大会規約になる男
「ついにこの日が来てしまいましたか……」
天高く白い雲が流れて青空に太陽が輝いた。
王国の中心部――
大神樹の麓に特設された障害物コースを前に、王国中から集まった猛者たち120人。
観覧席は立ち見も出るほどの大盛り上がりである。
灰色の世界になりかけていた時期からしばらくたち、久々の国を挙げたお祭り騒ぎに王国全体が大盛り上がりだ。
展覧席でクラウディア女王が参加者たちに優しく手を振る。
魔導拡声器を通じて、彼女の声が草原に響いた。
「これより王国恒例行事……筋肉の祭典バトルロイヤル障害物競走仮装ペア部門……クラウディア女王杯の開幕を宣言いたします!」
参加者たちの雄叫びが上がった。
「うおおおおお! やるでありますよアコ殿! これに勝てば神官に復帰であります!」
「優勝したら一年間カジノフリーパス! 毎日コイン1000枚無料配布だあああ!」
ゴブリンのお面を頭に乗せるようにして、脱いだらすごい少女勇者とおかっぱ眼鏡の神官見習い(残念でもなく当然のように無事降格)の少女がハイタッチする。
歴代の王たちが決めてきたレース内容だが、王が代わった今回は馬による障害レースから一転、大人から子供まで楽しめるよう、安全に配慮された障害物競走になったのである。
しかも参加者には仮装もしくは腹筋を露出するという条件がつけられており、俺は今、ステラと並んで悪魔の角に立派な魔族の尻尾を揺らしている状態だった。
「あ、案外似合うっていうか……お父様に似てる……かも」
「はい?」
隣でステラがぷいっとそっぽを向いた。
女王クラウディアの声が再び響く。
「今回のレースの模様は全国の大神樹の芽を通じて、王国中に配信されます! 優勝したペアに光の神の祝福がもたらされるでしょう!」
隣のステラが両腕をぶんと振り上げた。
「これって優勝したら最強ってことよねセイクリッド?」
「もし優勝なさった場合、インタビューにはなんと答えるつもりですか?」
「そ、それはえっと……通りすがりの美少女魔王コスプレイヤーで通すわ」
「自分で美少女と言い切るその胆力。さすが魔王様」
「い、いいじゃない別に!」
「事実ですからね」
途端に魔王様の頬が赤らんだ。
「ば、ばかぁ」
言ったこちらも恥ずかしい空気になってしまった。
さて――
他の有力参加者がいないか探してみると、あぶれてしまった暗殺少女と吸聖姫ペアやら、ステラが「たまには恩赦を出してあげる」という理由で復活した氷牙皇帝アイスバーン&砂の海の大海賊ピッグミー船長ペア。
「我が軍門に降るのだ王国民よ!」
「ぷぎー! カッコイイ台詞を先に言うんじゃないぷぎーよ!」
銀髪の青年と巨漢の豚男も、仮装の集団に混ざれば違和感は割と少ない。
仮装とついたのをいいことに、魔族が紛れ込んでいるのはご愛敬である。
いや、ご愛敬でいいのだろうか。
視点を水平移動していけば、ソードダンサーと占い師の双子姉妹は当然のようにペアを組んでいるのが見つかった。
「優勝して彼ぴっぴをゲットって感じ?」
「……カードドロー……二枚セット……姉さんの男運は……悪魔と塔のカード」
「何か召喚するつもりなのルルーナ!?」
占い絵札はカードゲームではありません。
他にもどこかで見たような方々がちらほらと散見されるなか、姉上こと教皇聖下の姿がないことに安堵した。
こういった祭りでは率先して暴れる……もとい活躍されるお方である。
が、参加者側にいないとなると、運営側に潜んでいるかもしれないので油断はならない。
ステラもキョロキョロと辺りを見回してから、とあるペアを指さし声を上げた。
「せ、セイクリッド! お留守番してるはずなのにニーナがいるじゃないの!」
赤毛の少女が指さした先で、一瞬、こちらに気づいた金髪幼女が手を上げて振ってから、ハッと何かに気づいて口笛を吹くと首を左右に振った。
普段の白いドレス姿に、黒いレンズの眼鏡をつけての参戦である。
ペアを組むのは薄褐色肌の女騎士だった。こちらも黒いレンズの眼鏡をつけて仮装というか変装のつもりらしい。
誰かが言った。
「お、おい! 前女王陛下のニーナ様がいるぞ!」
「マジかよこのレース王族も参加すんのか!?」
「ニーナ様ハァハァ! ニーナ様ハァハァ!」
三人目は危険なので顔を覚えた。なお、鏡を見ろというクレームは一切受け付ける予定なし。
気づかれてしまったニーナが宣言する。
「ニーナはニーナじゃありませーん! 今日はヨハネちゃんにつれてきてもらったから、がんばります!」
自己紹介お疲れさまです。あと、姉の暗躍がエグい件。
ひとまずステラだけではなく、ニーナもレース中に保護しなければならないだろう。
が、すでに王国では有名人の幼女である。守護りきれるだろうか。
前女王参加の噂は一気に広まり、ニーナの元へと群がる参加者たちの前に、女騎士が立ちはだかる。
「寄るな貴様ら! 散れ! 散れ!」
今日は酒も入っておらず、真面目に公務をしそうな女騎士ベリアルさん。
魔王がにっこり微笑みながら、俺に語りかけた。
「途中の給水ゾーンにお酒が飲み放題の場所を作りましょう!」
「そのようなことをすれば、ベリアルさんだけではなく参加者の大半が脱落するでしょう」
「なら都合がいいじゃない」
パンパンッ! と空気の爆ぜる空砲魔法の音が青空に吸い込まれていく。
ステラがその場で屈伸した。
「えっと、それで今回の障害物レースのルールは?」
「エリアは五つに分かれており、それぞれのエリアで15ペアずつ脱落していくそうです。ペアの両方がクリアしていなければいけません」
「配布されたマップによると、池の上の飛び石をジャンプして渡るようです。が、渡っている途中で連続して巨大球体が飛んできたりもするのだとか」
「そんなの当たったら痛いでしょ?」
「安全に配慮した柔らか素材だそうです。他にも張られたロープを滑車で降りていったりと、なんだかすごいですね」
「ま、まあ、あたしは魔王だから余裕だけど、人間には大変かもしれないわね」
「子供でもクリアできるアスレチックコースですが、レースですからラフプレイなどもあるでしょう」
「じゃあやっぱりニーナが危険じゃない! セイクリッド……今からニーナと組んでもいいのよ? ほら、あたしならベリアルと一緒に応援でも……」
ニーナ優先になってしまう立派な姉君のステラだが、こういった時くらい自分本位でも良いのではなかろうか。
「私はステラさんと組みたいと思います」
「え? でも……」
「ラフプレイはきっとベリアルさんが防いでくださります。参加者は所詮人間どもですから、上級魔族のベリアルさんの敵ではありません」
「ちょ、セイクリッド! いくら魔族コスプレしてるからって魔王になってる! 魔王になっちゃってるわよ!」
「おっとこれは失礼いたしました」
が、それでステラも納得したらしい。
「そうよね。ベリアルがちょっと本気を出せば、他の参加者が危ないくらいだし」
「気をつけるべきは魔王城前教会の常連組くらいでしょう」
「う、うん……」
赤毛の少女はそれでもどことなく不安げだ。
「それに、ステラさんのことは私がお守りいたします」
「い、いつまでも守ってもらうばかりのあたしじゃないんだからね!」
「とはいいますが、今回の特別ルール……ちゃんと確認なさいましたか?」
参加者用のパンフレットの右下に、小さくこのような一文が掲載されていた。
赤毛の少女はそれを口に出して読んで悶絶する。
「ま、ま、魔法禁止ですってえええええええええええええええええええ!?」
「頼れるのは己が肉体の力のみ。さすが筋肉バ……筋肉大好きクラウディア女王陛下ですね」
「さすがセイクリッドね。二足歩行する不敬罪だわ」
「ちゃんと訂正したではありませんか。それにおそらく、事実だとご本人も認めるでしょう」
でなければ参加条件に「仮装or腹筋」とビーフオアチキンのような文言は入れないはずである。
故にノット不敬罪。QED証明終了。
そんなクラウディアが魔法筒を手にして、高台にある貴賓席で立ち上がった。
「今年は第一回開催を祝してスペシャルゲストも多数参加しています。まもなくスタートです」
鼓笛隊の合奏が鳴り響き、参加者たちが一気にレースへと神経を研ぎ澄ませた。
「昇格であります!」
「年パスだあああ! スロット回し放題だあああ!」
「ニーナはステラおねーちゃの次くらいにがんばりますから!」
「あまり無理をなさらないでくださいニーナ様。完走を目指しましょう」
「うーん、残念だけどイケメンはいないかも」
「……セイクリッドは」
「もうステぴっぴで隣が埋まってるでしょ?」
「……姉さん……どんまい」
「今度こそこのピッグミー様が大勝利するぷ……」
鼓笛隊の演奏がピタリと止んで、スタートの合図となる花火がクラウディア女王の手にした筒から放たれた。
同時にピッグミー以下の台詞が花火の爆裂音にかき消される。
客席から歓声が沸き上がった。
ラスベギガスのカジノでは、大本命の倍率が1.0倍。もはやこの賭けにおける本命は、買うだけで損をする可能性があるだけという、むなしいものになってしまっていた。
大神官と謎の美少女のペアが、下馬評にてぶっちぎり。
もし、我々ペアが負けようものなら大番狂わせだ。
群衆が一気に第一関門へと殺到した。ステラがその場で足踏みもも上げ状態になる。
「ほら、なにぼーっとしてるのよセイクリッド!」
「実は大穴のアコ&カノンさんペアに掛けていまして……」
「ま、まさか負けるつもりなの!? 八百長神官!」
「というのは冗談ですよ。聖職者がそのような賭け事などするとお思いですか?」
じとっとした視線が跳ね返ってきた。
「他の聖者はいざしらず、セイクリッドなら大いに可能性ありなんですけどぉ?」
「はっはっはご冗談を」
「って、こんなところで立ち話してる場合じゃないでしょ! ほら最下位よ! ニーナたちよりも遅れちゃってるじゃない!」
意外にも、ニーナの周囲には親衛隊化した参加者が円陣を組んでガードしていた。
なぜかその光景にベリアルが涙ぐむ。
「人間どもの分際でニーナ様を守ろうとは……くっ……好きに守れ!」
これを「牛の目にも涙」という。のちに王立学校の入試に出る故事成語の語源が、このカオスなレースの一幕で生まれるとは、のちの歴史家たちも困惑しっぱなしに違いない。
「ほらほらほらほら! もう最初のペアが飛び石連球エリアをクリアしちゃうわよ!」
「しかたありません。少々本気を出しますので、少しだけ大人しくしていてください」
少女の身体をそっと抱き上げ、模範的なお姫様抱っこをすると同時にフル加速。
誓って魔法による身体強化などせず、素の筋力で少女を抱えて風になる。
あっという間に最後尾のニーナ&女騎士ペア(護衛団付き)を追い抜き、飛び石を滑空するように蹴りながら駆け抜けた。
連球が飛んできた時には、すでにこちらは対岸に到着済みだ。
「ちょ、は、早い! 早すぎるわよセイクリッド!」
「いいですかステラさん。障害物レースは遊びではないのです」
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こうして、他の参加者を一切寄せ付けず下馬評を覆すことなく、大神官&魔王ペアはすべてのエリアでぶっちぎりのタイムをたたき出して優勝してみせた。
降格から神官復帰を目指したおかっぱ眼鏡さんは勇者アコに足を引きずられて、飛び石の池の底に。ご愁傷様である。
ニーナは護衛に守られて無事完走。ペア総合順位も11位と大健闘だ。
実力的には決勝が狙えた元魔王候補ペアは、途中で意見が食い違い方向性の違いからペア解散。自主失格の道を歩んだ。
ほか、まあそれぞれのペアがそれなりの成果でレースを終えたことをここに記しつつ、優勝杯授与式ではクラウディアに「魔族の姿をするなら、腹筋も出していただければよかったのに」と、なぜか残念がられてしまった。
ステラには「結局またセイクリッドが全部やっちゃって活躍できなかったじゃない」と、軽く恨み節をぶつけられたくらいである。
そんなこんなあり、ごく普通に参加しごく普通に優勝したのだが、翌年のレースのパンフレットの参加資格にこの一文が追加されたことを、ここに記す。
【セイクリッド禁止】
猛威を振るったものは、翌年の大会で禁じられるのが世の常なのであった。
まさか自分が禁止になるとは思わなかったが、王国歴で初の禁止された“個人”の栄誉を賜ってしまうのだった。
コミックウォーカーとニコニコ静画のコミカライズ版!
みんなで読もう!
C.W(https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_AM19200685010000_68/)
ニコ静画(http://seiga.nicovideo.jp/comic/38521?track=official_trial_l2)




