海賊王にオレはなぬーッ!?
豚男は人差し指で天を示したまま甲板に前のめりになって倒れた。
ステラが肩で息をしながら俺に訊く。
「やったの……かしら?」
慣れない魔法の使い方に、息が上がったようである。まだまだレベル2の魔王様である。
頭目を失った団員たちは、信じられないというよな顔だ。
アコとカノンを庇いつつベリアルが剣を水平に構えて残党に告げる。
「我が主ステラ様がきさまらの首魁を討ち取った。仇討ちをしようという殊勝な心がけがあるなら、まとめてかかってくるがいい」
手首をひねり柄を返すと、騎士の剣がチンッ! と冷徹な音を鳴らす。
「ひいっ! 無理無理絶対無理!」
「つーかなにがピニキだよ負けてるんじゃねぇよ!」
「あ、そういう感じじゃないんでぼくら」
「つーかオレぴっぴとかさぁ……普通にやばいよやばいよやばいよ頭が」
残った十数名の団員たちは、ベリアルに凄まれただけで手首がねじ切れんばかりの手のひら返しっぷりだ。
海賊団員は剣を捨てて次々と、甲板から飛び降りる。砂の地面に転がるようにして逃げ出した。蜘蛛の子を散らすというが、甲板の上から見ていると四方八方ちりぢりになる様は、言い得て妙だった。
海賊団の生き残りが全員いなくなると――
「まったく……結局オレぴっぴに頼ってばかりぷぎー」
胸を貫かれたまま、ピッグミーはむくりと立ち上がった。
俺は仮面を脱ぎ捨てて、冷たい視線を注ぎながら豚男に告げる。
「そのまま倒れていた方が良かったのではありませんか?」
終わったと思い込んでいたらしく、ステラたちは復活したピッグミーに息を呑む。
ニーナだけは落ち着いたものだ。
「ふああぁ……ニーナちょっと眠いかもぉ」
そろそろ昼寝の時間だった。
俺は軽く肩を上下に揺らす。
「そろそろお開きといたしましょう。ステラさん以外はサマラーンに戻っていてください。後のことはベリアルさん、頼みましたよ」
「待てセイクリッド! 全員で一斉にかかればトドメも容易いではないか?」
「おそらくピッグミーさんを倒せるとすれば、本気で全開のステラさんをおいて他にないでしょう」
俺の言葉にベリアルは剣を鞘に納めた。ベリアル自身も女騎士の姿だから剣を手にしているが、本来は槍を武器とし上級爆発魔法すら使うことができる。
我慢している身としては、ステラの気持ちが誰よりも身に染みて解るだろう。
アコとカノンが仮面を脱いで声を上げた。
「ボクはまだ戦えるよ!」
「そうであります! この前もいつの間にやら終わっていたでありますから」
「ではどうぞ」
俺が言うなり二人はピッグミーに突っ込んでいった。
「勇者の剣を受けてみろおおおおおおおおおおおおおお!」
ドレスの裾をはためかせ、大ぶりな胸を上下に揺らしつつ走りながら剣を振りかぶる。
対するピッグミーは乱暴に腕を振るった。
直撃。勇者アコは地平線の彼方までぶっ飛んでいった。
最後の教会で俺と握手。
「ちょ! タンマでありますやっぱり自分は遠慮しておくでありま……」
勇者と同じ勢いで突っ込んでしまった神官見習いはというと。
ブワンッ! と、豚男の巨木のような腕がカノンをなぎ払った。
以下、勇者と同じである。
本来なら上級魔族を相手にできる力量ではない。二人の勇気、このセイクリッドしかとこの胸に刻んだ。これからも伸び伸びと育ってほしい。
姉妹が向き合いお互いの仮面を外し合う。
素顔を晒してルルーナが俺に告げた。
「……サマラーンまでよろしく」
ラヴィーナもうんと頷く。
「ちょっと服とかアレになっちゃったし、セイぴっぴよろしくね! 豚ヤンのトドメは任せたよ?」
本来なら一番迷惑を被ったラヴィーナ自身で決着をつけたかっただろうが、それなりに復讐は果たせた……とでもいったところか。
ニーナが仮面のまま俺に告げる。
「おにーちゃとおねーちゃだけお残りですか?」
「はい。ステラさんは私がお守りいたしますから、どうか安心なさってください」
「で、デートだぁ……ニーナはおじゃまできないので、ベリアルおねーちゃとお先に帰るのです」
小さな両手をきゅっと結んで握ると、ニーナはステラに「ふぁいとなのですおねーちゃ!」とエールを送った。
「で、デートじゃないから! ほら、とっととみんなを戻してあげて」
ステラに急かされ俺は双子姉妹と女騎士と幼女を、転移魔法でサマラーンに送った。
光に包まれ四人が消えるのを確認して、再びピッグミーに向き直る。
「お待たせいたしました。しかし、待ってくださるとはずいぶん紳士的ですね」
ピッグミーのかぎ爪が俺の顔に向けられる。
「勝者の余裕ぷぎーよ。けど、オマエはぶっ飛ばすくらいじゃ済まさないぷぎー」
舐めプありがとうございます。
俺への挑発にもかかわらずステラが噛みついた。
「こっちのセリフよ。人を水の抵抗が少なくて泳ぐの早そうとか、栄養が胸以外に行き届いているとか、頭いいとかお金持ちとか素敵なおしとやかボディーとか言ってくれちゃってええッ!!」
「いや、言ってないぷぎーよ」
真顔で返すピッグミーだが、舐めプといいこの余裕はどこから来るのだろう。
ぽっかり空いた胸の穴を塞ぐように右手でおさえて豚男は笑う。
「逃げた団員もオレぴっぴがオマエを倒せばすぐに戻るぷぎー。女は強い男に惹かれるぷぎーから、ラヴィぴっぴも見直してくれるはずぷぎー。全部、オマエみたいな神官の皮を被った化け物のせいぷぎーよ」
仮面を取ると投げ捨てながらステラが吼える。
「その意見には概ね同意ね!」
こらこら。魔族二人して俺を睨むんじゃあない。
「貧乳は黙ってろぷぎー!」
「ねえセイクリッド、倒してしまってもいいかしら?」
再び魔族同士で“やんのかゴルァ”とメンチの切り合いだ。ステラが黒魔法の構築を始める。
周囲に巻き込む仲間はいない。俺をのぞいては。
「ええ、私に遠慮せず好きなだけぶっぱなしてけっこうですよ」
「本気でいくわよ!」
先ほどまではアコたちもいる手前、力を制御しつつだったのだが、今度こそ魔王様の本領発揮といったところか。
だが、それはピッグミーも同じだったらしい。
「団員がいないなら、こっちの身体を維持する必要もないぷぎーね」
豚男がしゃがんで手を甲板につけると――
「今度こそ本当の姿を見せてやるぷぎーよ!」
ピッグミーの身体がずぶずぶと溶け込むように船に吸い込まれていっった。
なるほど、どうやらこの船そのものがピッグミー自身の一部だったというわけだ。
いや逆か。船が本体でピッグミーの方がオマケだったとも言えるな。
みれば甲板に残った海賊団員の死体やらまで、船体と一体化を始めていた。
嫌な予感しかしない。一緒に取り込まれるなど御免被りたいものだ。
俺はすぐさまステラの身体を抱きかかえると、甲板を駆け抜け飛び降りる。
「ちょ! セイクリッドいきなりお姫様抱っことか……」
「舌をかみますよ?」
着地寸前に足下に光弾魔法を放って落下の衝撃を相殺し、砂の大地に立つとステラを立たせる。
目の前の巨大海賊船の帆に、ドクロではなくピッグミーの顔が投影されるように浮かび上がった。
「この姿になった以上、光る棒なんて怖く無いぷぎー! 魔法だって蚊に刺されたようなものぷぎー!」
オアシスを背に海賊船の側面が俺とステラを捉える。
十門の大砲が一斉に火を噴いた。船そのものとなったピッグミーに船員は不要というわけだ。
防壁魔法で爆発から身を守る。
「船そのものがピッグミーだったっていうの?」
「砂漠を航海する船ですから、動力源が気になっていたのですが……なるほどこういうことでしたか」
砲撃が止むと、海賊船はまるで巨大な一匹の生き物のように、砂の海を泳いで俺とステラめがけて突っ込んできた。
巨大な錨を揺らして猛然と突き進む。
「ひき殺してミンチにしてやるぷぎー!」
ズドンッ! ズドドンッ!
船首砲まで加えての突貫である。
ステラのドレスが尻尾で持ち上がった。赤毛も逆立ち気味になり、魔王は涙目だ。
「ちょ、ちょっとどうすればいいのセイクリッド!」
「的が大きいのですから、ありったけの力で爆発魔法を放てば問題ないかと」
「船が突っ込んできてるんですけどぉ!」
「止めれば良いのでしょう? しばらく鍛錬を怠っていましたが、貴方に刺激を受けて私もトレーニングを再開したんです。時間を作ります。力のやりくりができるようになった貴方なら、できますよ」
「セイクリッド……わかったわ」
覚悟が決まれば話は早い。
ステラの前に出て俺は海賊船めがけて走る。
船首砲の乱雑な射撃はかわすまでもない。狙いも無茶苦茶で砂煙が上がるばかりだ。
目の前に壁のように船首船体がそびえて俺の視界を埋め尽くした。
「ついにおかしくなったぷぎーね! 人間がオレぴっぴに勝てるわけないぷぎー!」
「光の神よ。どうか私に力を……」
光の撲殺剣を展開し、それを長く伸ばすと俺は棒高跳びの要領で跳ぶ。
舞い上がったと同時にさらに棒を伸ばして船外に出た巨大な錨に狙いをつける。
「上級光弾魔法ッ!」
空中で光弾を放って錨を固定している留め具の辺りを吹き飛ばすと、ジャラジャラと鎖が流れ落ちて巨大なアンカーが砂の大地に根を下ろした。
「何するぷぎー!」
バランスを失って海賊船はアンカーを中心にぐるぐると回りだす。
着地と同時に俺はステラに告げた。
「今です」
ステラの魔法力は最高潮だ。
「今度こそこれでおしまいにしてあげるわッ! レベルアップした全力の魔王の一撃よ!」
回りながら海賊船が悲鳴を上げた。
「ま、まお、今なんと言ったぷぎーか!?」
「あたしが現魔王ステラ……残念だけどあなたに倒されるほど弱くはないの。今までさんざんおっぱいが控えめって言ってきたことの報いは受けてもらうから」
「そ、そんなわけないぷぎー! こんな貧相な乳の魔王がいるわけないぷぎー! というか、魔王がこんなとこにいるわけないぷ……」
極 大 爆 発 魔 法ッ!!
海賊船の船首から後部まで星のような光が無数に走ったかと思うと、直後に天を揺るがし地を爆風が駆け抜ける、大爆発が巻き起こった。
海賊船の巨体は爆発の威力で砕け散り、消え去り、最後に雲一つ無い青空から椅子が一脚落ちてきた。
砂漠にできた巨大なクレーターの真ん中に綺麗にストッと着地する。
それはピッグミーの支配の象徴――赤い布張りの背もたれに獅子のような顔の意匠が施された、立派な海賊船長の“椅子”だった。
ステラの胸の話さえしなければ、これほど完膚なきまでにやられなかったろうに。
航海先にたたず……もとい後悔先にたたずである。




