抗議を続ける。


「わたくしの方が先にゴールしましたわよね?」


 学長は「ええ」と小さくうなずいた。


「用意された中で一番高級な茶葉を選びましたわ。それにティーセットも一番高いものでしてよ」


 ステラが選んだ白地のマールセンも良い品には変わりないが、価格でいえば青に金細工のセブールが一枚も二枚も上である。


 納得のいかないぴーちゃんに、メリーアンは「そうですね」と柔和な笑みのままだ。学長が俺にそっと視線を向けた。


 どうやら解説を丸投げするつもりらしい。


 仕方ない。これで納得して帰ってくれるなら俺の口から説明するのもありだろう。

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