みんなは一人のために
約束の時刻になった。
蔦に覆われた塔の遺跡の前庭は、不思議な紋様の描かれた石畳が広がっている。
その石畳の隙間からも草木が芽吹いていた。
赤毛の少女が中央に立つ。
俺と、ぴーちゃんは二十メートルほどの距離を保ち、森の茂みに息を殺していた。
「向こうも準備が整いましたわ」
アコからマーク2を経由して、ぴーちゃんに連絡が届く。
上方を見上げるが枝葉が鬱蒼と茂り、ベリアルたちの姿は確認できない。
存在を知っていてなお、見つけることができないのならば上々だ。
懐中時計を確認する。
長針と短針が、約束の時刻を指し示した。
その瞬間――
黒衣の賢者が姿を現した。その腕にはニーナを抱きかかえている。
ニーナは目を丸くして、ステラをじっと見つめた。
無事だった。本当に良かった。最悪の事態は免れたのだ。
ともあれ、黒衣の男――賢者に奇襲を仕掛ける算段もあったのだが、そちらは破棄してプランBに移行しなければならない。
ニーナはまだ敵の手中にあるのだ。
転移魔法で直接、この場所に降り立つというのも想定外だった。
周囲に大神樹の芽は確認していない。転移魔法は芽の座標を使って、その周囲に飛ぶものである。
声を殺して囁く。
「どうやら遺跡の塔の内部に大神樹の芽があったようですね」
「迂闊でしたわ……」
「いえ、問題はありません。こちらはすでに配置についているのですから」
ニーナの無事さえ確認できれば、あとは機を見て一気に動くだけである。
ステラ一人で来いという約束を反故にした? 知った事か。ニーナを誘拐した時点でお前は倒すと決めたのだ。
かつての、今よりもほんの少しだけ気性の荒い自分が目を覚ましつつある。
ステラが一歩、進み出た。
「ニーナ! 無事なのね?」
「うん!」
「ちゃんとご飯食べてる? お腹空いてない? さみしくなかった? 怖く無かった?」
「えっとぉ……ニーナは大丈夫ですから! ケーキ屋さんにもつれてってもらいましたから!」
賢者はそっとニーナを降ろす。が、彼女の手首は掴んだままだ。
俺と同じ顔をしている。が、俺よりもステラの方がやりにくそうだ。
「あ、あなたはいったいなんなのよ? どうしてセイクリッドと同じ顔なの!?」
「その質問には答えない」
ぴーちゃんが俺を軽く肘で小突く。
「声までそっくりですわね」
「私の偽者でニーナさんを誘拐するなんて、許せません」
ニーナを捕らえるために俺を模したというのだろうか?
ステラは身構える。
「と、ともかくニーナを解放しなさい!」
「条件がある」
「な、なによ……」
「世界を滅ぼせ」
「は?」
「魔王として世界を滅ぼせ。そうすれば妹を返してやろう」
要求としてはある意味、真っ当というべきか。魔王が世界を滅ぼすなり支配するなりというのは、勇者が世界を救うのと同じくらい、あたりまえのことだ。
「ちょ、ちょっと待って! 無理よ! ええと……そうしたいのは山々だけど、あ、あたしって魔王としてはその……まだ低レベルだし……配下も少ないし……」
「強くなれば魔王として機能するというのか?」
「き、機能って……あたしは道具じゃないわよ! 自分で考えて、自分で決めてるの」
「課せられた役割を放棄するというのか」
「だ、だって……人間と戦う理由がないじゃない! あたしはただ……みんなと仲良くしたいの。一緒にお茶したりお菓子を食べて笑ったり、お風呂に入ったり、たまにお出かけしたり……ニーナといっしょに、ベリアルたちといっしょに、アコたちといっしょに……セイクリッドとも……いっしょに」
「勝手だな」
「え、ええそうよ! あたしは自分勝手よ! けど、それのなにがいけないのよ!? 誰かに……あなたに迷惑かけたりしたの? それでニーナを誘拐したっていうわけ!?」
ステラが逆ギレしながら本音を吐露する。
「魔王と仲良くしてくれる大神官がいるんだもの! 人間やゴーレムと友だちになれる魔王がいたっていいじゃない!」
賢者がまっすぐ右腕を突き出した。
「ならば理由を二つくれてやる。守るべきものがなくなり、お前が世界の存在を恨めばよいのだ」
賢者の腕が銀色の水流に包まれる。ぴーちゃんと同じ、液体金属を身体に纏わせ硬化させる技だ。その刃は鋭い。
もはや猶予はない。
俺はニーナに防壁魔法を多重展開した。
その刹那――
「ふざけるなああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
樹上より薄褐色肌の女騎士が飛び降りながら、三つ叉の槍で賢者の右腕を肩口から切断した。
同時に塔の裏手からカノンの中級光弾魔法が絶え間なく連打される。
ニーナがいるため目くらましの牽制だ。
だが、賢者は冷静だった。防壁魔法で自身を守る。ニーナは保護しない。俺がニーナを守ると、まるで知っていたかのようだ。
カノンの斉射三連は賢者の防壁を揺るがすばかりで、打ち破るまでには至らなかった。
「待ち伏せか」
腕を落とされた賢者がベリアルに蹴りを放つ。とっさに槍を構えて防御の姿勢をとったベリアルだが、吹き飛ばされて遺跡の塔の壁にめり込んだ。
「カハッッ!?」
即座にカノンがベリアルの前に立ち、防壁を展開して守りを固める。これまで攻撃後に隙を晒していたカノンにしては、上出来だ。
「だ、大丈夫でありますかベリアル殿」
「クッ……わたしよりも先代より賜った槍が……」
蹴りを受けたことでベリアルの魔槍は真っ二つに折れていた。あれが無ければ蹴りがベリアルの身体を貫通していたかもしれない。
「すぐに治すでありますが、少し力を借りるであります」
カノンは前方に意識を集中し、賢者の動きに注意を払ったままベリアルの首筋にそっと触れた。
「んっ……な、なにを……きさま!」
「抵抗しないで欲しいであります。吸魔魔法!」
ベリアルは普段、魔法を行使することはないのだが、上級魔族らしく上級爆発魔法を習得している。
その魔法力をカノンは奪い、そして――
「上級回復魔法!」
神官見習いにとっては高難易度の回復魔法でベリアルを癒やしてみせた。
そして――
「ステラさん下がって!」
カノンと同時にステラの前に立ち、勇者の少女は剣と盾を構えて賢者と対峙した。
「アコッ!?」
「ボクが死んでも一回は確実に、ステラさんを守るから!」
文字通り“死んでも守る”を少女は実行した。
「動きを止めるのだ!」
リムリムは空中からゼリーワームの触手で賢者の手足を拘束する。
キルシュは動かない。が、彼女はカノンが目くらましの光弾魔法連打の際に、賢者の死角に移動していた。
背後側でフォローの体勢に入りながら、キルシュの手にしたマーク2から、ぴーちゃんに向けて情報がもたらされる。
「わたくしが必ずニーナ様を守りますわ」
「何秒必要ですか」
「五秒注意をそらしてくだされば……」
俺は撲殺剣を二刀流に構えて、アコとステラの脇を疾風となって通り抜ける。
賢者はニーナの腕を掴んだままだ。手足にまとわりつくゼリーワームを引きちぎり、俺めがけて光弾魔法を放つ。
一方の撲殺剣で弾いて逸らし、もう一方で賢者に突きを放った。
ニーナの腕を握っていた賢者の手が離れ、その手に漆黒の魔法力を固めた闇の剣を生み出すと、俺の突きを弾く。
さらに斬撃が俺の喉元をかすめた。リムリムの拘束ワームは引きちぎれ、その反動で吸聖姫は樹上から引き剥がされるように地面に叩きつけられたが、おかげで賢者の踏み込みはかすかに甘くなったのだ。
反撃の好機。だが、俺は誘うように引いて賢者に告げた。
「かかってこいよ……」
「それがお前の本性か」
この間、およそ五秒。
賢者が俺に意識を向けている間に、ロリメイドゴーレムがニーナ目がけて突進した。
気づいて賢者が振り返ろうとしたところで――
「一応、仲間ですんで。ほら、こういう時はそれぞれが一撃ずつラスボスに決めるのがお約束でしょ?」
長々とセリフをのたまいながら、キルシュが賢者めがけて飛び込むと、傘を突きの構えにして……開く。
突然、賢者の視界は傘で塞がれた。
「小賢しい」
賢者が闇の刃を振るうと、突風が吹き荒れ傘は真っ二つになる。
が、そこにキルシュの姿はなかった。傘だけ置いて回避に専念していたのである。前振りの言葉すら元暗殺者のそれはブラフであった。
ぴーちゃんはニーナを抱きかかえていた。走る。足がもつれそうになりながらも、必死でニーナを守ろうとする。
「ニーナ様、ご無事でなによりですわ」
「あの……えっとね……う、うん」
助けられたにもかかわらず、ニーナはどことなく悲しげだ。
何かあるのか?
だが、迷っている場合ではない。
俺の目の前に、賢者の隙だらけの背があった。
両手の撲殺剣を一つに束ね、祈るようにして振りあげ、叩き着ける!
「――!?」
声にならぬ声を上げて賢者の身体が古代遺跡の石畳を碗状に陥没させて、地面に沈んだ。
アコの声が静かに響いた。
「ボクはあんまり役に立ってなかったけど、ステラさんにはみんながいるんだ」
「ううん……そんなこと……ないから……アコもあたしを……ニーナを……守ってくれたから」
この魔王様が世界を憎しみ滅ぼそうとするなど、考えられない。
こうして全てが終わった。
かに見えた。




